5話 - 不測の事態
クライヴ誕生パーティーから数日。
アイリーンが城の庭の木陰でちょこんと座り、本を膝に乗せたままリスと戯れている。
その横で、騎士団の皆がまったりと警護をしていた。
「……最近、ずっと外にいますねぇ」
あー眩し……とアイリーン近くの木陰に立つレイと、姫とリスの組み合わせ神すぎない? と見とれているロヴィ。
その少し後ろで、ミックとユージーンが小声で雑談を繰り広げていた。
「婚約者候補を落とすための勉強も、飽きたらしいよ」
「早っ」
「あと、足痛めたから捕まると逃げられないでしょ? だから最初から外にいるんだって」
「アイリーン姫の理屈、よくわかんないっすわ俺」
「僕も僕も。そこわかるのなんて、ロヴィとレイくらいだよねぇ」
え? と目を丸くするミック。
「レイさん?」
そう驚くミックの背後で、ロヴィが目を真ん丸に見開いてぴしっと固まる姿が、ユージーンの視界の端に映った。
みし……と木にめり込んでいるロヴィ。
「……え? じゃあアイリーン姫が足痛めてたこと、レイさんも気づいてたんですか?」
ミックが、意外そうな声を漏らす。
「そうそう。めんどくさそうな顔して、案外見てるでしょ、レイ」
「ホークアイさんとレイさんって、俺らがアイリーン姫担当就く前から担当してるんですよね?」
「そうだよ。今でこそロヴィにベッタリだけど、その前はレイにベッタリだったから。まあアイリーン姫からしたらレイは……って聞いてる? ロヴィ」
木にめり込みながら、ロヴィはぶつぶつと呟いていた。
「……完全にノーマークだった……レイさん……よく考えたらすらっとした長身で隊一イケメンだしクールで言動がかっこいいし、唯一アイリーン姫に追いつけるからいっつも抱き抱えてるし……一番距離近い? あれ?」
3人の視線の先で、はい姫、お飲み物をどうぞ、と飲み物を渡すレイ。
レイありがとう! とアイリーンがきらきらとした笑みを浮かべる。
「……よく見ると……お似合い?」
「おーい、帰ってこーい」
「一途だねぇロヴィは」
そこへ、ばっ! と気配なくウィルフレッドが突如顔を出した。
「ご機嫌麗しゅう、アイリーン王女様」
「ウィルフレッド様……!」
ぱあ……! とアイリーンが瞳を輝かせる。
自然とアイリーンの手を取り口を近づけようとするその手を、すぱーん! とロヴィは間髪入れずに叩き落とした。
「アイリーン姫に気安く触らないでいただけますか」
「何だハイエナ騎士君。俺と王女様の仲が羨ましいのか?」
「嬉しそうなアイリーン姫がかわいいとか思ってませんから」
「いや……姫は勉強サボる口実が来て、喜んでるだけだから」
さりげなく突っ込むレイを、はっ! とロヴィが悲しげな顔で見る。
「……わかってる感……!」
「え……? 何ロヴィ」
わなわなと震えるロヴィに、何か変なものでも食べた……? とレイは困惑気味の顔を向けた。
一方城内。
カーティスの執務室。
ばん! とカーティスが机に手を思いきり叩きつけた。
「……それは本当か、ブラッドリー」
神妙な顔で頷くブラッドリー。
「先ほど、全体報告でそう報告が上がった」
「兄上」
「……!」
苦い顔で言葉に詰まるカーティス。
イライザが、ちら、とブラッドリーへ視線を向けた。
「……同じですね。3年前と」
「ああ。赤い眼の者が襲われる」
「今回襲われた2人も、ウサギの血を引くものではなかったために、未遂で終わったようです」
見合うカーティス、クライヴ、ブラッドリー、イライザ。
「……あの時、取り逃がした奴らか」ブラッドリー。
「間違いないでしょう」とイライザ。
「ここ最近、アイリーンが視察で街へ下りていることを知った奴らが動き始めたな」とクライヴ。
ぐっ……! とカーティスが震える拳を握り締める。
「『ウサギの赤い眼は高く売れる』……またあの……忌々しい噂か……!」
アイリーンは大きなウサギのぬいぐるみ(ウィルフレッドからのプレゼント)を抱えながら、もぐもぐとチョコレート(ウィルフレッドからのプレゼント)を食べていた。
きらきらと瞳を輝かせる。
「美味しいです、ウィルフレッド様……!」
「ウィル、と呼んでいただけませんか?」
「ありがとうございます、ウィル様!」
がし!! と、ロヴィはウィルフレッドの背後から肩を掴む。
「物で釣らないでもらっても?」
「いい加減うざいな、お前。弱いくせにぎゃあぎゃあと――」
その瞬間、アイリーンがぬいぐるみを思いきりウィルフレッドの顔めがけて叩きつけた。
固まる皆。
むうっ! と頬を膨らませるアイリーン。
「私の騎士様を侮辱するお方は、嫌いです」
え、これ大丈夫? と皆恐る恐るウィルフレッドへ視線を送る。
次の瞬間――ははは! と大声で笑い出すウィルフレッド。
「相変わらずやんちゃで可愛らしい!」
「……今ので?」
「頭大丈夫? あの人」
レイとユージーンが、思わず呆れた声を漏らす。
「にしても、アイリーン姫、異様に俺ら侮辱されんの嫌いますね」
そう言いながらけらけら笑うミックに、レイとユージーンは自然と顔を見合わせた。
「あー……」
「それねー……」
その時。
「アイリーン!」
やや切迫した声に、皆わずかに身構える。
神妙な顔で駆けてきたカーティスに、アイリーンは目を丸くした。
「カーティスお兄様!?」
すっと頭を下げる騎士団の皆。
「いや、いい。ウィルフレッドもいたか」
「これはこれは王太子殿下。皆さんもお揃いで」
「隊長に、イライザさん?」
「何かありましたか?」
ユージーンとレイの声のトーンが、わずかに落ちる。
するとその横でイライザが突如、目を輝かせた。
「――って何、そのかわいいぬいぐるみ!?」
えっ!? と驚く騎士団の皆。
「かわいい!?」
「え……イライザさん、かわいいって言いました?」
困惑気味のユージーンとレイ。
ブラッドリーも、心底驚いた顔でイライザを見下ろした。
「お前……かわいいもの好きなのか?」
はっ!? とイライザが赤い顔をブラッドリーに向ける。
秒で、ブラッドリーに蹴りを入れた。
「ちっ……違います違います!! アイリーン姫みたいでかわいいってだけですから!! おっきいぬいぐるみめっちゃかわいすぎやば!! とか思ってないです――」
「ちょっとちょっとイライザさん」
慌てて制止するユージーン。
「隊長沈めないで下さい」
「え?」
呆れたように会話を聞いていたカーティスが、はっと我に返ったように、アイリーンがいた木陰へ顔を向けた。
「あれ!? アイリーンは!?」
「もうとっくに婚約者候補と護衛連れて逃げ出しましたけど」
ミックが笑いながらさらっと告げる。
カーティス、ブラッドリー、イライザは揃って大きく目を見開いた。
「ええ――!!?」
こっそりと抜け出してきたアイリーン、ロヴィ、ウィルフレッドは、のんびりと街を歩いていた。
「――やっぱり……」
ロヴィの口から、呆れたようなため息が漏れる。
「治っていたんですね」
「すぐ気がつくのねぇ、ロヴィは!」
ほらね! と足元をちょろちょろと跳び回るアイリーンに、何それかわいいんですけど……とロヴィは頭を抱える。
すると、はっ! と目を見開く。
「さては……レイさんも気づいて……!?」
「レイにはとっくにバレてるかも!」
あはは! と楽しげに笑うアイリーンに、ロヴィはもやぁ……と顔を曇らせる。
その横で、アイリーンを引き寄せながら笑うウィルフレッド。
「随分、護衛騎士と仲が良いようで」
「ええ、もちろん!」
「もちろん?」
ふふっ、と微笑みながらアイリーンはロヴィを見上げる。
そして、愛おしそうに目を細めた。
「私にとって、一番大切なお方たちです」
その表情に、どきっと頬を染めるロヴィ。
しかしその時、先ほどのレイとのやりとり(ただ飲み物を受け渡していただけのやつ)が脳裏をよぎった。
「……それって――」
キン……!!
その時、高い金属音が大きく響いた。
と同時に、3人の目の前で爆音とともに何かが弾けるように爆発し、噴煙が上がる。
驚きのあまり固まるアイリーン。
突然のことに反射的にアイリーンを引き寄せたロヴィも、動けない。
ウィルフレッドは剣を抜いたまま、自分が剣で叩き落とした爆弾から立ち上る噴煙を睨んでいた。
(――……爆弾? こんな街中で?)
ぎり、と剣を持つ手に力を込める。
「――ハイエナ君。まだ来るぞ」
「えっ!?」
ロヴィがそう声を上げると同時に、ウィルフレッドが剣を振るう。
再び、金属音が連続で響く。
すると、2箇所で再び爆炎が上がり、地面が小さく揺れた。
周囲が騒然とする。
ごほっ! と咳き込むロヴィ。
その瞬間――ふっと手から温かみが消えたような感覚に、はっ! と目を見開いた。
「――アイリーン姫!!!」
「!?」
アイリーンが、忽然と姿を消していたのだった。




