7話 - 躍動!
上空から迷いなく飛び降りるロヴィの表情を見つめるアイリーン。
初めて出会った日、1人寂しく庭をさまよっていた自分を見つけてくれた、真っ直ぐな瞳を思い出す。
愛おしそうに目を細めると、迷わず手を伸ばした。
空中でアイリーンを思いきり引き寄せると、ロヴィは頭を抱え込む。
「…………ロヴィ」
「……すみません、アイリーン姫……!」
ぎゅ、とさらに腕に力を込めながら、剣を抜いた。
思いきり壁に剣を立てると、ガリガリガリ!! とレンガが激しく崩れる。
若干落下速度が緩まるも、2人の重みで落下は止まらない。
「姫、掴まって!!!」
苦い顔をしながらロヴィが叫ぶ。
すると――
だん!!
と、下から強く踏み込む音が微かに耳に届く。
同時に、甲高い金属音が響き、ロヴィの足に何かが触れる。
その上に、ロヴィは反射的に着地した。
ぎょっ!? とロヴィが足元を見ると、見覚えのある剣がレンガに突き立てられていた。
アイリーンが大きく目を見開く。
「レイ!!!」
「遅くなりました」
壁に足をかけ、その剣の柄に掴まっているレイ。
「いやレイさん、ここ多分3階くらい……」
苦笑いするロヴィに、レイがにや、と笑う。
すると、レイがはっと上空を仰いだ。
もう1本の剣を抜くと、片腕で身体を持ち上げ柄を蹴り、宙に舞った。
アイリーンとロヴィめがけて降る小剣を、大きく弾く。
「ロヴィ、上がれ!!!」
そう叫びながら落下していくレイ。
「レイ! レイ……!!!」
必死にレイへ手を伸ばすアイリーンに、ロヴィはぎゅっと胸が締めつけられる。
その時、再びひゅっ、と風を斬る音がした。
レンガを貫く鈍い音とともに、頭上に3本の矢が纏めて壁に刺さる。
ロヴィとアイリーンは、その矢が飛んできた正面の建物へと顔を向けた。
その建物最上階のバルコニーの壁――そこでもたれながら弓を構えていたユージーンが、ははっ! と笑った。
「大丈夫大丈夫。レイその高さじゃ死なないから」
そう言って壁に向けて弓を引いた。
瞬く間に、最上階まで等間隔に矢が打ち込まれる。
「ユージーン……!」
アイリーンが目を輝かせた瞬間――下から、ばっ! とイライザが飛び出した。
足場の剣の柄に足をかけると、ロヴィからアイリーンを奪い、ひょいと片腕で抱き上げる。
「先行くわロヴィ! あんた高所恐怖症でしょ?」
に、とロヴィの顔を見て口端を上げるイライザ。
「イライザ、かっこいいわ……!」
きゅん、と胸をときめかせているアイリーンに、あはは! と笑い声を上げた。
「掴まっててくださいね!」
イライザはユージーンの打ち込んだ矢をひょいひょいと伝っていく。
「……いや――」
次の瞬間、再び強く踏み込む音が聞こえ、レイが剣の柄に手をかける。
「クロヒョウ殿下じゃないんだから……こういうの苦手なんだけど」
そう淡々と告げながら跳び上がると、同じく矢の上を跳びながら登っていった。
「…………」
ロヴィは、呆れたように上空を仰いだ。
「……普通に建物の中通ってください」
一方。
ウィルフレッドと対峙しているギルバート。
ぎり……と顔を歪め、血の滴る手首をぐっと握ると、小さく視線を泳がせ手を動かす。
ひゅっ、とその手のすぐ上を矢が掠めた。
ギルバートは息を呑んだ。
「変な動きしないでね? お兄さん」
弓を構えたまま、ユージーンが隣の建物のバルコニーでにこ、と微笑む。
すると、ミックが階段から顔を出した。
「あー大丈夫ですよ、ホークアイさん。仲間らしき連中は、吐かせて本隊に渡してきましたんで」
短剣をとんとんと肩で弾ませながら、うっすら笑みを浮かべ、歩いてくる。
ギルバートが、はっとミックを見た。
「ウィルフレッド公爵と一緒に家門ぶっ潰しに行くけどいい? って聞いたら全部話してくれましたよ」
「おい」
勝手に人の名前を使うな、と睨むウィルフレッドに、ほんとにやばい人で通ってるんすねぇ、とけらけら笑うミック。
さすがだよねぇミック、ほんとにやりそう、とユージーンが笑うと、俺意外と平和主義者ですよ? とミックは悪そうに口端を上げた。
その間にも、アイリーンを抱えたイライザが着地する。レイも続く。
皆が、フロアの縁に立つギルバートを囲むように立った。
皆から向けられる鋭い目線に、ぐっ……と奥歯を噛み締めるギルバート。
その手は怒りで震えている。
ウィルフレッドがにやりと笑った。
「……残念だな? こいつら弱いわりにしぶといぞ?」
一方、レンガの壁を破壊して建物内へ飛び込んだロヴィは、急いで階段を駆け上がっていた。
「……くそ……ミックの奴……普通スルーしてくか? 腹立つなあいつ……」
ひいいぃぃ……! 落ちる……! と震えながら細い剣の上でレンガの壁を破壊している途中、建物内の階段を片手を掲げながら「楽しそうだなロヴィ。先行くわ」と颯爽と上がっていったミックを思い出す。
ミックのやつ……ミックのやつ!! と怒りに任せて最上階まで駆けていくと、勢いよく飛び出した。
そのロヴィの視界に、ウィルフレッドに向けて跳び掛かるアイリーンの姿が飛び込んだ。
「……――!?」
驚きのあまり、目を丸くして固まるロヴィ。
えっ!? と皆も目を見開く。
ウィルフレッドもさすがに驚いて動きを止めると、跳びかかられた勢いのまま倒れ込んだ。
ウィルフレッドに乗り上げたアイリーンは、むー! と顔を真っ赤にする。
「もう!! ウィル様!!! 何度言ったら……!!!」
その表情を見て、あー……、と小さく笑うレイ、ユージーン、イライザ。
すると――アイリーンの赤い瞳から、ぽろぽろと涙が溢れ出した。
「……私の騎士たちは……弱くありません……!」
ウィルフレッドは、はっと息を止めた。
ひっく……と嗚咽するアイリーンの頭を、そっと後ろからよしよしと撫でるイライザ。
レイとユージーンも、ちら、と顔を見合わせると小さくため息を漏らす。
状況の飲み込めないロヴィとミックは、不思議そうにその光景を静かに見つめていたのだった。
気づけばぽつんと蚊帳の外のギルバート。
「…………王家……王女……騎士…………ウィルフレッド公爵…………忌々しい――」
ぎり……! と拳を握り締めた。
「――……忌々しい!!!」
ギルバートは怒りに任せ、小剣をアイリーンに向けて放る。
同時に矢を構えたユージーンは、矢を放つ直前、目を見開いてその腕を止めた。
その視線の先――ウィルフレッドが、瞬時に立ちあがる。
アイリーンをロヴィへ向けて放ると同時に、2振りの小剣をばっ!! と掴んだ。
ぎょっ!? と驚く皆。
ぽた……と、ウィルフレッドの手の平からわずかに血が滴る。
ギルバートは嬉しそうに目を細めた。
「……その小剣には、致死量の毒が塗ってあります。忘れましたか?」
すると、にやあ、と大きく笑みを浮かべるウィルフレッド。
「……俺に毒は効かない。忘れたのか?」
そう言って、わずかに腕を動かした。
と同時に、ギルバートの腕を2振りの小剣が掠める。
え? いつ投げた? と目を丸くする皆。
はっ! とウィルフレッドが鼻で笑った。
「お前……頭悪いな……!」
まあ、知ってたけどな……! と笑いながら剣を抜くウィルフレッド。
ギルバートの顔が、みるみる青ざめていく。
ぎゃああ!! と逃げ惑うギルバートへ、嬉々として剣を振り下ろすウィルフレッドを見ながら、皆動けない。
ロヴィとミックは、ぽかんと呆れた顔を向けた。
「……やっぱあの人、群を抜いてやばいな」
「確かに……」
ラーテルって、毒効かねーの……? とミックが引き気味に呟いた。
ギルバートへ向けて振るう剣の勢いを緩めないウィルフレッド。
ところどころ剣を掠め、傷を負いながらも、ギルバートは何とか躱す。
「見苦しいな、ギルバート侯爵」
ウィルフレッドの勢いよく薙ぐ剣を咄嗟に受けたギルバートが、思いきり背後に吹き飛ぶ。
壁に、激しく叩きつけられた。
ぎり……! と奥歯を噛みながら、握る小剣をウィルフレッドの遥か上空へ向けて放った。
ウィルフレッドは、訝しげにその軌道を横目で追う。
「……ええ……そうですね……」
なぜか可笑しそうな声を漏らすギルバート。
ウィルフレッドは睨むようにその表現を見ると、ギルバートの頭上数センチの所へ剣を突き立てた。
はは……、と小さく笑うギルバートが、静かに呟く。
「…………ですが……――」
すると――涼しい目を細め、にや、と口端を上げた。
「――……逃げ惑う獲物が噛みつくことだって、あるのですよ。ウィルフレッド公爵」
「……何――」
その瞬間、皆の足元が大きく揺れたと同時に、耳をつんざく爆音が轟いたのだった。




