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冒険者ギルド遺書課 〜最期の言葉を届ける者〜  作者: トリバード
白梟

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17/19

静かな時間

本日もよろしくお願いします。

 レイモンドに案内され、一行は礼拝堂の隣にある応接室へと入った。


 窓から差し込む柔らかな陽射しが、木目の美しい机を照らしている。


 壁際には本棚が置かれ、色鮮やかな絵本が整然と並んでいた。その隣には木彫りの動物や積み木、子どもたちが折った折り紙が飾られている。


 どれも使い込まれた温もりがあり、この場所で過ごした穏やかな日々を感じさせた。


 部屋を見渡したセレナが、小さく微笑む。


「また絵本が増えましたね。」


 レイモンドも棚へ視線を向け、穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ。街へ行くたびに、『子どもたちが喜びそうだから』と言って買ってきてくれるんです。」


 カイルが苦笑する。


「遠征帰りは荷物が増えてると思ったら、大体それだったな。」


「本人は『これは荷物じゃない』なんて言ってましたね。」


 セレナも懐かしそうに笑う。


 その短いやり取りだけで、まるでアイリスが今もこの部屋へ戻って来そうな気がした。


「少々、お待ちください。」


 レイモンドは立ち上がり、棚から茶葉を取り出す。


 湯を注ぐ音だけが、静かな部屋に響いた。


 やがて湯呑みが人数分並べられる。


「どうぞ。」


 一同は礼を述べる。


 しかし誰一人として湯呑みに口をつけようとはしなかった。


 立ち上る湯気だけが、ゆっくりと揺れている。


 静寂が部屋を包む。


「……神父様。」


 その沈黙を破ったのは、ダリウスだった。


 レイモンドは静かに顔を上げる。


「あの子は……。」


 一度言葉を切る。


「最期は、どうだったのでしょう。」


 ダリウスはすぐには答えなかった。


 視線を机へ落とし、ゆっくりと息を吐く。


「……腹部に、矢を受けました。」


 その一言だけで、部屋の空気が張り詰める。


「アイリスはすぐに治癒魔術を使おうとしました。」


「ですが……発動しませんでした。」


 レイモンドの表情がわずかに曇る。


「魔力の流れを阻害するようなものだったのか、それとも毒だったのか……俺たちには分かりません。」


 ダリウスは拳を握る。


「それでも、あいつは冷静でした。」


「後ろから戦場全体を見渡して、敵の動きや撤退経路を俺たちに指示し続けていました。」


「俺は前衛でしたから、戦況のすべては見えていなかった。」


「だから、あいつの指示がなければ……俺たちは撤退できなかったと思います。」


 レイモンドは黙って耳を傾けている。


 ダリウスは言葉を続けた。


「撤退を始めて、しばらくした頃でした。」


「急に、アイリスが崩れたんです。」


「出血が原因だったのか、毒が回ったのか……。原因はわかりません。」


 部屋は静まり返っていた。


「倒れた、その瞬間でした。」


「足に、もう一本。」


「矢が刺さりました。」


 セレナは目を伏せる。


 カイルも俯いたまま動かない。


「俺たちは助けようとしました。」


 ダリウスは静かに続ける。


「駆け寄ろうとした、その時でした。」


「……あいつは。」


 一度だけ目を閉じる。


「『来ちゃ駄目!』って。」


 その言葉だけは、今でも鮮明に耳へ残っている。


「……それ以上、何も言いませんでした。」


 長い沈黙。


「きっと。」


「助けに来たら、全員助からない。」


「そう判断したんだと思います。」


 ダリウスはゆっくりと顔を上げた。


「……隊長として。」


「俺は、撤退を命じました。」


「アイリスを……あの場に残して。」


 誰も言葉を返さない。


 レイモンドは静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。


「……そう、ですか。」


 その一言だけが、静かな部屋へ落ちる。


 再び沈黙が訪れる。


 時計の針だけが、小さく時を刻んでいた。


 その静寂が一区切りついた頃。


 エリアスは静かに革鞄へ手を伸ばした。


「レイモンド・ノエル様。」


 穏やかな声が部屋へ響く。


「まず、アイリス様がお預けになっていたギルド資産について、ご説明いたします。」


 レイモンドは静かにうなずく。


「現在お預かりしておりますのは、所持金、未受領の討伐報酬、個人所有として登録されている装備品および携行品です。引き渡し先として、レイモンド様が指定されています。正式なお引き渡しにつきましては、後日、担当部署よりご案内いたします。」


 淡々とした事務的な説明。


 だがそれは、一人の冒険者が歩んだ人生を整理するための、大切な手続きでもあった。


 説明を終えたエリアスは、一呼吸置く。


「最後に。」


 その短い言葉で、部屋の空気が静かに変わる。


「アイリス様より、生前お預かりしていたお手紙について、ご説明いたします。」


 革鞄から、一通の封筒を取り出す。


 白い封筒は、生命契約の封印は既に解除されているが、今なお固く閉ざされていた。


「このお手紙は、ご本人の意思により生命契約魔法で封印されていたものです。」


「私ども生命契約管理課でも、その内容は確認しておりません。」


 レイモンドの視線は、自然と封筒へ向けられる。


「開封されるかどうか。いつ、どこで、どなたと読まれるか。」


「そのすべては、受取人様のご意思に委ねられます。」


 エリアスは封筒を両手で持ち直した。


「生涯、開封されないというご判断も、私どもは尊重いたします。」


 静かに一歩前へ出る。


「レイモンド・ノエル様。」


「こちらを。」


 レイモンドは固まっていた。

 

 しばらくして、震える両手で封筒を受け取った。


 壊れ物を扱うように胸へ抱き寄せ、しばらく目を閉じる。


 やがて小さく頭を下げた。


「……申し訳ありません。」


「少しだけ、一人にしていただけますか。」


 絞り出したような、細い声だった。


 誰も言葉を返さなかった。


 一同は静かに立ち上がる。


 エリアスはレイモンドへ一度だけ深く頭を下げると、音を立てぬよう静かに部屋を後にした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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