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12話 - お互いの壁

 街の居酒屋。


 カンパーイ! の声とともに、グラスを合わせる心地よい音が、賑やかな店内に響いた。




「リアム・ロックウェルと申します」


 騒がしい店の一角、ロヴィたちが囲む長四角のテーブル。

 ロヴィが下敷きにした小柄な男が、どうぞよろしく、と淡々とした口調で頭を下げた。


「いやーびっくりしました……! なぜに突然新人?」

「いや俺も知らない。隊長が突然連れてきたから」


 驚いた声を漏らすロヴィの横で、レイがグラスを傾けながら笑う。


「隊長は、いらっしゃらないのですか」とリアム。

「あーあの人、アイリーン姫にいつ何時(なんどき)何があってもすぐ駆けつけられるように死んでも酒飲まない人だから、気にしないで」と笑うイライザ。


 きりっ、とロヴィはイライザを見た。


「アイリーン姫は呼ばないんです?」

「あんた、王女様が居酒屋来ると思う?」


 ですよね……と肩を落とす。

 アイリーン姫の護衛部隊なのに……と不満そうに口を尖らすロヴィを、ミックはグラスを口に当てながら楽しそうに眺めていた。


「ていうか、ロヴィの下敷きになったんだって? 大丈夫だった?」


 イライザが、興味深そうな視線をリアムへ向けた。

 頷くリアム。


「ああ……はい。それなりに頑丈な血が流れてますので」


 おお……! と皆は目を丸くする。

 ロヴィは身を乗り出した。


「何の血引いてんの?」


「センザンコウです」


 ぴた、と固まる皆。

 んん?? と一斉に顔をしかめる。


「……何だっけ……聞いたことある……! とげ出すやつ?」

「それはハリセンボンでは?」

「いやそれ魚だろロヴィ」

「まるまるやつでしょ」

「それアルマジロじゃない……?」


 イライザ、ロヴィ、ミック、ユージーン、レイが次々声を上げる。

 ははは、とリアムはゆったりとした笑い声を上げた。


「レイさん、おしい」

「つっこみいねーなー」


 けらけら笑いながら突っ込むミックであった。




 

 一方、城の2階。

 アイリーンの部屋。


 アイリーンは鳥を指に乗せながら椅子に座り、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


 

「何だ、その鳥は」


 その後ろから、クライヴは視線を引き戻すように、呆れた声を漏らす。

 小さく笑うと、振り返るアイリーン。


「ギルバート様からのプレゼントです、お兄様」

「……多分……違うと思うが?」

「?」


 そうなの? と不思議そうな顔を向けると、ピッ! と鳴く。


「飼ってもいいですか?」

「いいが、お前が世話をしろよ」

「はい! 何て名前にする?」


 アイリーンは、鳥をじっと見つめる。


「……ロヴィ?」

「それはだめだ」

「えー……」


 むうっ、と口を尖らすと、再び窓の外を向いてしまった。

 その、いつもと違う、近寄りがたい空気を纏うアイリーンを、クライヴはじっと見つめる。


「……歓迎の飲みに行っているそうなのです」

「……そうか」

「私も、参加したかったのに」

「王女を飲み屋へ呼ぶと思うか」

「……私を……守ってくださる方なのに……」


 アイリーンは不満そうに呟く。

 ねぇロヴィ、と鳥につんっと触れると、ピッ! と返事をするように鳴き、嬉しそうに目を細めた。


「……クライヴお兄様」

「何だ」


 鳥を見つめているようでどこか遠い目をしたアイリーン。

 すっと目を伏せる。


「婚約者……貴族の方でなければならないのですか?」




 

「……っだあ――! めっちゃ眠……!」


 がん! と空のジョッキを机に叩きつけると、そのまま机に突っ伏すロヴィ。


「あれ? ロヴィ酔ってるの? 珍しい」

「今日ペース早いもんねぇ」


 ロヴィの目の前では、レイとユージーンがまったりと飲みながら雑談を繰り広げていた。


「甘ったれてんじゃないわよロヴィー!! これからよこれから!!!」


 おかわりー! と空のジョッキを掲げるイライザの前で、おお、見事にグラスが空いていきますね……! とリアムが目を丸くしている。


「イライザさんはいつも通り……」

「あの人の酒豪っぷりは揺るがないねぇ」



 その時。

 とん、とジョッキを机に置きながら、ミックがロヴィの隣に腰を落とした。


「どしたよ?」

「…………ミック」

「珍しい」


 ぐいっとジョッキを傾けると、けらけら笑う。


「最初に酒飲んだ時以来?」

「黒歴史引っ張り出すのやめろ」


 呆れたように眉を下げながら、頬杖をついてロヴィを見た。


「お姫様と何かあったの」

「…………別に」


 鳥がさ……ずっと頭に乗ってたんだよ……ちらちら見上げるアイリーン姫かわいすぎない? ……鳥……鳥め……! とぶつぶつ呟いているロヴィに、ミックは内心ため息をつく。


 無言になるロヴィ。

 ゆっくりと、ミックは酒を口に含む。


「…………貴族とか……そういうのさ。思わないように……してたんだけど……」


 ごくっ、とお酒を飲み込みながら、視線をちらっとロヴィへ向ける。


「あの婚約者候補2人見てると……どうしても……考えちゃうっていうか」


 ミックはジョッキを置いてナッツをつまむ。


「……悪いな。俺のせいで」

「え、何で? お前いなかったら俺はアイリーン姫にすら出会えてないって」


 愛してるぜミック……うっ、今何か気持ち悪さが込み上げた……! と、机に突っ伏しながら本音をぽつりぽつりと漏らすロヴィに、また呆れたように眉を下げた。


「……ほんとロヴィお前、いい奴だよなぁ」


 けらけら笑うと、すんませーん、水1つくださーい、と手を上げた。




 

『婚約者……貴族の方でなければならないのですか?』



 アイリーンとクライヴが静かにじっと見合う。


「……いや。そうとは限らない。他国の王族とか――」

「そういうことではなくて――」

「騎士は」

「――!」


 はっ! と目を丸くするアイリーン。


「だめだ」


 間髪入れずに投げつけたクッションがクライヴの顔にぼふっ! と当たる。


「お兄様嫌い!!!」

「きっ……」


 固まるクライヴ。

 椅子の上で丸くなり顔を伏せるアイリーンの腕の上で鳥が、じと……とクライヴを睨む。


 クライヴは小さくため息をつくと、クッションを持ちながらアイリーンに近づいた。


「……先の内紛で、多くの貴族の地位を剥奪しなければならなかったこと……お前も知っているな」

「…………知っています」

「その代わり貴族となった新興貴族たちと未だ繋がりも薄い。王族と貴族が縁を結び、有力な貴族を増やしたいと考える父上母上のお考えもわかるだろう? お前も……王女なのだから」


 むすっ、と頬を膨らますアイリーン。


「……わかりません」

「アイリーン」

「どれだけ素敵で有能な貴族の方を、どれだけ婚約者候補として連れてこられようと、私は誰一人選ぶことはありません。絶対に」


 はあ……、とクライヴの口から深いため息が漏れた。


「母上に似て……頑固だな、アイリーンは」

「私は好きでもない人と結婚はしません」

「では、私と結婚するか?」

「気持ち悪いこと言わないでください、お兄様」

「…………」


 引いた目でクライヴを見ているアイリーンと鳥。

 クライヴは、ぴし、と固まった。


 幼い頃、あんなに結婚するって言っていたのに……と嘆くクライヴに、いつの話をしているんですか、とアイリーンはぷいっと窓の外を向いた。




 

 部屋着に身を包み、クッションの上ですやすやと眠る鳥をまったりと撫でているアイリーン。



『俺は、家門から縁を切られた身ですから』


『王族を貴族が縁を結び、有力な貴族を増やしたいと考える父上母上のお考えもわかるだろう?』



 ロヴィとクライヴの言葉が、繰り返し何度も頭の中で響く。



『お前も……王女なのだから』



「……どうして……私は王女なのかしら」



 するとその時。


 窓の外から小さくがた、と物音が聞こえ、アイリーンは顔を上げる。

 じっとバルコニーを見つめると、目を凝らす。


 次の瞬間――大きく目を見開いた。


 たたっと窓際まで駆けていく。

 ばん! と勢いよく窓に両手をつけ顔を近づけると、そこに立っていた人物が振り返った。


 窓越しに、目が合うアイリーンとロヴィ。


 わああ……! とアイリーンの胸に思いが込み上げる。


 

 何も考えず、アイリーンはバルコニーへ飛び出した。


 驚いたように目を丸くする愛しい顔を見た瞬間、迷わずその胸へ飛び込んだのだった。

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