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冒険者ギルド遺書課 〜最期の言葉を届ける者〜  作者: トリバード
遺書課の仕事

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2/19

まだ帰れる場所

 エリアスは報告書を受け取ると、何も言わず書架の前へ歩いた。


 部屋の空気が、わずかに張り詰める。


 リシェルも伝令も、言葉を発しない。


 この部屋では、報告書よりも先に確認すべきものがある。


 エリアスは棚の一角で足を止めた。


 新しく収められた六通。


 北部森林討伐任務。


 2日前、自分の手で預かった遺書だった。


 名簿と照らし合わせ、一通ずつ確認していく。


 封筒の中央には、小さな生命契約の魔法陣。


 青白い光は静かに揺らめいている。


 一通。


 また一通。


 変化はない。


 そして最後の一通。


 エリアスは封筒を両手で持ち上げ、しばらく見つめた。


 やはり、封印は解けていなかった。


「……リシェルさん。」


「はい。」


「生命契約に異常はありません。」


 その声は、普段と何一つ変わらない。


 しかしリシェルは分かった。


 エリアスは、確認ではなく確信を得たのだ。


 伝令が困惑したように口を開く。


「ですが、現場からは死亡同然だと……。谷底へ落ちたと聞いています。」


 エリアスは封筒から視線を離さなかった。


「それでも、この封印は開いていません。」


 彼は静かに封筒を棚へ戻す。


 まるで持ち主が帰ってくることを疑っていないかのように。


「この封印が解けるのは、命を落とした場合だけです。」


 それだけ言って、伝令の方へ向き直る。


「救助局へ連絡をお願いします。」


「ですが……」


「この方は、まだ遺書を誰にも届けていません。」


 短い沈黙が流れた。


 伝令は返す言葉を失い、小さく頭を下げる。


「……承知しました。」


 足早に部屋を出ていく靴音が、石造りの廊下へ消えていった。


 扉が閉まると、地下書庫には再び静けさが戻る。


 リシェルは書架へ視線を向けた。


「毎回、不思議に思うんです。」


「何がですか。」


「どうしてそこまで迷わず言えるんですか。」


 エリアスは少しだけ考えるように棚を見つめた。


「迷います。」


「え……?」


「もし契約術式そのものに異常があれば、と考えたことは何度もあります。」


 彼は正直に答えた。


「ですが。」


 封筒へ視線を落とす。


「生命契約が間違えたことは、一度もありません。」


 だから信じる。


 制度をではない。


 魔法をでもない。


 最後の言葉を預けた、その人自身を。


「この方は、生きて帰るつもりでこの遺書を書いています。」


 リシェルは静かに息を呑んだ。


 遺書は、死を受け入れた者が書くものではない。


 生きて帰りたいと願う者が、それでも万一に備えて残す言葉なのだ。


 だからこそ、エリアスは封印を信じる。


 帰ってくると信じて書いた人を、最後まで信じ続ける。


 その時、再び扉が叩かれた。


 三度。


 規則正しい音。


「失礼する。」


 低く落ち着いた声とともに、一人の男が地下書庫へ入ってくる。


 救助局局長、ガレス・ヴォルフ。


 長年、数え切れない救助任務を指揮してきた男だった。


 彼はエリアスの前まで歩み寄ると、棚に並ぶ封筒を一瞥する。


「……開いていないな。」


「はい。」


 それだけで十分だった。


 ガレスは深く頷く。


「総員二十名。森に詳しい者も入れて、追加救助隊を編成する。」


 リシェルが驚いたように顔を上げる。


「二十名もですか?」


「北部森林の谷は広い。一刻でも早い方がいい。」


 ガレスは踵を返しかけ、不意に立ち止まる。


「エリアス。」


「はい。」


「今回も、お前を信じる。」


 そう言い残し、局長は部屋を出ていった。


 重い扉が閉まる。


 リシェルはその背中を見送りながら、小さく呟いた。


「救助局は、本当に遺書課を信頼しているんですね。」


 エリアスは少しだけ微笑んだ。


 それは笑顔というにはあまりに小さく、気付く者も少ない表情だった。


「違います。」


「え?」


「救助局が信じているのは......。」


 書架に並ぶ封筒を見つめる。


「帰ってくると決めて出発した、冒険者です。」


 地下書庫は今日も静かだった。


 その静けさを破る者は、まだ誰もいない。

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