お返しします
救助隊が帰還したのは、それから二日後の夕方だった。
陽が傾き始めた頃、危険任務管理局へ一本の報せが届く。
遭難者一名。
無事帰還。
重傷ではあるものの命に別状なし。
その報告を受けても、地下書庫はいつもと変わらず静かだった。
エリアスは帳簿へ一行を書き加える。
救助完了。
生命契約継続。
異常なし。
それだけを記し、静かにペンを置いた。
ほどなくして、地下書庫の扉が叩かれる。
三度。
規則正しい音。
「失礼します。」
入ってきたのは、二十代半ばほどの青年だった。
右腕は包帯で吊られ、頬にはまだ治りきらない擦り傷が残っている。
それでも、自分の足で立っていた。
エリアスは一礼する。
「お待ちしておりました。」
青年は少し照れくさそうに笑った。
「俺なんかのために、救助隊があんな大人数で来るとは思いませんでした。」
エリアスは答えない。
代わりに書架へ向かう。
迷いなく一つの棚の前で足を止め、一通の封筒を両手で取り出した。
青い封印は、静かに光っている。
その光を一度だけ確かめると、青年の前へ戻った。
「お預かりしていたものを、お返しします。」
そう言って差し出された封筒を見て、青年は目を丸くした。
「あ……。」
両手で受け取る。
しばらく見つめたあと、小さく笑った。
「開かれなかったんですね。」
「はい。」
それだけの会話だった。
青年は封筒を胸元へ抱える。
「書いた時は……正直、帰れない気がしていました。」
ぽつりと漏れた言葉に、地下書庫の空気が少しだけ和らぐ。
「情けないですよね。」
エリアスは首を横に振った。
「危険を前にして、怖くない方はいません。」
青年は少しだけ驚いたようにエリアスを見る。
「……そう、ですか。」
「それでも向かわれた。」
短く、それだけ告げる。
青年は苦笑しながら封筒を見つめた。
「これ、家に帰ったら燃やそうかな。」
その一言に、リシェルが思わず表情を動かす。
しかしエリアスは穏やかな声で言った。
「それも、一つの選択です。」
少し間を置く。
「ですが。」
青年は顔を上げた。
「いつか、ご家族が読まれる日が来るかもしれません。」
封筒を見つめる。
「その時まで、ご自身で持っておくのも一つです。」
青年は静かに頷いた。
「…...そう、ですね。そうします。」
深く一礼する。
「ありがとうございました。」
その言葉が、誰へ向けられたものだったのか。
救助隊か。
遺書課か。
それとも。
青年自身にも分からなかった。
扉が閉まり、地下書庫に静寂が戻る。
リシェルは青年が去っていった扉を見つめたまま、小さく息を吐く。
「返せて、良かったですね。」
エリアスは何も答えない。
青年が立っていた場所を、しばらく見つめていた。
やがて視線を落とし、空になった棚へ目を向ける。
その場所には、もう封筒はない。
静かな地下書庫に、小さな声が溶ける。
「……おかえりなさい。」
その言葉は、もう帰っていった青年にも。
役目を終えた一通の遺書にも向けられていた。
リシェルは何も言わなかった。
ただ、帳簿を閉じる音だけが、静かな部屋に優しく響いていた。
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