白梟
地下書庫の扉が、三度静かに叩かれた。
「失礼します。」
先頭に立って入ってきたのは、三十代半ばほどの男だった。
背中には大剣。
落ち着いた眼差しと、無駄のない立ち居振る舞い。
その後ろに四人の仲間が続く。
「白梟の皆さんですね。」
エリアスが一礼する。
男は軽く手を挙げて笑った。
「ああ。今回も世話になる。」
封筒を机へ置きながら、穏やかに笑う。
「いつもありがとな。」
「仕事ですので。」
エリアスは変わらぬ調子で答え、一通ずつ封筒を受け取っていく。
血判。
生命契約。
異常なし。
帳簿へ記録し、棚へ収める。
慣れた手つきだった。
「相変わらず綺麗な字だな。」
リーダーのダリウス・グレイが感心したように呟く。
「記録は読み返すことがありますから。」
「なるほどな。」
ダリウスは納得したように笑った。
その横では、まだ一人だけ机に向かったまま動かない青年がいた。
ペンを持ったまま、紙と睨めっこを続けている。
「おいお〜い。」
後ろからカイル・レンフォードが覗き込む。
「まだ書けてねぇのか?」
「……はい。」
青年――ルーク・アスターは困ったように笑った。
「何を書けばいいのか分からなくて。」
カイルは「ああ」と頷いた。
「そういや、お前。」
「遺書書くの初めてだったな。」
「はい。」
「今まではCランク依頼しか受けてませんでしたから。」
今回の任務は、Bランクパーティである白梟の一員として参加する初めての危険任務だった。
まだ本人の冒険者階級はCランク。
それでも危険任務へ同行する以上、生命契約と遺書の提出は義務となる。
「最初はそんなもんだ。」
カイルは笑いながら隣へ腰掛ける。
「難しく考えるな。」
「もし今日帰れなかったら。」
「誰に何を伝えたい?」
ルークは少しだけ視線を落とした。
「……父さん、ですかね。」
「なら、それを書けばいい。」
カイルは軽く肩を叩く。
「上手い文章なんていらねぇ。」
「伝えたいことを書け。」
その様子を見ていた神官のアイリス・ノエルが柔らかく笑う。
「書けたら一度読み返してくださいね。」
「あとで『あれも書けば良かった』って思う方、結構多いですから。」
「はい。」
ルークは真剣に頷き、再びペンを走らせ始めた。
その姿を見て、水魔術師のセレナ・ミストが小さく息を吐く。
「緊張してるわね。」
「当たり前だろ。」
ダリウスが苦笑する。
「初めての危険任務なんだから。」
そう言うと、ルークへ目を向ける。
「無理だけはするな。」
「はい!」
元気よく返事が返ってくる。
その声に、四人が自然と笑った。
やがて五通の封筒が机へ並ぶ。
エリアスは一通ずつ確認し、静かに受け取った。
「お預かりします。」
その一言に、ダリウスは満足そうに頷く。
「帰ってきたら返してもらいに来る。」
「お待ちしております。」
短い言葉だった。
けれど、そのやり取りは長年繰り返されてきたものなのだろう。
自然で、どこか温かかった。
全ての手続きを終えると、ダリウスが仲間たちへ声を掛ける。
「行くぞ。」
「はい。」
「了解。」
「任せてください。」
それぞれが返事をし、地下書庫を後にする。
最後尾を歩くルークだけが、一度だけ振り返った。
棚へ並ぶ封筒を見つめ、小さく息を吸う。
そして何も言わず、仲間たちの後を追った。
扉が閉まる。
静寂が戻った地下書庫で、リシェルは小さく呟いた。
「皆さん、本当に仲が良いですね。」
「はい。」
エリアスは棚へ視線を向ける。
並んだ五通の封筒。
どれも静かに青い光を宿していた。
「どうか、ご無事で。」
リシェルの願いは、誰へともなく地下書庫へ溶けていく。
◇
王都を離れ、北部森林へ続く街道。
木漏れ日が揺れる道を、五人は並んで歩いていた。
「ルーク。」
「はい。」
「緊張、少しは取れたか?」
ダリウスの問いに、ルークは苦笑する。
「半分くらいです。」
「半分なら上出来だ。」
カイルが笑う。
「残り半分は現場で慣れろ。」
「無茶苦茶言いますね。」
セレナが呆れたように肩をすくめる。
アイリスはそんな二人を見て、くすりと笑った。
「大丈夫ですよ。」
「みんなついてますからね。」
ダリウスは照れくさそうに頭を掻く。
「まぁ、いざとなったらしっかり守ってやるよ。」
「全員で帰るぞ。」
「はい!」
五人の声が重なる。
その足取りは軽く、誰一人として後ろを振り返る者はいなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。




