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9話 - 落ちこぼれ部隊

 むきゃー! と怒りながらユージーンの指に噛みつくアイリーン。


 ぎゃー! と響くユージーンの叫び声。


 どーどー……、とアイリーンの後ろ襟を掴んでいるレイの横で、ロヴィとミックがきょとんとブラッドリーを見た。


「……何ですか? 落ちこぼれ部隊って」


 あー……、とブラッドリーが苦笑いを浮かべた。





 ――翌日。


 城の庭。

 前日の喧騒が嘘のように穏やかな日差しの中、ぼーっと座って庭を眺めているロヴィ。


 木々の隙間から見える青々とした空を見上げながら、昨日の会話を思い出していた――




 ユージーンにじと……と噛みついているアイリーン、てきぱきとギルバートをぐるぐる巻きにしているイライザ、ウィルフレッドと会話をするブラッドリーを横目に、レイが話し始める。


「元々アイリーン姫の護衛って、誰が就くとか決まってなかったんだって」

「え? そうなんですか?」

「姫が小さい頃ね。全然騎士たちに懐かなかったらしくて」


 ロヴィとミックは、ユージーンに噛みついているアイリーンを見ながら、あー……と、頷く。


「その時に、唯一姫が興味を持ったのが隊長だったんだって」

「!?」


 ぎょっ!? と驚嘆の顔をブラッドリーへ向けるロヴィとミック。


「どの辺が!?」

「幼児に好かれる容姿すか!?」

「素直だよね、2人」


 笑うレイ。

 するとユージーンが横から話に加わった。


「姫、よく見てるよね。騎士たちプライド高いからさぁ。なんでこんな小娘護衛しないといけないのって思ってたの多分気づいてたんじゃない?」


 小娘、と口にした瞬間、ぎり……、と強く噛みつかれ、ユージーンは笑みを浮かべながらもわずかに顔を歪める。

 

「え、隊長は……?」


 ロヴィがそう口にすると、レイとユージーンが揃って笑い声を上げた。


「思わないでしょ、あの人」

「顔は怖いけど、優しいからねぇ」



「『草食の落ちこぼれシロサイ部隊』」


 レイがそう言った瞬間、カチャ、と剣の柄に手を当てるロヴィの横で、ミックが短剣を掴む。


「それ言ったの誰ですか。噛み砕いてきます」

「めった刺しにしてやんよ。あとロヴィ、噛み砕くのに剣いらねーからな」

「ほんと君たちいいキャラしてるよねぇ」


 笑うユージーン。


「まあ、結局隊長が正式に姫の護衛に就くことになって実質姫の護衛部隊隊長になったら、そう言われたってわけ」

「で、本隊に馴染めなかったり弾かれた隊員が流れてくる部隊になったんだよね」


 え? とロヴィとミックが顔を見合わせ、お互いを指差す。

 弾かれたの? とけらけら笑うミックと、いやお前は確かにな、と薄ら笑うロヴィ。


「……というか」


 そう言いながら、ロヴィとミックはイライザへ視線を向ける。

 するとイライザが、ちら、とこちらを向いた。


「蹴るしか脳のない女カンガルー、だって。別にいいじゃんね? 蹴るしか脳がなくたって」


 ははっ! とイライザは笑い飛ばした。

 そんなイライザを横目で見ながら、にやにやと笑みを浮かべるユージーン。


「でも今日発覚したよねぇ」

「あーそうっすね。かわいいもの好きという意外な――」


 その瞬間、イライザの蹴りで沈むミック。

 ミック!? とロヴィが恐れおののいた。


「あと俺は、速さしか取り柄のないチーター」とレイ。

「僕は確か戦闘能力の低いタカ、だったかなぁ」とユージーン。


 いやぁ、そんなのあったねぇ、とレイとユージーンが昔話のように呑気に話す。


 次の瞬間、だん!! とアイリーンが思いきりロヴィの爪先を踏みつけた。


「いだっ!!! ちょ……アイリーン姫!?」


 死ぬ……と蹴られた腹を押さえうずくまるミックと、いっ……いだだだだ!!! と顔を歪めるロヴィをじっと見つめるアイリーン。


『ずる賢く信用ならないキツネ』

『獲物を横取りする意地汚いハイエナ』


 そう口にされていたことを思い出し、むー……!! と込み上げる怒りで、だん! だん! と悔しそうにロヴィの爪先を踏みつける。


「何よ、落ちこぼれ部隊って!!! 私の騎士たちの強さを、何で皆わかってくれないのかしら!? こんなにかっこよくて頼もしくて――!?」


 その瞬間、ふわ……とアイリーンを抱き上げるロヴィ。

 アイリーンの息が、わずかに止まる。


「あの、痛いです」


 ロヴィは困ったように笑う。


「あと、良かったです。落ちこぼれで」


 え!? と目を丸くするアイリーン、レイ、ユージーン、イライザ。


「……あー……」


 うずくまっていたミックも、起き上がりながら呟く。


「確かに」

「俺、初めてハイエナで良かったかもって思った」

「ほんとだな。俺もだわ」


 今更本隊とかないわ、とけらけら笑うミック。

 その横で、運命かな……と感極まるロヴィに、ははっ! とミックが大きく笑う。


 ふとロヴィが嬉しそうにアイリーンを見上げた。


「むしろ、名誉部隊では?」

「……――!」


 みるみる頬が染まるアイリーンを、愛おしそうに見つめるロヴィ。

 その顔に、アイリーンは不意を突かれた悔しさを滲ませ、むうっと頬を膨らませる。

 ぎゅ、とロヴィの頬をつねった。


「……ずるいです、ロヴィ」

「えっ!? 何でですか!?」


 ええ!? 何でぇ!? とあわあわと慌てるロヴィと、嬉しそうに目を細めるアイリーン。


 ああ――……、やれやれ、と皆はもどかしい距離間の2人を楽しそうに眺めていたのだった。





 ――庭にて。


 ふと巡らせていた思考を止め、視線を落とすロヴィ。

 困ったように眉を下げると、わずかに頬を染める。

 ロヴィの脚の間では、身体を丸めたアイリーンが脚を枕にしてリスと戯れていた。


「……また、足痛めたんです?」

「そうみたい」

「いつですか……」

「……ロヴィの足を……踏んだとき?」

「また、しょうもない……」

「しょうもなくありません」


 ロヴィの口から思わずため息が漏れる。

 さらっとアイリーンの髪に触れ頭を撫でると、大きな赤い瞳がじっとロヴィの顔に向いた。


 ロヴィは小さく笑みを漏らした。


「そんなに……長かったんですね。隊長と」


 アイリーンはくすっと笑うと、気持ち良さそうに目を伏せる。


「……ブラッドリーには……申し訳ないと思っています」


 え? と目を見開くロヴィ。


「私は希少種といわれるユキウサギの血を引いている故に随分と……特別扱いをされてきて。それに加えて……この性格でしょう? 騎士たちから使用人に至るまで、周りには良く思われていないのです」

「……こ存じだったんですか? ご自身が破天荒な性格だということ――」


 間髪入れずにロヴィの頬をつねるアイリーン。


「……すみません」

「それ故に、きっと落ちこぼれなどという不名誉な呼び名をされ続けているのだと思います。だって、ブラッドリーが落ちこぼれなわけがないでしょう!? 落下するイライザたち3人をまとめて受け止めたり、転がってくる巨大な岩をその身一つで止めたりする男ですよ!?」

「…………やばいですね隊長」


 また間髪入れずにロヴィの頬をつねるアイリーン。


「……すみません」

「優しすぎるのです、ブラッドリーという男は。私が意地悪をしても周りに何を言われようと不名誉な呼ばれ方をされようと、まるで意に介さず、私の傍に居続けてくれるのです。イライザも、レイも、ユージーンも……」


 そう言って、アイリーンは大層愛おしそうに、微笑んだ。


「……家族以上に、『家族』なのです。私は、彼らが大好きです」



(……ああ、それで――)


『当たり前じゃない……! 大好きに決まっているわ……!!!』


 昨日、そう言って涙をあふれさせたアイリーンの表情が脳裏に浮かんだ。


(――あれは、そういう……)



 安堵したように、ロヴィの口から思わず笑みが漏れた。

 するとアイリーンが、むっと口を尖らせる。


「何ですか、ロヴィ」

「いえ。レイさんのこと、家族のように好きなんですか?」

「何ですか、昨日からレイばっかり……もちろんです。レイは兄のように安心感があり大好きですよ」


 はははっ、と笑うロヴィ。


「……では、俺は?」


 えっ? とアイリーンは目を開いた。


「ロヴィは……――」





「……あー、いたいた」


 やや遠目から、庭の木陰に座るロヴィを見つけ、近寄ってくるユージーンとレイ。


「モリーさんが、いい加減アイリーン姫引っ張ってこいって――」


 2人は背後から覗き込み、言葉を止める。

 その脚の間には、ロヴィの脚を枕にしてすやすやと眠るアイリーンの姿があった。


「……これはこれは」


 にやにや、とロヴィの顔を覗き見て、あれ? と目を見開く。


 難しい顔をしているロヴィが、口を開いた。


「……安心感のある兄と、手の掛かる弟って、どっちが恋愛に近いと思います?」


 あー……、と察したように呟くユージーンの後ろで、ああ、と小さく吹き出すレイ。

 思わず顔を見合わせると、にや、とロヴィを見た。


「兄じゃない?」

「兄かな」

「!?」


 やっぱり……!! とわなわなと震えるようにレイを見るロヴィに、笑い声を上げるユージーンとレイ。

 その声に反応したのか、ん……、と小さく声を漏らして脚にすり寄るようにアイリーンがわずかに身体を動かすと、顔をみるみる赤く染めるロヴィが、ぴしっと固まった。


 ロヴィとアイリーン、2人に次々訪れる厄介事の前の、少しだけ穏やかな幕間であった――

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