遺されたもの
誰も動かなかった。
沈黙だけが部屋を満たしている。
やがて。
エリアスは静かに一礼した。
「……このような折に恐縮ですが。」
穏やかな声だった。
「規程に基づき、今後のお手続きについてご説明いたします。」
グレンは何も言わない。
ただ、小さく頷いた。
「ルーク・アスター様名義のギルド口座につきましては、所定の手続きを経た後、ご指定の相続人様へお引き継ぎいたします。」
「また、お預かりしております私物につきましても、後日改めてお届けいたします。」
ミアは静かに手帳へ目を落とす。
研修で学んだ文言だった。
だが今、その一つ一つが違う重さを持って耳へ届く。
「現在、救助局が現地にて遺品の捜索を行っております。」
「発見されたものにつきましては、確認後、順次お届けいたします。」
一つずつ。
漏れがないように。
確認するように。
エリアスは言葉を重ねていく。
そして最後に。
胸元の封筒へ視線を落とした。
「こちらの遺書につきましては。」
「ご家族の皆様で、お読みください。」
深く一礼する。
「本日のご説明は以上となります。」
踵を返そうとした、その時だった。
「……待ってくれ。」
グレンだった。
先ほどまで怒鳴っていた男とは思えないほど、小さな声だった。
「さっきは……悪かった。」
エリアスは振り返る。
グレンは目を伏せたまま続ける。
「分かってる。」
「お前さんたちは悪くねぇ。」
「そんなことは、昔から分かってる。」
一緒に育った友人。
その時も。
遺書課は何も悪くなかった。
それでも。
あの日も。
今日も。
怒りを向ける場所が見つからなかった。
グレンは一度だけ息を吐く。
「……大変な仕事だな。」
少しだけ笑う。
泣き笑いのような、弱々しい笑顔だった。
「本当に、ありがとう。」
エリアスは何も言わない。
ただ静かに一礼する。
それだけだった。
リシェルも続く。
ミアも深く頭を下げる。
ダリウスたちも、何も言えないまま頭を下げた。
六人は静かにアスター家を後にした。
家を出ても、誰も口を開かなかった。
ミアは一度だけ振り返る。
閉じられた扉の向こうでは、きっと今、ルークの最後の言葉が読まれている。
そう思うと、胸の奥が少しだけ苦しくなった。
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