8話 - 崩れゆく中で
すさまじい爆音に目を見開いたユージーンは、不自然に吹き荒れる風に、反射的に腕で顔を覆う。
爆発した、と気づく間もなく、皆のいる建物が目の前で地面に吸い込まれていくように崩れていく。
はっ……! と息を止めた。
「アイリーン姫……!!!」
足元がふっと抜けたかと思った瞬間の浮遊感に、ロヴィは息を呑む。
反射的にアイリーンを引き寄せた。
瓦礫と共に落下していく皆の姿が、視界の端にわずかに映る。
「ミック!!!」
「……――っ!」
苦い顔のミックと一瞬目が合うが、すぐに瓦礫にその視界を遮られた。
「ロヴィ!!!」
「口を閉じててアイリーン姫!!!」
ぎゅう……! と頭を守るように強く抱き抱えるロヴィ。
(衝撃に弱いアイリーン姫が落下の衝撃に耐えられるか!?)
はっ! と目の前――ロヴィの頭上に大きな瓦礫が見えた。
剣を抜こうとして、はたとアイリーンを見る。
(――っいやだめだ!!!)
わずかでも隙間ができないよう、ロヴィは両腕でしっかりとその小柄な頭を包み込んだ。
歯を食いしばるロヴィ。
次の瞬間――ひゅっ、と風が抜ける音が微かにロヴィの耳に届いた。
顔の横を槍が掠める。
「……――!」
何も考えず、がむしゃらに顔と肩でその槍を挟む。
落ちないよう、反射的に思いきり噛みついた。
槍の勢いとともに、勢いよく背後へ身体が持っていかれる。
隣の建物に槍が突き刺さった。
宙ぶらりんの姿勢で、目を丸くしたまま固まるロヴィとアイリーン。
がらがら……! とけたたましい音とともに崩れ去る建物。
見上げるほどあった廃屋が跡形もなく、瓦礫の山と化していた。
噴煙が上がり、下の様子はよくわからない。
落下を免れた安堵より、何が起こったのか理解できないパニックで頭がうまく働かず、2人はしばし動けない。
先に我に返ったアイリーンが、はっ! と大きく目を見開いて、下を見た。
「……――! レイ! レイ!!!」
真っ先に呼ぶその名に、ロヴィは顔をしかめる。
わずかに目を伏せると、腕を槍にかけ、ぐっ! と2人分の体重を持ち上げた。
槍はしっかりと壁に刺さり、びくともしない。
その上に座ると、正面で大粒の涙を流すアイリーンをじっと見つめた。
ユージーン……イライザ……ミック……! と、嗚咽しながら皆の名を愛おしそうに呟く。
その大きな瞳から溢れる涙を、そっと拭った。
「……大丈夫ですよ。皆……弱くないんでしょう?」
「でも……レイは……!」
「……好きなんですか? レイさんのこと」
「当たり前じゃない……! 大好きに決まっているわ……!!!」
ずき、と痛む胸をぐっと堪えるように小さくため息をつくと、ロヴィはアイリーンの頭をよしよしと撫でた。
少しずつアイリーンの息が落ちついてくる。
すると、アイリーンがじっとロヴィを見上げた。
涙を堪えているのか、つぐんだ口が思いきりへの字に曲がっている。
何て顔してるんです、と言って微かに目を細めると、むっと口を尖らすアイリーン。
そのまま、ぎゅ、とロヴィに抱きついた。
その時。
ガラガラガラ! と瓦礫の崩れる音が響き、はっ! と2人は同時に見下ろした。
「……あー……やべー……くっそいてーな……」
瓦礫の山から小さい粉塵とともにウィルフレッドがゆっくりと立ち上がった。
あーあ、と吐き捨て、わずかに血を流し頭を抱えながらも何食わぬ顔の様子に、ロヴィとアイリーンは揃ってぽかん、と開いた口が塞がらない。
「…………不死身? あの人」
「す、すごいわウィル様……!」
「いや、多分すごいとかそういう次元じゃ……って、ミックたちは!?」
必死に目を凝らすロヴィ。
すると、おーい、と上空から呑気な声が聞こえ、慌てて顔を上げた。
ロヴィは目を見開いた。
そこには、建物の壁に刺さった矢にぶら下がるミック、矢に足をかけて立つイライザ、矢の上に座るレイの姿が。
アイリーンの瞳が大きく輝いた。
「おー、無事で何よりですアイリーン姫」
「あー……びっくりしたわね……何なの?」
ふっと笑うレイ。
「大丈夫? ロヴィ」
よくその槍掴んだね、と笑うレイに、ぐっと顔をしかめるロヴィ。
「……っ……かっこよすぎですレイさん……!」
なぜそこで俺の心配を……!!! と項垂れると、レイが困惑した顔を向ける。
「え? 無事じゃなかった?」
「無事ですよ……!!」
うっかり惚れそうだった今……! と頭を抱えるロヴィに、なんでだよ、と突っ込むミックであった。
はあ……! と脱力するように、槍の上で壁にもたれかかるロヴィ。
「あー……よかった……」
「お前、結構仲間想いだよな」
けらけら笑うミック。
すると、アイリーンがロヴィの腕の中から心配そうに身を乗り出した。
「レイ……!」
アイリーンの瞳が、心配そうに揺らぐ。
「大丈夫なの……?」
「ああ、はい」
「…………」
ロヴィは気づかれないよう、小さく顔を歪める。
その横で、アイリーンの口から、もう……! と憤慨するような声が漏れた。
「レイ、体力ないんだから……! 壁なんて登って……危ないじゃない!」
そう口を尖らすアイリーンに、あぶないじゃない……? と思わず首を傾げるロヴィ。
「え? あ、そういう心配?」
「何ですか?」
むうっとアイリーンは頬を膨らませる。
「レイ、私より体力ないのよ?」
はは……、とレイは思わず苦笑いを浮かべたのだった。
その時。
瓦礫の上を歩く音に、皆は足元へ視線を落とした。
ブラッドリーが、ゆっくりと瓦礫を踏み均しながら歩いてくる。
ロヴィたちのすぐ下までくると、ふっと見上げた。
眉を下げ、申し訳なさそうな顔のブラッドリー。
アイリーンと目が合うと、優しい笑みを浮かべる。
「アイリーン様」
「……ブラッドリー」
その表情を見たアイリーンの瞳に、涙が滲む。
アイリーンは、ばっ! とためらいなく跳び下りた。
驚くロヴィ。
ブラッドリーの腕に着地すると、顔にぎゅー! としがみついた。
「ブラッドリー!!!」
「すみません……! また怖い思いを……!」
ふるふる、と首を横に振る。
ブラッドリーへ、にこっと幼い無邪気な笑みを向けると、アイリーンは上空を見上げた。
目を丸くしているロヴィと見合う。
ロヴィをじっと見つめると、愛おしそうに目を細めた。
「私、ちっとも怖くなかったわ……!」
不思議そうに目を瞬いているロヴィを、ブラッドリーも見上げる。
嬉しそうに、ははっと笑った。
「それは何よりです」
「やあ無事?」
隣の建物から下りてくるユージーン。
ありがとうユージーン、ほんと助かったわ、と言いながらレイとイライザが跳び降りる。
ミックも、矢を伝って地面へ降り立った。
ロヴィは槍を抜こうと壁に足をかけ、ぐぐぐ……! とめいっぱい引っ張っていた。
ばき!! と破壊音とともに槍が抜け、その勢いで、あああ! と落下する。
何してんのお前、とけらけら笑うミック。
受け止めてくれよミック……、と涙目になりながら立ち上がると、ロヴィはブラッドリーへ槍を手渡した。
「隊長、助かりました」
「いや、さすがだなロヴィ」
その一連の様子を見ていたイライザが、ははっと笑う。
「あんた、結構力あるよね」
「えっ?」
レイも頷く。
「体力もあるしね。さすがハイエナ」
「ほんとほんと。顎力も最強だしねえ。何でロヴィ、落ちこぼれ部隊にいるの?」
ユージーンもロヴィを見ながら、楽しそうな声を上げた。
ロヴィとミックは揃って、きょとんと目を丸くした。
「……落ちこぼれ部隊?」
◇
―― ちょっと合間 ――
ブラッドリーが歩いてくる少し前
どうやってそこへ行ったの? と不思議そうなアイリーン。
「俺はとりあえず壁に跳んだけど掴むとこがなくて壁走ってたら、頭上に矢が飛んできました」とミック。
「矢が壁に刺さってるの見えたから、瓦礫蹴って壁まで跳んで行ったわ」とイライザ。
「飛んでた矢掴んで」とレイ。
わあ、みんなすごいのねぇ……! とふわっとした感想を述べるアイリーンの横で、ロヴィはぽかん、と口を開けて固まった。
「……やばいですね」
「何でだよ」
「沈めるわよロヴィ」
「槍を歯で掴む人に言われたくないけど……」




