13話 - ちょっとした事件
「ああー! 飲んだー! 飲みすぎたー!」
居酒屋を出た護衛部隊の一行。
酔って叫ぶイライザを支えているリアムを横目に、レイとユージーンも心地よい夜風に目を細めていた。
「ロヴィ、大丈夫だったかな?」
「無事帰れたかなぁ?」
「まー帰巣本能はありそうなんで」
大して心配してなさそうな2人の様子に、ははっ、とミックが笑う。
レイとユージーンは、ふと顔を見合わせた。
「ロヴィ、何かあったの?」
レイの言葉に、ぴくっと眉を上げるミック。
ユージーンも頷いた。
「確かにねぇ。何か珍しい酔い方してたよねぇ。ミック何か聞いた?」
わずかに視線を泳がせると、ミックは笑みを向ける。
「そーいうの、本人に聞いてもらってもいいですか」
2人はきょとんと目を丸くした。
「……ミック、そういうとこあるよね……」
「人の話すんの、苦手なんで。湾曲するでしょう。何かしら」
意外そうに目を丸くするユージーンの横で、レイはふっと笑った。
「ほんと、仲いいよね。2人」
「ロヴィの黒歴史なら話せますけど」
「……2軒目行く?」
にや、と悪そうな笑みを浮かべるユージーンに、レイとミックは笑い声を上げた。
一方、アイリーンの部屋のバルコニー。
部屋から勢いよく飛び出したアイリーンは、何も考えずにただロヴィに飛びついていた。
ロヴィは咄嗟に抱き抱えるも足元がふらつき、後ろへ倒れ座り込む。
「すっ……すみません……俺、今酔ってて……」
アイリーンはぎゅ、と首元にしがみつく。
「よいのです」
力いっぱいくっつくと、ふっとロヴィの笑う声が聞こえる。
「……苦しいんですけど、アイリーン姫」
「私の騎士様に、そんな弱い人はいません」
「はい、すみません」
困ったような、いつもの優しい声に愛しさが込み上げると、アイリーンは無意識に目を伏せた。
しばらくして、アイリーンは身体を離した。
自身の脚の上から落ちないようにか、わわっ、と小さく呟きながら咄嗟に腰を支えるロヴィに、アイリーンは目を細める。
「なぜ、ここにいるのですか、ロヴィ」
「…………?」
「…………?」
きょとん、と見合う2人。
「……そういえば……なぜアイリーン姫がここに?」
「ここ、私の部屋のバルコニーですよ?」
「?」
おや? と固まるロヴィに、アイリーンは少し強めにむに、と両手で頬をつまむ。
「……どれだけ飲んだのです?」
「…………覚えてないですね……」
あれ、痛くないな……これ夢? と言いながらアイリーンの腰に抱きつくロヴィに、くすくす笑う。
「ロヴィ、酔うとかわいいですね!」
「かわいいのはアイリーン姫です」
「!」
思いもよらない返しにアイリーンの頬が、ほわ、と染まる。
いつもは困ったようにすぐ顔を逸らすロヴィにじっと見つめられ、どきっと胸が大きく跳ねた。
照れを隠すように目線を泳がせると、ええっと……! と何とか頭から話題を引っ張り出す。
「し、新人の彼は、どんな方でしたか?」
「すごい……色々抜けてそうな人でしたよ。いい意味で」
「……どういうことですか?」
「毎度毎度、どこから変な人見つけてくるんです?」
「ブラッドリーに聞いてください」
むっと少し不満そうな顔をするロヴィ。
「……王家御用達みたいな飲み屋……ないんですか?」
「えっ?」
「アイリーン姫も、一緒に飲めたらいいのにって思って」
アイリーンは、驚いたように目を見開いた。
「私も……同じことを思っていました……!」
「アイリーン姫も隊長もいない歓迎会なんて、意味ないですよ」
アイリーン姫を呼びたかったんですけど……いや、俺が飲みたいとかじゃなくて、いや飲みたいけど……と呟くロヴィに、きゅうう……! と胸が締めつけられるアイリーン。
隊長なら知ってるかな……と考え込むロヴィに、またがばっ! と抱きついた。
「ア、アイリーン姫!?」
「私、ロヴィのそういうところ、大好きです……!」
すると――ロヴィがぴたっと固まった。
アイリーンはロヴィの脚の上で、小首をかしげる。
「どうしました、ロヴィ――」
「レイさんのことも、大好きって言ってましたよね」
「え? はい。レイは兄のように――」
「俺のこと、弟みたいって……?」
「……あ……それは……」
『ロヴィは……ええと、やんちゃな弟のよう、な?』
以前、どう答えていいかわからず、咄嗟に口をついて出てしまった言葉を思い出す。
あわわ……! とアイリーンは赤い顔で視線を泳がせた。
「……つい……咄嗟に――」
あわあわと振っていた手を、ロヴィが掴む。
アイリーンは、はっ、と息を呑んだ。
じっと見上げるロヴィのその食べられてしまいそうな強い瞳に、どきっ、と胸が大きく跳ねた。
「俺が、騎士だからですか」
「……――!」
普段よりわずかに低い声に、アイリーンは、言葉が出ない。
「アイリーン姫が、王女だからですか」
「…………ロヴィ」
大きく開いた首元に唇を当てるロヴィ。びくっ! と一度、アイリーンの肩が跳ねる。
どきどきどき……! と期待と緊張の入り混じる表情でロヴィを見下ろすアイリーンは動けない。
「……嫌です」
「ロヴィ――」
「俺の大好きは、もっと――」
鎖骨に顔を近づけると、口を開くロヴィ。その瞬間――
「きゃ!!!」
アイリーンの小さな悲鳴が夜空に響いたのだった。
ピ! ピ! とうるさい鳥の声に、ああ、もう朝……? とロヴィは重い頭をわずかに動かす。
ずきっ! と痛む頭に、あーやばい、二日酔い……? と頭に手を当てる。
その間にも、ピーピー! とうるさい鳥を振り払うように寝返りをうったその瞬間――目の前に人が居ることに気づき、はた、と目を開いた。
「…………――!??」
視界に、すやすやと眠る、愛しのウサギ姫の寝顔が飛び込み、思考から身体から何から停止した。
しばしの間の後、だらだらと冷や汗が流れる。
え? 待って待って、どういうこと? 昨日飲んでたのに何でアイリーン姫が目の前にっていうかここアイリーン姫の部屋っていうかベッドじゃね? うわ俺何やらかしたのこれおい鳥うるさいな静かにしろ、にしても頭痛いな、っていうか――
(……どういう状況!??)
すると、アイリーンの目が、ぱちっと開く。
まるで状況が理解できていないロヴィは息を呑んだ。
ぼー……、と視線の定まらないアイリーンが、ロヴィに気づき、にこ、と微笑む。
「おはようございます、ロヴィ」
かわいいぃぃぃぃ……! でも状況分かんねー!!! とロヴィは頭を抱えた。
「……なるほど……つまり」
頭に鳥を乗せているロヴィが、ベッドの上で正座している。
アイリーンはドレッサーに向かい、片側に流した髪をゆったりと梳かしていた。
「酔って……アイリーン姫の部屋のバルコニーに侵入した……と」
くるっと振り返ると、横目でロヴィを見る。
「ロヴィ? 例え酔っていたとしても、城に忍び込んでは捕まりますよ?」
「すみません……死んで詫びを――」
「ロヴィ?」
今度は片膝をベッドにかけ、むっとした顔を近づけた。
「は――」
顔を上げている途中で、ロヴィの言葉が止まる。
目の前にアイリーンがいて驚いたのか、息を吞むように固まった。
「酔って、他の女性や令嬢の部屋へ忍び込まないで下さいね?」
「いや……絶対しません……するわけないです……」
「ならよいです」
にこ、と微笑んで再びドレッサーへ向かうアイリーン。
「……あの……俺、アイリーン姫に……何も――」
「酔って、バルコニーで寝ていった。それだけです」
「ああ……なるほど」
よかった……いやよくないんだけど……と安心したように呟くロヴィを背に、アイリーンはそっと鎖骨に手を当てる。
「……にしても、首も痛いんですけど……忍び込んだ時に痛めたのかな……?」
何だこれ……? と首をかしげるロヴィ。
アイリーンは、ぎくっと視線を泳がせる。
「ね、寝ていった時! 寝ていった時に痛めたのだと思います!」
「ああそれで……。……? アイリーン姫、顔赤いですけど大丈夫ですか?」
どきー! と大きく胸が鳴ると、赤い顔を慌てて隠した。
「だっ、大丈夫です大丈夫です! 別に赤く――」
その瞬間、ロヴィがベッドから飛び降りる。
すると、アイリーンの手首をぱっと掴んだ。
アイリーンは目を大きく見開いた。
「アイリーン姫、手首どうしたんです――」
言いかけて、あわわわ……! とさらに真っ赤に染まる顔に、え、と固まるロヴィ。
「こっ……これは……何でもありません! ロヴィには関係ありません!!」
「え?」
「もー! 早くここを出ないと使用人が来ますよ!? ほらほら!!!」
「すっ……すみません!!!」
言われるがままバルコニーへ出たロヴィは、うわあ……! どっから降りよう!? と逃げるように跳び去っていった。
ロヴィが去った方を、ぽー……っと赤い顔で見つめているアイリーン。
握られた手首に、無意識に触れた。
昨夜、手を握られた瞬間のロヴィの瞳を思い出し、きゅう……! と胸が痛くなる。
ばっ! とドレッサーへ顔を向ける。
肩に流していた長い髪を後ろへやると、隠していた鎖骨を鏡で確認した。
そこには、ロヴィに甘噛みされた跡がくっきりと残っていた。
「……もう……! 酔ってる時だけ肉食なんだから……!」
淡く染まった頬を膨らますと、目の前で不思議そうに首をかしげる鳥を、恨めしそうにつん! とつつく。
すると、ピッ! となぜか嬉しそうに指に顔を寄せた。
甘噛みされた瞬間、反射的に首を思い切りひっぱたいてロヴィを落としてしまったことを思い出す。
あまりの恥ずかしさに、アイリーンは再び困った声を漏らした。
「……もー……ロヴィがあんなこと…………あんな――」
『嫌です』
ロヴィのわずかに低い声が頭をよぎる。
「俺の大好きは、もっと――』
(…………――!??)
頭から離れないその声に、なぜだか一気に身体に熱を帯びる。
どきどきどき、と途端に速く打つ胸に、椅子の上で丸くなると、無意識にぎゅっと部屋着を掴んだ。
(待って待って…………何で――)
『アイリーン姫も、一緒に飲めたらいいのにって思って』
『かわいいのはアイリーン姫です』
『今のままでも十分魅力的ですが――』
『世界一可憐ですよ』
意思とは関係なく、次々とロヴィの言葉が頭に響く。
『……では、俺は?』
あの時。
口をついて出かけた言葉がなぜだか気恥しく、思わず「弟」と濁してしまったことを思い出す。
(ロヴィは……ずっと、家族よりもっと、特別な…………特別――)
無意識に、顔が耳まで真っ赤に染まる。
(――……とくべつ……って……!?)
咄嗟に、ひゃあ! と膝に顔を埋めた。
そっと、噛まれた箇所に手を当てる。
噛まれた痛みなのか胸の痛みなのか感覚の麻痺した身体をぎゅっ、と抱え込むと、どんな顔して会ったらいいの……!? と涙目になるアイリーンであった。




