足跡
北部森林は、昼間だというのに薄暗かった。
頭上を覆う木々が陽光を遮り、湿った空気が森全体を包み込んでいる。
先頭を歩くのは斥候のカイル・レンフォード。
足音一つ立てず、周囲へ視線を巡らせながら森を進んでいく。
その少し後ろをダリウス、ルーク、アイリス、セレナが続いていた。
「依頼書じゃ、この辺りだったな。」
ダリウスが地図を開く。
「本来中層あたりにいるはずなのに、浅層部で亜人型魔物の目撃が相次いでるって話でしたね。」
ルークが周囲を見渡す。
これまで何度か森へ入ったことはある。
しかし、ここまで奥へ来るのは初めてだった。
「気を抜くなよ。」
ダリウスが短く言う。
「浅い場所だからって安全とは限らねぇ。」
「はい。」
返事をした直後だった。
カイルが静かに右手を上げる。
全員が足を止めた。
「三体。」
小さな声。
「前方。」
木々の隙間から姿を現したのは、緑色の肌を持つ亜人型の魔物だった。
粗末な棍棒や石斧を手にしている。
「ゴブリンか。」
ダリウスは剣を抜く。
「いつも通りだ。」
短い指示だけで十分だった。
セレナが足元へ水魔術を展開する。
地面がぬかるみ、突進してきた一体の足が止まる。
「今!」
ルークが盾を構えながら飛び込み、体勢を崩したゴブリンを押さえ込む。
そこへダリウスの大剣が振り下ろされた。
一撃。
確実だった。
残る二体もカイルの矢とセレナの魔術で足並みを崩され、ほどなく討伐は終わる。
「Bランク依頼初陣にしちゃ上出来だな。」
カイルが笑う。
「ありがとうございます。」
ルークは少し照れくさそうに笑った。
アイリスが傷の有無を確認する。
「皆さん、大丈夫ですね。」
「かすり傷一つない。」
ダリウスが頷く。
「予定通り進もう。」
五人は再び歩き始めた。
しばらく進んだところで、再び魔物と遭遇する。
今度は五体。
それでも戦況は変わらなかった。
ダリウスが前線を押さえ、ルークが援護する。
セレナが魔術で動きを封じ、カイルが確実に急所を射抜く。
負傷者は出ない。
白梟らしい、危なげのない戦いだった。
贔屓目無しに、白梟は優秀なパーティだ。
しかし。
戦闘を終えたカイルは、倒れた魔物ではなく、その先の森をじっと見つめていた。
「ダリウス。」
「どうした。」
「……なんか妙に統率されてねぇか。」
ダリウスも周囲へ視線を向ける。
確かに違和感はあった。
魔物にありがちな無秩序さがない。
逃げる時も、襲い掛かる時も、どこか一定のまとまりがある。
「上位種の統率個体でもいるのかもしれんな。」
ダリウスは腕を組む。
群れを率いる上位種の存在自体は珍しくない。
それなら説明はつく。
「どうします?」
セレナが尋ねる。
ダリウスは少しだけ考えた。
ここまで全員無傷。
魔力にも体力にも余裕がある。
違和感はある。
だが、危険と断定できる材料はまだない。
「警戒を一段階上げる。」
「深追いはしない。」
「少しでもおかしいと思ったら引き返す。」
「了解。」
返事はすぐに返ってきた。
それぞれが周囲への警戒を強めながら進む。
先頭を歩くカイルだけは、相変わらず地面ばかりを見ていた。
そして不意に立ち止まる。
「……やっぱり変だ。」
しゃがみ込み、地面へ手を添える。
柔らかい土には、無数の足跡が残されていた。
「何がだ?」
ダリウスが近付く。
カイルは眉間へ皺を寄せたまま答えた。
「足跡が整いすぎてる。」
「整いすぎてる?」
「統率個体がいても、ここまで揃わねぇ。」
指先で地面をなぞる。
「隊列みたいなんだ。」
その一言で、ダリウスの表情が変わった。
背中に冷たいものが流れ、即座に立ち上がる。
「戻る。」
迷いはなかった。
「浅い場所まで退く。」
四人もすぐに動き出す。
だが、その時だった。
カイルの足が止まる。
森の奥でもない。
前方でもない。
視線は、自分たちが歩いてきた道へ向けられていた。
そこにも、新しい足跡があった。
自分たちのものではない。
帰り道を塞ぐように、幾重にも重なっている。
カイルはゆっくりと弓を握り直した。
「……ダリウス。」
その声には、先ほどまでの軽さがなかった。
「まずい。」
一拍置いて、静かに告げる。
「囲まれてる。」
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