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6話 - ……怖いな、お前

 ◇


 

 まだ幼いアイリーン。

 ウサギのぬいぐるみを小脇に抱えてそっと庭へ出る。


 ひょこ、と一角から顔を出す。

 すると、わああ……! とその瞳が輝いた。


 ちょこちょこ、と出てくると、小さな手でちょんと物珍しそうに長い槍に触れる。


 驚いて振り返り、顔を向けるブラッドリー。


 きらきらと見上げる、その赤い瞳と目が合った。



 ◇



 街中を全力で駆けているロヴィとウィルフレッド。


「――何が起こってる?」

「知りませんよ……!」


 ウィルフレッドが、走りながらわずかに考え込む。


「爆薬なんて、よっぽどの戦闘でもない限り使わん代物だろ」

「目晦ましでしょう……!」

「おお、腐っても騎士だな」

「腐ってません」

「王女様を連れ去られておいて、何言ってる」

「ちゃんと護っていましたよ……! 掴んでいたのに、するっと消えたんです……!」


 ふむ、と再び考え込むと、ウィルフレッドはちらっとロヴィへ視線を向けた。


「……そういう戦い方をする連中を、知っている」

「えっ!?」

「部下に過激、派手に暴れさせて、自分はコソ泥のようにするりと裏をかく。あの忌々しい新興貴族が今回の犯人だとすると――」


 ロヴィもウィルフレッドをちらっと見る。

 にやあ、と悪そうな笑みを浮かべるウィルフレッド。


「――実に楽しそうだ」



 ウィルフレッドが、まるで息を切らさず走るロヴィを横目で窺う。


「……で? どこへ向かってるんだ、ハイエナ君」

「血の匂いを追っています」

「……――! 誰の――」

「そこは、……考えないようにしています」


 じっと正面を見つめながら走るロヴィに、ウィルフレッドも口をつぐみ、足を進めた。

 


 

 路地の裏、廃屋のようなレンガ造りの建物の前で足を留めるロヴィ。

 匂いと人の痕跡を探すように、きょろきょろと首を動かす。


 すると、聞き覚えのある甲高い声が上空からかすかに聞こえ、はっ! と2人同時に顔を上げた。


 咄嗟に入り口の扉に視線を落とす2人。鎖で締められている扉のすぐ手前の地面に、わずかだが血痕が落ちていた。

 微かに顔を顰めるウィルフレッド。

 瞬時に剣の柄に手を添えた、次の瞬間――



 ガチ!!!



 という激しい破壊音に、ウィルフレッドは大きく目を見開いた。


 その視線の先――鎖を噛み砕くと同時に鎖を引きちぎり、入り口を蹴り飛ばすロヴィの姿に、思わず口を開けたまま固まる。


「アイリーン姫!!!」


 脇目も振らず建物に飛び込むロヴィを、ぽかんと目で追う。

 その背が見えなくなると、引き気味で呟いた。


「……怖いな、お前」




 

 5、6階ほどの高さの建物の最上階。

 すでに使われていないその建物の、壁の至るところが大きく崩れ、視界が開けている。


 

 崩れた壁の手前、風が吹き抜けるフロアの最奥。

 そこに、フードを深くかぶった長身の男が1人、佇んでいた。

 


 ぽた、ぽた、と血が滴っている。

 その男の肩に担がれているアイリーンが、思いきり腕に噛みついていた。


 ……アイリーン姫の血じゃなかったー!!! と安堵する2人。


「……しつこいですね」


 男は静かに、口を開いた。

 その声を聞いたウィルフレッドが、にや、と笑みを漏らした。



「やっぱりてめぇか。ギルバート・フロレンス侯爵」


 

 視線をギルバートへ向けたまま、ロヴィは小声で囁く。

 

「知り合いですか?」

「なわけないだろ、こんなくそヘビ」

「……くそヘビ?」


 ウィルフレッドの軽口に、ギルバートはぴく、と微かに顔を動かす。

 

 すると、ふわ、とフードを取った。

 

 細い眼、白い長髪に細身の体系ながら長身、色白の肌。

 涼しい顔をしているが、アイリーンがじと……と睨みながら噛みついているのが地味に痛いのか、痛みを堪えているようにも見える。

 はっ、と軽く鼻で笑うウィルフレッドに、苛立ちを滲ませた。


「まさか貴方が……ウィルフレッド公爵。なぜ王家にも政治にも興味のない貴方のような無骨者(ぶこつもの)が、王国騎士と共にいるのです?」

「おーおー、なかなかの言われようだ」


 ウィルフレッドは愉快そうに口端を上げる。

 次の瞬間――絡みつくような殺気を纏い、ギルバートへ射殺すような目を向けた。

 

「婚約者を返してもらう」


 一言で相手を威圧するその圧に、ぞく……! とギルバートは息を呑む。

 が、ふとその言葉が引っ掛かり、はたと我に返った。

 

「……婚約者?」


 まさか、と思わず驚いた声を上げると、噛みついているアイリーンへ視線を向ける。

 むっとロヴィは眉をしかめた。

 

「違います。婚約者『候補』です」

「一緒だろ」

「まるで違います。俺からしたら候補ですらないですから」

「何でだよ。じゃあ何なんだ」

「友だち」

「仲良しか」


 2人の緊張感のない会話にいらっとするギルバート。


「……相変わらずですね、ウィルフレッド公爵」


 ロヴィは、呆れたように目を細めた。


「……何やらかしたんです?」

「俺がやらかしたって決めつけるな」

「でも、やらかしたんですよね?」

「あいつが、俺を使おうとしただけだ」


 ウィルフレッドは、吐き捨てるようにそう告げた。


「……使う?」



 はっ! とウィルフレッドは鼻で笑う。


「新興貴族連中が喧嘩吹っ掛けてくるから蹴散らしてたら、取り入ろうとして来やがっただけだ」

「え?」

「…………」


 ギルバートは、静かにウィルフレッドを睨んでいる。


「そしたら、功績を全部自分のものにしようとしたから――」


 ウィルフレッドは笑みを浮かべながら、再び殺気を纏った。


「――ぶっ潰してやっただけ」


 ひっ……と、わずかに身震いするギルバート。


「アイリーン王女様を返せギルバート。俺を怒らせたらどうなるか、お前知らないわけないだろう?」

「……また邪魔を……!」


 担いでいたアイリーンの首を掴み腕を伸ばすと、建物の縁に足をかける。

 アイリーンの身体が建物の外に出た。

 

 ばっ!! と柄に手を当てる2人。


 ギルバートは、アイリーンが真っ逆さまに落下する位置で、手をぴたっと止めた。


「アイリーン姫!!!」


 アイリーンのドレスが風になびく。

 苦しそうに顔を歪めるアイリーンが、ギルバートの手を爪が食い込むほどに強く握る。


 睨み合う3人。

 

「ウサギの赤い眼は高く売れる、という噂をご存じですか?」

 

「!?」


 ロヴィとウィルフレッドは驚き、はっと息を呑んだ。


「アイリーン王女様……貴方のその透き通るように白い肌、白い髪に赤い大きな瞳……間違いなく貴方はユキウサギの血でしょう」

「――!」

「新興貴族たちはまだ後ろ盾もなく経済的に苦しい……王家はそれをわかっていない」


 そう淡々と話しながら、ギルバートはすっと小剣を抜く。


「毎日お城で豪遊する貴方たちにはわからないでしょう。その身、その瞳1つで私たち新興貴族の助けになると思えば……あなたも浮かばれるでしょう?」


 隙を窺うように、ロヴィとウィルフレッドはじっと息を殺し、食い入るようにギルバートを注視する。

 

 すると、苦しそうな表情を浮かべていたアイリーンが、ギルバートへ鋭い目線を向けた。


「いいえ」

「!」


 振り向いたギルバートとアイリーンが、静かに見合う。

 ピン……! と空気が張り詰める。


「たかが私の瞳などでは、助けになどなりません」


 アイリーンを無言で睨んでいるギルバート。


「豪遊などしていません。つまらない教育ばかりしています……! 本当につまらないのです! 本当に嫌いですあの時間! 必要ありますか!?」

「……?」


 若干話の逸れたアイリーンを、え? と見る3人。

 

「お兄様たちもです! お兄様たちが豪遊をしていないからこそ、街の人々に笑顔が溢れているのです!」


 じっとアイリーンを見つめるロヴィ。


「お兄様たちのお陰で街が活気に満ち溢れていること、貴方はお忘れですか!? 確かに、未だ新興貴族の方たちにまで支援が渡っていないのかもしれません。ですが、街の皆の笑顔の上に、私たち王族や貴方たち貴族が立っているということをお忘れですか!?」


 ギルバートは、ぎり……! と顔を歪めると、小剣を握る手に力を込めた。




 ひゅっ、と風を斬る音に、ロヴィは目を見開いた。

 

 次の瞬間、アイリーンの首を掴んでいるギルバートの手首を、矢が掠める。


「……――!」


 うあ……! と呻きながら痛みに顔を歪めるギルバート。

 アイリーンを掴む手が緩む。

 

 ふっとアイリーンがロヴィの視界から消えた。


 その瞬間――一切のためらいもなく、ロヴィも同時に地面を蹴ったのだった。

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