神父
本日もよろしくお願いします。
応接室を出ると、エリアスたちは誰一人として口を開かなかった。
廊下を歩く靴音だけが、静かな教会に小さく響く。
玄関へ向かう途中、子どもたちの笑い声がどこからか聞こえてきた。
その声に足を止める者はいない。
けれど誰もが、同じことを思っていた。
アイリスも、この笑い声を守るために剣を振るったのだと。
やがて玄関へ辿り着く。
エリアスは静かに振り返り、応接室のある廊下へ一礼した。
それが、遺書課職員としてではなく、一人の人間としてできる最後の礼だった。
静かに扉が閉まる。
孤児院には再び、穏やかな静寂が戻った。
◇◇◇
レイモンドは、一人応接室に残っていた。
机の上には、一通の白い封筒。
生命契約の封印は既に解かれている。
それでも封筒は、アイリスが預けたままの姿で、静かにそこにあった。
手を伸ばしかける。
しかし、その指先は封筒へ届くことなく止まった。
これを開けば、本当に終わってしまう。
あの子はもう帰ってこない。
その現実を、自分自身の手で受け入れることになる。
レイモンドはゆっくりと息を吐くと、封筒をそっと胸へ抱き寄せた。
便箋越しに伝わる温もりなど、あるはずもない。
それでも、今だけは娘を抱きしめているような気がした。
静かに立ち上がる。
窓辺まで歩き、外へ目を向けた。
中庭では、子どもたちが思い思いの時間を過ごしている。
木剣を振り回し、笑いながら駆け回る子。
木陰で夢中になって本を読む子。
年長の子どもたちは、小遣い稼ぎのために編み物や縫い物へ黙々と針を動かしていた。
それぞれに違う毎日を送りながらも、皆、この孤児院で育つ子どもたちだった。
レイモンドは一人ひとりへ静かに視線を送る。
泣き虫だった子。
いたずら好きな子。
甘えん坊な子。
頑固な子。
誰一人として同じ子はいない。
皆、大切な家族だった。
その視線が、不意に止まる。
一人の少女が、小さな木剣を懸命に振っていた。
何度も振る。
休んでは、また振る。
まだぎこちないその剣筋に、レイモンドは目を細めた。
その姿に、幼い日のアイリスが重なった。
誰よりも剣が好きだった。
転んでは泣き、泣き止めばまた木剣を握る。
夕暮れまで素振りを続けては、腕が上がらなくなって笑っていた。
年下の子が泣いていれば、いつの間にか隣へ座り、小さな手を握っていた。
誰かを守れる人になりたい。
まだ幼かったアイリスは、そう言って笑っていた。
あの日の小さな背中が、窓の向こうの少女と重なり、ゆっくりと消えていく。
レイモンドは窓枠へ手を添えた。
指先が小さく震えている。
視界が滲む。
一筋の涙が頬を伝い、静かに窓辺へ落ちた。
「……いけませんね。」
小さく呟き、袖で涙を拭う。
神父として。
この孤児院の子どもたちの父として。
泣いてばかりはいられない。
深く息を吸い、ゆっくりと吐く。
もう一度だけ中庭へ目を向けると、レイモンドは静かに机へ戻った。
胸に抱いていた白い封筒を、そっと机へ置く。
震える指先で封を切る。
中から、一枚の便箋をゆっくりと取り出した。
見慣れた文字だった。
読み書きの勉強の際に、何度も見てきた、几帳面で優しい文字。
レイモンドは便箋を両手で持ち、静かに視線を落とす。
そこには、最初の一行だけが書かれていた。
『レイモンド神父様へ』
レイモンドは、小さく目を閉じた。
そして、娘からの最後の手紙を読み始めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。




