↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルド遺書課 〜最期の言葉を届ける者〜  作者: トリバード
白梟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/19

知っている名

 王都の住宅街。


 昼下がりの陽射しが石畳を照らしていた。


 先頭を歩くのはエリアス。


 その少し後ろをリシェルとミア。


 さらに後ろにはダリウス、カイル、セレナが続く。


 誰も口を開かなかった。


 エリアスの腕には、一通の封筒が抱えられている。


 宛名。


 グレン・アスター様。


 ルーク・アスターの父の名前が、力強い筆跡で確かに記されていた。


 ミアは封筒へ視線を落とす。


 地下書庫で何度も見てきた封筒。


 けれど今日は、その重さがまるで違って感じられた。


 やがて、一軒の鍛冶工房の前でエリアスが足を止めた。


 工房の中から、乾いた槌の音が響いてくる。


 カン。


 カン。


 一定のリズムで鉄を打つ音に混じって、豪快な笑い声が聞こえた。


「はっはっはっ!」


「そりゃ駄目だろ!」


「そんな使い方したら、一週間で刃が駄目になるぞ!」


 笑われた青年も苦笑しながら頭を掻く。


「いやぁ、やっぱりグレンさんのところへ持ってきて正解でした。」


「当たり前だ!」


 煤で汚れた前掛け姿の男が胸を張る。


「うちは安くねぇ!」


「その代わり、俺が魂こめてやってんだ!!長持ちする!」


「武器ってのは命を預けるもんだからな。値段じゃなく、腕で選べ。」


 豪快に笑う。


 周囲もつられて笑っていた。


 人好きのする職人。


 それが一目で分かる男だった。


「毎度あり!」


 修理を終えた剣を渡し、大きく手を振る。


 青年が帰っていくのを見届けると、再び仕事へ戻ろうとして──。


 工房の前へ立つ一行へ気付いた。


「大所帯だな。いらっしゃい。」


 ダリウスたちを見回し、笑う。


「剣の修理か?」


「それとも注文か?」


 エリアスは静かに一礼した。


「生命契約管理課、エリアス・アッシュです。」


 その一言だった。


 グレンの笑顔が止まる。


 握っていた槌を、ゆっくりと作業台へ置いた。


 しばらく、何も言わない。


 ただエリアスを見つめていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……そうか。」


 誰も、まだ何も伝えていない。


 それでも。


 グレンには全て分かっていた。


 苦く笑う。


「知ってる。」


「その部署は。」


 一瞬だけ視線が遠くなる。


「昔、一緒の孤児院で育ったやつで、冒険者になった馬鹿がいた。」


「……そいつの時に、聞いた部署だ。」


 短い言葉だった。


 それ以上は語らない。


 ミアは思わず息を呑む。


 遺書課を知っている人がいる。


 それだけで、この仕事がどれだけ長い年月を積み重ねてきたのかが伝わってきた。


 グレンは工房の炉へ目を向ける。


 赤々と燃える火を見つめる。


 しばらくして、火力を落とした。


 槌を片付ける。


 前掛けを外す。


 その一つ一つの動作は、いつもの仕事終わりと何も変わらない。


 けれど、その背中だけは少し小さく見えた。


「……入ってくれ。」


 居間には一人の女性と、まだ幼さの残る少女がいた。


 母のエマ。


 妹のリナ。


 二人は工房から戻ってきたグレンの後ろに立つ一行を見る。


 そして。


 エリアスの腕に抱えられた封筒へ視線を落とした。


 部屋から音が消える。


 エリアスは両手で封筒を持ち直した。


「ルーク・アスター様より、お預かりしていた遺書をお届けに参りました。」


 その一言だった。


 エマの肩が小さく震える。


 リナは父の服をぎゅっと掴んだ。


 グレンは封筒を見つめたまま動かない。


 やがて、ゆっくりと手を伸ばす。


 しかし。


 その手は封筒へ届く寸前で止まった。


「……だから。」


 小さく漏れる。


「だから、冒険者になるなと、言ったんだ……。」


 俯いたまま。


 誰へ向けるでもなく呟く。


 次の瞬間。


「俺は、確かに、言ったんだ!!」


 怒号が家中へ響いた。


 ミアの肩がびくりと震える。


 拳が机へ叩き付けられる。


「何でだ!」


「何であいつなんだ!」


「まだ十九だぞ!」


「これからだったんだぞ!」


 誰へ向けた怒りなのか。


 魔物か。


 ギルドか。


 冒険者という仕事か。


 それとも。


 自分自身か。


 グレンにも分からなかった。


 エマは声を殺して涙を流している。


 リナは兄の名を呼びながら泣き崩れた。


 グレンは振り返らなかった。


 ただ、拳だけが震えていた。


 ダリウスは拳を強く握り締める。


 何か言わなければ。


 謝らなければ。


 そう思う。


 けれど。


 言葉が出ない。


「……俺が。」


 やっと絞り出した声。


「俺が、もっと早く――」


「違う!!」


 グレンが遮る。


「違わねぇ......。」


 力なくダリウスは返す。


 グレンの拳は震えたまま、それでも顔を上げる。


「お前らを責めたって、ルークは帰って来ねぇ。」


 静かな言葉だった。


 しかし、その次の一言には、押し殺していた感情が全て込められていた。


「……でもよ。」


 グレンはエリアスを見る。


 ダリウスを見る。


 その場にいる全員を見る。


「……怒る場所くらい、くれよ……。」


 部屋から音が消えた。


 誰も何も言えない。


 エリアスも答えない。


 慰めない。


 否定もしない。


 ただ静かに、その言葉を受け止めていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。