返す者、届ける者
本日もよろしくお願いします。
翌日の昼前。
地下書庫には、いつもと変わらない静かな時間が流れていた。
帳簿へ記録を書き込むエリアス。
書類を整理するリシェル。
暗い表情はしているものの、普段通りの業務に努めるミア。
昨日の出来事が嘘のような静けさだった。
机の上の魔導通信具が淡く光る。
エリアスは受話部へ手を伸ばした。
「生命契約管理課、エリアス・アッシュです。」
『救助局です。』
『白梟の生還者三名の保護が完了しました。』
『ダリウス・グレイ。』
『カイル・レンフォード。』
『セレナ・ミスト。』
『三名とも命に別状ありません。』
エリアスは帳簿へ三人の名を書き記す。
『死亡確認。』
『ルーク・アスター。』
『アイリス・ノエル。』
『以上です。』
「確認しました。こちらの状況とも一致しています。」
『一致確認いたしました。』
「では、遺書返却業務へ引継ぎます。」
短く答え、通信が切れる。
エリアスは静かに帳簿を閉じた。
地下書庫には再び静寂が戻る。
リシェルは何も尋ねなかった。
帳簿が閉じる音だけで、十分だった。
◇
その日の午後。
地下書庫の扉が三度叩かれる。
「……失礼する。」
入ってきたのはダリウスだった。
その後ろにはカイルとセレナ。
三人とも傷の手当ては済んでいた。
だが、その表情だけは、死地となった森から帰ってきていなかった。
エリアスは静かに一礼する。
「お待ちしておりました。」
返事はない。
エリアスは書架へ向かった。
白梟の棚。
青白い光を灯し続けた三通を取り出す。
一通ずつ。
丁寧に。
三人の前へ差し出した。
「お預かりしていたものを、お返しします。」
誰もすぐには受け取れなかった。
やがてダリウスが両手で封筒を受け取る。
続いてカイル。
最後にセレナ。
三人とも、封筒を見つめたまま動かない。
「……俺の判断が遅かった。」
ダリウスが小さく呟く。
「違う。」
カイルが首を振る。
「あの毒だ。」
「回復魔法が効かねぇなんて聞いてねぇ。」
セレナは封筒を抱えたまま俯く。
「それだけじゃない……。」
「あのゴブリンたち。」
「統率個体なんかじゃなかった。」
静かな声だった。
「人が……いた。」
地下書庫へ沈黙が落ちる。
ダリウスは苦々しく続ける。
「笛で動きを合わせていた。」
「毒矢も。」
「あんな連携、魔物だけでできるはずがない。」
拳が小さく震えていた。
「俺がもっと早く気付いていれば――」
「ダリウスさん。」
静かな声だった。
エリアスが名前を呼ぶ。
三人の視線が向く。
「その件につきましては、危険任務管理局と調査局が対応します。」
「ここでは、私たちが扱う案件ではありません。」
責めるような口調ではない。
ただ、事実を伝えるだけだった。
三人も、それ以上は口にしなかった。
地下書庫に再び静けさが戻る。
しばらくして。
ダリウスがゆっくりと口を開いた。
「……ルークとアイリスの遺書は。」
エリアスは頷く。
「本日、ご指定の宛先へお届けします。」
ダリウスは視線を落とした。
少し迷うように息を吐く。
「俺たちも……。」
「同行させてもらえないか。」
エリアスは少しだけ考えた。
遺族。
身元引受人。
同行者。
業務規程を頭の中で確認する。
そして答えた。
「業務の妨げにならないのであれば、問題ありません。」
ダリウスは深く頭を下げた。
「……ありがとう。」
エリアスは首を横に振る。
礼を受けることではない。
仕事だからだ。
書架へ向かう。
光を失った二通の封筒を、静かに両手で取り上げた。
ルーク・アスター。
アイリス・ノエル。
二つの名前を確かめる。
振り返る。
「では。」
エリアスは静かに言った。
「行きましょうか。」
三人は小さく頷く。
地下書庫の扉が開く。
遺書を返す仕事は終わった。
エリアスは先頭を歩く。
その腕には、二通の封筒。
ダリウスたちも、静かにその後へ続いた。
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