『お父さん』
本日もよろしくお願いします。
レイモンドは、小さく息を吸った。
震える指先で便箋を持ち直す。
娘が残した、最後の言葉。
一文字も見逃すまいと、ゆっくりと視線を落とした。
⸻
レイモンド神父様へ。
この手紙を読んでいるということは、私は約束を守れなかったんですね。
必ず帰ってきます。
そう言って孤児院を出たのに、ごめんなさい。
きっと神父様は、「謝ることじゃありません」と言うんでしょうね。
でも、やっぱり最初に謝らせてください。
本当に、ごめんなさい。
孤児院のみんなは元気にしていますか。
また新しい子が来ているかもしれませんね。
泣き虫の子も、いたずら好きな子も、ちゃんとご飯を食べていますか。
神父様は、無理をしていませんか。
忙しいと、自分のことは後回しにしてしまうから少し心配です。
私の部屋に遺したもので、まだ使えるものがあれば、孤児院で使ってください。
服でも、本でも、何でも構いません。
誰かの役に立ってくれたら、私は嬉しいです。
それから、一つだけお願いがあります。
白梟のみんなを責めないでください。
みんな、本当に強くて、優しくて、頼れる仲間でした。
最後まで諦めず、最善の選択をしたはずです。
だから、誰も悪くありません。
私は自分で選んで、自分で決めて戦いました。
後悔はありません。
幸せな冒険者でした。
最後くらいは、こう呼ばせてください。
お父さん。
血は繋がっていなくても、お父さんはずっと私のお父さんでした。
初めて名前をもらって。
初めて「おかえり」と言ってもらって。
初めて誰かに心から叱られて。
初めて誰かに抱きしめてもらいました。
私には何もありませんでした。
でも、お父さんが家族をくれました。
帰る場所をくれました。
だから私は、一人ぼっちだったと思ったことは一度もありません。
それから、一つだけ謝らせてください。
私はずっと、
「アイリス・ノエル」
と名乗っていました。
孤児である私に本当は家名なんてないのに。
勝手に、お父さんの家名を名乗ってしまって、ごめんなさい。
でも、あの名前を書くたびに、とても嬉しかったんです。
自分にも家族がいるんだって。
帰る場所があるんだって。
そう思える、大切な名前でした。
だから最後まで、その名前でいさせてください。
お父さん。
本当にありがとうございました。
私は、とても幸せでした。
またいつか会えたら、その時はちゃんと、
「ただいま」
って言いますね。
その日まで、どうかお元気で。
アイリス・ノエル
⸻
便箋を持つレイモンドの手が、小さく震えた。
視界は滲み、文字がぼやけていく。
それでも彼は、最後の一文字まで何度も何度も目でなぞった。
「……おかえり。」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
けれど、その一言には、娘へ伝えたかったすべてが込められていた。
静かに便箋を胸へ抱く。
もう涙を拭うことはしなかった。
窓の外では、子どもたちの笑い声が今日も変わらず響いている。
アイリスが命を懸けて守った、穏やかな日常。
レイモンドは目を閉じ、その音に静かに耳を傾けた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
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