11話 - 届きそうで届かない
「な、なぜアイリーン様が……!?」
「ギルバート様、今日の視察、カーティス王太子殿下が訪れる予定では!?」
「いやでも――」
さっとアイリーンへ視線を向ける職人たち。
わあ……みなさん大きいですねぇ……と目を丸くしているアイリーンを遠目から見ながら、冷や汗を拭う。
(……アイリーン様でよかった――――!!)
(ライオン殿下まじ緊張するもんな――!!!)
(でも視察とかできるのかな――!?)
ふう――……! と安堵の息を漏らしたのだった。
何ですかね……? 何だか生暖かい視線を向けられているような……? と目を瞬いているアイリーン。
ロヴィは、職人たちへ鋭い目を向けた。
「アイリーン姫、一切忖度ないですからね」
「余計なこと言うと爪先踏まれるぞ」(踏まれたことある人)
「噛まれますよ」(噛まれたことある人)
何ですか? と不思議そうな顔のアイリーンに、いえ何でも、と3人はさっと視線を逸らした。
「造形職人ギルド!」
何それ素敵……! とさらに瞳を輝かせるアイリーン。
ギルバートが笑みを向ける。
「はい。家具、布製品、硝子細工などの工房が集まる、港で一番大きなギルドです」
「それで――」
アイリーンは、きらきらと目の前の大木を見上げた。
「こんなに大きな木材があったのですね!?」
「はい。港では運び込まれた資材の競りも行われますから。これは、今日家具職人が競り落とした木材でしょう」
するとアイリーンは、職人たちへ期待に満ちた顔を向けた。
「これは……どうやって使うのですか? 輪切りに?」
そう言って、すぱーん、と手で切る仕草をする。
「いいえ。ここから削って、1つの家具を作るのですよ」
「削って!!!」
大きく驚くアイリーン。
その素直な反応に、職人たちから笑みがこぼれる。
その時、アイリーンが何かひらめいたように、はっ、と目を見開いた。
「では、この木材から森のような家具を作ることはできますか!?」
へ? と固まる職人たち。
「部屋の家具を、全て森のようにしたいです!」
と、アイリーンは職人たちへきらきらとした目を向けた。
その、あまりにも「らしい」発想に、ロヴィは思わず吹き出す。
その頭上で、鳥も目を輝かせていた。
一方の職人たちは、突拍子もないアイリーンの発言に、森……? と口を開けたまま固まっていた。
森って何だ……と困惑の色が浮かぶ。
次の瞬間、1人の職人が、はっ! と目を見開いた。
「いや……! それ、斬新なアイデアでは……!?」
え? とその職人に視線が集まる。
「もっと木材の良さを活かした、何というか曲線的な家具に……うまいこと格式高さを出せれば……!?」
他の職人も、合点がいったように大きく頷く。
「それいいな……! ディテールと、細工を凝って……」
「木工細工の職人の手も借りれば……」
おお……! と盛り上がる職人たちを、にこにこと眺めているアイリーン。
アイリーン様へお作りする家具を汎用モデルにできるか!?
素材や装飾の質を落とせばいけるか!?
と繰り広げられる議論をじっと聞いていたウィルフレッドが、ずいと前に出る。
「そーいうのを纏めるのがこのあほだろう」
ウィルフレッドが指差した先――ギルバートに視線が集まった。
あほ……いやまあ、そうですけど……言い方……、と苦笑いするギルバートに、おおお……! と職人たちから声が漏れる。
「フロレンス侯爵……いましたね!」
「忘れてました!」
「…………」
ギルバートは、思わず言葉に詰まる。
「お前まじ空気だな。こんなんが王女様の婚約者候補で大丈夫か」
「貴方にだけは言われたくありませんが……ウィルフレッド公爵」
ウィルフレッドの発言に、婚約者候補? 王女様の? と職人たちがきょとんと固まる。
次の瞬間、えええええ!!! とギルド内が一斉に沸いた。
「ギルバート様まじですか!?」
「信じられません……!! なぜギルバート様が!?」
「そんなことあります!?」
「何かの手違いでは!?」
「…………」
「お前なめられてね?」
鼻で笑うウィルフレッドをギルバートは睨むように見る。
職人たちと距離が近いんですよ……、と悔し紛れに呟くと、ウィルフレッドが再び、はっ! と笑い飛ばした。
その様子を、ロヴィは少し離れた場所から眺めていた。
表情は暗い。
その頭上では鳥が、もやぁ……と表情を曇らせ、ピッ、とロヴィの髪をくちばしで引っ張る。
その時――
ふと、ロヴィはわずかに目を見開いた。
すっと職人の合間をぬってアイリーンに近づくと、ロヴィはその手をぐいっと引く。
驚いたように見上げるアイリーン。
その顔には、わずかに汗が滲んでいた。
はぁー……、と、ロヴィの口からため息が漏れる。
「柄にもないこと……!」
呆れたように小声でそう呟くと、息を吞むようにアイリーンの口から、はっ、と声が漏れる。
きゅっと口が結ばると、アイリーンが微かに震える手で強く握り返す。
ロヴィはわずかに目を見開いた。
アイリーンがその手をぐいっと引いた。
盛り上がる皆の目を盗むように、2人はそっとその場を抜け出したのだった。
「……あの……」
赤い顔で視線を泳がせつつ、ロヴィはちらっちらっとアイリーンを見下ろす。
隣を歩くアイリーンは、ぎゅ、とロヴィの腕にしがみついてぴたっと身体を寄せていた。
「歩きにくいんですけど……」
いや、いいですけどね、別にいいんですけど、と呟くロヴィを、アイリーンは嬉しさを滲ませながら見上げた。
アイリーンは小柄故、大勢の人に囲まれるのが苦手だった。
王族なのに、と自分でも情けなくて、それを誰にも話したことはなかった。
ロヴィがそれに気づいたのかはわからない。
それでも手を引いてくれた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。
途端に、言いようのない安心感と愛おしさが込み上げたのだった。
ロヴィの真っ赤な顔を、ピッ、と上から覗き込む鳥。
ロヴィは、お前いつまでいるんだ……別にいいけど……と話し掛けている。
その様子を、アイリーンは笑いながら見つめると、目を伏せた。
「あの場……抜け出してよろしかったのですか?」
視察の途中では? と言いつつも、あまり心配していなさそうな声に、アイリーンはくすくす笑う。
「良いのです。私が、ロヴィと久しぶりに2人きりでデートしたくなったのです」
「でっ!? 視察ですよ!?」
あからさまに動揺するロヴィに、アイリーンはさらにぴたっとくっつく。
「……2人も……婚約者候補連れているのに」
「…………私はまだ結婚しません」
「婚約するだけですから。別に今すぐ結婚するわけではありませんよ」
そう諭すように告げるロヴィの口調は、心なしか暗い。
「いやでも……普通に貴族でしたねあの2人……あんな変な人たちなのに……」
そう他人事のように呟くロヴィに、アイリーンはむっと目を細める。
「ロヴィは」
やや強めの語気が、口から出た。
「はい」
「どちらの貴族出身なのですか?」
じっとロヴィを見つめる。
すると――一瞬の妙な間を置いて、ロヴィは小さく笑った。
「どちらでもありません」
「えっ?」
「俺は、家門から縁を切られた身ですから」
アイリーンの息が止まった。
周りの喧騒が、一瞬にして遠退く。
「…………え?」
その時、鳥の目の前を小さな虫が通る。
ピッ!? とひと際大きく鳴く鳥。
くちばしをパクパクとさせながら、羽を大きく広げ、飛び立とうと羽ばたいた。
「いっ……だだだだだ!?」
そのロヴィに声に、はっと我に返るアイリーン。
「ああ……鳥さん待って!」
「絡まってる! 足、髪に絡まってるからぁ!!」
ひょん! とロヴィの肩に跳び乗りながら、鳥に手を添える。
ロヴィがアイリーンの身体を支えた、その瞬間――
あれ、とロヴィが呟いた。
突然の浮遊感。
ロヴィの背後が下り階段だと気づいたときには、すでに落下し始めていた。
「ちょ……ぉぉおおお!?」
「……――!」
反射的にロヴィにしがみつくアイリーン。
ロヴィもアイリーンを下から抱え込んだ。
「……!?」
地面に叩きつけられる衝撃を感じない変わりに、何か柔らかいものの上に着地した。
ロヴィは、あれ、と虚を突かれたように固まる。
次の瞬間――
「……あー……間に合ったようで……」
のんびりとした声が突如下から聞こえ、はっ! と目を見開いた。
慌ててアイリーンを引き剥がす。
そこには、小柄な男性が下敷きになっていて、ロヴィは青ざめた。
すると目の前に、ひょい、とユージーンが顔を出した。
「おおー! いいんじゃない? 新人」
アイリーンの手に包まれている鳥に撃ち落とした虫をあげながら、にこっ、と微笑むユージーン。
その後ろでは、レイがゆっくり歩きながら近づいてくる。
「うち、身のこなし系多いけど、防御系少ないもんね」
「そうそう」
よかったわねぇ、と嬉しそうに話しながら、ロヴィの頭へそっと鳥を戻しているアイリーン。
そのアイリーンを抱えながら、話についていけないロヴィは、困惑した顔を男へ向ける。
目が合うと、どうも、と男が頭を下げた。
「はあ?」
ロヴィは思わず、間の抜けた声を上げたのだった。




