道の途中
本日もよろしくお願いします。
アスター家を後にしてから、しばらく誰も口を開かなかった。
町の喧騒を背に、石畳を踏む靴音が静かに響く。
先頭を歩くエリアス。
その後ろをリシェルとミア。
少し距離を空けて、ダリウス、カイル、セレナが続いていた。
誰も振り返らない。
誰も、さっきの出来事へ触れようとはしなかった。
ただ歩く。
それだけだった。
やがて、ミアが小さく息を吐く。
「……あんなふうに。」
その声に、リシェルが視線だけを向けた。
「怒鳴られることも、あるんですね。」
少しの沈黙。
リシェルは静かに頷いた。
「あります。」
「もっと感情をぶつけられることもあります。」
ミアは俯く。
「怒られているわけじゃないって、分かるんです。」
「でも……。」
言葉が続かなかった。
胸の奥へ残る重苦しさ。
あの父親の叫びが、まだ耳から離れない。
リシェルは少しだけ微笑む。
「だから私たちは、すべて聞くんです。」
「どんな言葉を返しても、大切な人は戻りませんから。」
ミアは静かに頷いた。
「……はい。」
しばらく歩く。
前を歩くエリアスの背中は、いつもと何も変わらない。
歩幅も。
姿勢も。
抱えた封筒を持つ手も。
まるで何事もなかったかのようだった。
「エリアスさんは……。」
思わず口から漏れる。
「平気なんでしょうか。」
リシェルは小さく笑った。
「平気ではありませんよ。」
その答えは、あまりにも自然だった。
ミアは驚いたように顔を上げる。
「でも……。」
「何も変わらないように見えて。」
「そう見えるだけです。」
リシェルは前を歩くエリアスを見る。
「エリアスさんは、人前では感情を出しません。」
「それが、この仕事だと思っていますから。」
その言葉が聞こえたわけではない。
けれど。
ちょうどその時だった。
エリアスは小さく立ち止まる。
ゆっくりと息を吸う。
胸いっぱいに空気を満たし。
長く。
本当に長く。
肺の中の空気をすべて吐き切るように息を吐いた。
それだけだった。
すぐに何事もなかったように歩き始める。
ミアは、その背中を見つめていた。
「あれは……?」
「エリアスさんの癖です。」
リシェルが穏やかに答える。
「気持ちを切り替える時、いつもああするんです。」
「昔から、ずっと。」
ミアは何も言わなかった。
あの長い呼吸に、どれだけの感情を押し込めているのか。
まだ、想像もできなかった。
前方を歩くダリウスたちも、一言も話していない。
ダリウスは真っ直ぐ前だけを見て歩く。
カイルは視線を落としたまま。
セレナは返された封筒を胸へ抱き寄せていた。
誰も。
ルークのことを口にしない。
口にできなかった。
やがて住宅街を抜ける。
街の喧騒が少しずつ遠ざかり、澄んだ鐘の音が風に乗って聞こえてきた。
教会だった。
白い石造りの建物。
色とりどりの花が咲く小さな庭。
併設された孤児院の子供たちが走り回っている。
穏やかな午後だった。
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