10話 - 視察
「ご機嫌麗しゅう、アイリーン王女様」
「帰れ」
そう声を揃えながら、飛び出してきたギルバートの頭をすぱーん! と全力で叩くロヴィとウィルフレッド。
「何でお前がここにいる」
「あなたもですけど? ウィルフレッド公爵」
いつもの城の庭。
ギルバートはアイリーンの前でひざまずくと、花束をすっと差し出した。
「麗しの王女様、どうぞ」
「まあ、キレイ……!」
嬉しそうに微笑むアイリーン。
すると、ピッ、と花束から鳥が(偶然)顔を出した。
わあああ……! とアイリーンの口から感嘆の声が漏れる。
ははは、王女様の魅力に鳥も虜ですねぇ、と笑うギルバート。
かわいい……! ときらきら瞳を輝かせるアイリーンを、何それかわいいぃぃ……! とロヴィとウィルフレッドはわなわなと見つめていた。
「何であの人牢に入ってないんですか……!」
「俺が今ここで叩き斬ってやろうか」
「お願いします」
「意外と容赦ないな、ハイエナ君」
「何すっかり仲良しになってんの?」
「どこが?」
声を揃えるロヴィとウィルフレッドに、ミックがけらけら笑う。
その横から、ユージーンが口を挟んだ。
「あーそうそう。王家で、フロレンス侯爵家をどうするって話になったらしくて――」
――それは少し前。
国王執務室。
国王、カーティス、クライヴ、王妃が顔をそろえる。
「即刻侯爵の地位を剥奪しましょう」
クライヴがしれっと言い放つ。
「クライヴ、君容赦ないね……」
国王が引き気味で呟く。
「で、でも……先のアイリーンの件も、新興貴族たちから買い取った噂からギルバート侯爵を泳がせて赤い眼を手にしようとしていたのは、どうやら裏で動いていた窃盗団の方だったようだし」
「窃盗団に踊らされるような男なんて、不要です」
じと……とクライヴは鋭い目線を国王へ向けた。
「いやしかし」
むう、と考え込むカーティス。
「ギルバート自体は小物だが、フロレンス侯爵家は新興貴族の中でも中心の家門だ。街の職人たちとも繋がりがある。剥奪となると、今以上に新興貴族たちとの溝が浮き彫りになるだけではなく、反発は避けられない――」
「なら」
王妃が、ぱん! と両手を合わせる。
「アイリーンの婚約者候補にしてはどうかしら?」
ぴた、と固まる皆。
恐る恐る王妃へ顔を向ける国王。
「……いや……シャーロット……それは」
「あらどうして? 新興貴族の1人が婚約者候補ともなれば、他の新興貴族たちも目の色を変えるんじゃあないかしら? 新興貴族と王家とのつながりがアピールできれば、職人たちも活気づきましょう」
ね! と王妃は満面の笑みを浮かべたのだった。
「――って」
だってさ! とにっこりするユージーンに、ロヴィが掴みかかる。
「俺は認めませんけどぉぉお!?」
「僕に言わないでよ……」
「頭おかしいのか、王家は」
「あなたを婚約者候補筆頭に推してくるあたり、頭おかしいですけどね!?」
「何でだ」
ははっと笑うミック。
「あんたらが、させなきゃいいだけじゃね?」
そう言うと、ですよね、と同時に頷くロヴィとウィルフレッド。
ミックはシンクロする2人を、おもしれーなー、と可笑しそうに眺めていた。
「……というか……」
ぱたぱたと花束の上で羽ばたく鳥に、ああ飛び立たないで……! とはらはらしているアイリーン。
その様子を楽しそうに見つめているギルバートへ、ユージーンは顔を向けた。
「逆にいいの? って感じなんですけど……」
「あー……確かに?」
レイも同意する。
「そのやんちゃなウサギ姫の婚約者候補で」
するとギルバートが、ふふふ……! と笑みを漏らした。
「光栄です……! その神秘的な瞳に見つめられた瞬間……恋に落ちましたから」
え? と固まる皆。
「……瞳に?」とレイ。
「見つめられた? そんなのあったっけ?」とユージーン。
すると、ロヴィとウィルフレッドが、あー……、と同時に声を上げた。
廃屋の最上階で、ギルバートに首を掴まれながらも、きっ! と鋭い目線を向けていたアイリーンを思い出す。
「あれかな……?」
「睨まれてたやつな」
ふふ……! と頬を染めるギルバート。
次の瞬間、ざわざわとざわつく皆(ミック、ユージーン、レイ)。
「……やべーのまた来ましたね……?」
「え? 何? 姫ってヤバイ人落とす血でも宿してるの?」
「恋に落ちるきっかけがねぇ……――」
レイがそう言うと、3人の視線が自然とロヴィたちに向いた。
ロヴィ→なんか知らんけど出会った瞬間勝手に落ちてた
ウィルフレッド→思いきり爪先を踏みつけられて落ちた
ギルバート→思いきり睨みつけられて落ちた
うわぁ……、やべーな……、ないわ……とドン引きの目を向ける皆。
あのー、とロヴィが困惑気味の視線を返した。
「あの……なんかわかんないですけど、ひと括りにしないでもらっても?」
「視察?」
「ああ……おい、大丈夫かロヴィ」
アイリーンたちのところへやって来たブラッドリーとイライザは、不思議そうな顔をロヴィへ向けていた。
ロヴィはというと、突然跳び乗ってきたアイリーンの脚を抱えて支えており、前が見えていない。
そのアイリーンは、ああ鳥さん待って……! と木の上に飛んで行ってしまった鳥に、一生懸命手を伸ばしていた。
「はは、大丈夫です」
「そうか」
「おい替われ、お前」とウィルフレッド。
「嫌です」
ブラッドリーは気にせず、話を進める。
「元々王太子殿下が視察へ訪れる予定だったのだが、ギルバート侯爵が婚約者候補となっただろう?」
「――えっ?」
再び手に乗った鳥をロヴィの頭へそっと乗せていたアイリーンは、動きを止め、目を瞬く。
目を丸くしてギルバートを見下ろした。
するとギルバートが、にこ、と微笑む。
「ギルバート侯爵とともに、アイリーン様が港の職人たちの視察へ赴くこととなった。それに同行しろ、ロヴィ」
「フロレンス家は、元々職人ギルドを纏めていた家門でした」
街を歩くアイリーン、ロヴィ、ウィルフレッド、ギルバート。
ギルバートが涼しい顔で説明をしている横で、ロヴィが呆れたようにウィルフレッドを見る。
「……何であなたまでついて来てるんですか」
「こいつが信用ならないから」
ぴっと親指を立てギルバートへ向けるウィルフレッド。
苦笑いを浮かべながらも、ギルバートは続ける。
「そもそも、フロレンス家が新興貴族となったのも――」
めんどくさそうな顔のウィルフレッドが、ちらっとロヴィの頭へ視線を向けた。
「ていうか、いつまでその鳥頭に乗せてるんだお前」
「知らないですよ……離れないんですから……」
「ロヴィの髪はふわふわしているものね!」
楽しそうな声を上げるアイリーンを横目で見ながら、ギルバートは、ははは! と笑った。
「聞いてませんね?」
港町は活気に溢れていた。
職人や商人が多く行き交い、資材や交易品が多く並ぶ。
あまり港まで足を延ばさないアイリーンは、きらきらと瞳を輝かせた。
その港町入り口の石段を下りた先。様々なギルドや工房が並ぶの中の、ひときわ大きな建物。
ロヴィたちは、そこのとあるギルドの前で足を止めた。
「お前の好きな武器商人ギルドか?」
ウィルフレッドは、にやぁと悪い笑みをギルバートへ向ける。
「好きって何ですか」
「あの毒と爆薬どこで仕入れた」
「あなたには言われたくありません」
「何でだ。俺はそういう卑劣なことはしない」
「心外ですね」
「アイリーン姫落とそうとした人、誰ですか……」
ぎろ、と鋭い目を向けるギルバートに、ロヴィと鳥が、びくっ! と同時に肩を震わせる。
男衆がぎゃあぎゃあと揉めている間にも、アイリーンは1人、建物に足を踏み入れていた。
あら! 職人さんがたくさんいますねぇ! と、瞳を輝かせている。
「…………」
思わず3人、顔を見合わせた。
足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできた大木に、アイリーンは目を丸くした。
思わず駆け寄る。
「す、すごいです……! 何ですかこれは……!」
興奮のあまり、アイリーンは大木の周りをぴょんぴょんと跳び回る。
それに気づいた職人たちが何気なく目を向け、はたと固まる。
「…………!?」
あちらこちらで職人が息を呑む。
「ア……アイリーン王女様!?」
「え!? 王太子殿下じゃなくて!?」
はい? と小首をかしげるアイリーン。
その時、後から建物に足を踏み入れてきた3人に、職人たちはさらに大きく目を見開いた。
「ギルバート様!?」
「って、あのお方、黒い鬼神では!?!?」
「何だあの鳥頭に乗せた騎士!?!?」
やべー!!! と、盛り上がる職人たち。
「…………」あまりのテンションに固まるギルバート。
「……やべーのはお前らのテンションだろう」引き気味のウィルフレッド。
「……おい鳥、ちょっとどいて――」
ピ、とロヴィの髪をくちばしで引っ張る鳥であった。




