業務開始
地下書庫は静まり返っていた。
白梟の棚。
五通並んでいた封筒のうち、二通だけが青い光を失っている。
残る三通だけが、静かに生命契約を灯していた。
「……。」
ミアはその場から動けなかった。
頭の中が真っ白になる。
研修で習った。
何度も読んだ。
業務手順書にも書いてあった。
生命契約解除時の対応。
報告先に必要書類、それに連携部署。
全部覚えたはずだった。
それなのに。
(何を……。)
(最初に何をすれば……。)
何一つ出てこない。
ただ、目の前の二通を見つめることしかできなかった。
「ミアさん。」
静かな声だった。
リシェルだった。
「はい……。」
「上層部へ報告します。」
「一緒に来て下さい。」
その声には焦りがない。
だからこそ、ミアは我に返った。
「……は、はい!」
返事はした。
それでも足は震えている。
リシェルはそんな様子を見て、小さく微笑んだ。
「大丈夫です。」
「最初は私も、そうでした。」
その一言だけで十分だった。
リシェルはエリアスを見る。
二人の視線が重なる。
「こちらは私が。」
「お願いします。」
それだけだった。
長い説明も確認もない。
何年も同じ部署で働いてきた二人だからこその短いやり取りだった。
リシェルはミアを伴い、地下書庫を後にする。
扉が閉まる音だけが、小さく響いた。
地下書庫には、エリアス一人が残る。
静寂。
白梟の棚を見つめる。
光の灯った三通。
そして、光を失った二通。
その数を静かに確認すると、エリアスは目を閉じた。
ゆっくりと息を吸う。
肺いっぱいに空気を満たす。
そして。
長く。
本当に長く。
肺の中の空気を、すべて吐き切るように息を吐いた。
瞼を開く。
その表情は、いつものエリアスだった。
机の端に置かれた魔導通信具へ手を伸ばす。
淡い光が灯る。
「生命契約管理課、エリアス・アッシュです。」
落ち着いた声だった。
「救助局へお繋ぎください。」
ほどなくして、通信先が切り替わる。
『はい、救助局です。』
「生命契約解除を確認しました。」
「パーティ名、白梟。」
「解除二件。」
短く。
必要なことだけを伝える。
相手も余計な言葉は返さない。
『......承知しました。』
通信が切れる。
すぐに次の部署へ繋ぐ。
「危険任務管理局へ。」
そして記録課。
医務局。
身元確認担当。
一つずつ。
業務手順書の順番通りに。
漏れなく。
正確に。
通信を終え、魔導通信具の光が静かに消えた。
地下書庫は再び静寂に包まれる。
エリアスはゆっくりと立ち上がる。
白梟の棚の前へ歩く。
三通だけが、青白い光を静かに灯していた。
その光を見つめる。
何も言わない。
ただ。
静かに見つめ続ける。
その光が消えないことだけを願うように。
地下書庫は今日も静かだった。
その静けさの中で。
三つの青い光だけが、小さく揺れていた。
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