帰ると決めた人
救助隊が出発してから、地下書庫には再び静けさが戻っていた。
だが、仕事は止まらない。
危険任務管理局では、今日も新たな依頼が受理され、今日も新たな遺書が届けられる。
エリアスは机へ置かれた帳簿を閉じ、一つの木箱を受け取った。
「本日提出分です。」
リシェルが差し出した木箱の中には、四通の封筒が並んでいる。
書いたばかりなのだろう、真新しいインクの匂いがした。
エリアスは封筒を一通ずつ手に取り、表の血判と、それに紐付く生命契約を確認していく。
異常なし。
名簿へ印を付け、棚へ収める。
その動作に迷いはない。
同じ仕事を、何百回、何千回と繰り返してきたからだ。
書庫へ、一人の青年が入ってきた。
まだ二十歳になったばかりだろう。
真新しい銀色の階級章。
Bランク昇格者だった。
「危険任務に参加することになりました。」
青年は封筒を差し出す。
少しだけ汗ばんだ手だった。
エリアスは両手で受け取る。
「お預かりします。」
青年は封筒から手を離したあとも、少しだけ名残惜しそうに見つめていた。
「……これ、本当に開かないんですか。」
「あなたが生きている限りは。」
青年は苦笑する。
「そう聞くと、逆に安心しますね。」
その笑顔はどこかぎこちなかった。
初めて危険任務へ向かう者は、皆こういう表情をする。
エリアスは知っていた。
それを口にはしない。
「必ず返してもらいに来ます。」
青年はそう言って一礼すると、地下書庫を後にした。
その背中を見送りながら、リシェルが小さく息を吐く。
「皆さん、同じことを言うんですね。」
「はい。」
「『返してもらいに来ます』って。」
エリアスは少し考えてから答えた。
「自分でもそう言うと思います。」
短い返事だった。
だが、その言葉には多くが込められていた。
遺書は届けられるためのものではない。
本人に返されるためのものであってほしい。
それが、この部屋にいる誰もの願いだった。
その時だった。
窓のない地下書庫へ、小さな羽音が響く。
伝書鳥。
扉に付いている専用の小窓から入ってくる。
リシェルは慣れた手つきで脚の筒を外し、中の紙を広げた。
文字を追った彼女の表情が変わる。
「……エリアスさん。」
彼は静かに振り向く。
「北部森林です。」
リシェルは報告書を読み上げる。
「遭難者一名、生存確認。現在保護中。これより帰還を開始する――」
読み終えた部屋に、静寂が落ちる。
エリアスは何も言わなかった。
ゆっくりと書架へ歩き、一通の封筒へ視線を向ける。
青い封印は、変わらず静かな光を宿している。
しばらく、その光を見つめる。
それから、誰にも気付かれないほど小さく息を吐いた。
ただ、それだけだった。
リシェルは報告書を畳みながら、その横顔を見ていた。
表情は変わらない。
けれど、ほんの少しだけ肩の力が抜けたことを、彼女は知っていた。
「……帰ってきますね。」
リシェルが静かに言う。
エリアスは封筒から目を離さないまま、小さく頷いた。
「はい。」
それ以上、言葉はなかった。
地下書庫は今日も静かだった。
その静けさは、誰かが無事に帰ってくるまで、変わることはない。




