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25話 - 錯綜する思惑

「態度はおかしくなかったかしら!? ジーグ!!」


 ヨゼフィーネは、まっ……!!! とクッションを顔に叩きつけた。



 歓迎式典の日の夜。

 ヨゼフィーネはナヴランド城内客室のソファに座り、この日一日の余韻に浸っていた。



『滞在中、常にわたくしの側に立ち、わたくしをエスコートなさい』


 震えを何とか押し留めてそう告げた瞬間の、目を丸くしたロヴィを思い起こす。


 その直後、戸惑った表情のまま、す……と頭を軽く下げたロヴィ。


『……かしこまりました。ヴァロン王国第1王女、ヨゼフィーネ王女殿下』

 

(か……!! か、わ……いいいぃぃ…………――!!)


 あんなかわいい人間が世の中に……!? とわなわな震えた。


 そのヨゼフィーネの頭に、ロヴィと逢瀬を重ねた(?)情景が、次々と浮かぶ。


『アイリーン第1王女殿下の護衛騎士を務めております、ロヴィと申します、ヨゼフィーネ王女殿下』(※自己紹介)

『ナヴランド城の庭はとても広いですよ。自然も多く、よくリスが顔を出しますよ』(※アイリーン護衛の経験上)

『ヴァロンは水路が入り組んでいるそうですね。船で巡ることはできますか?』(※アイリーン情報)


(――さ!! さわやか!!!)


 こんな爽やかな人間がいてもいいのです!?!? と、クッションをぼふぼふと顔に何度も叩きつけた。

 

 

「……???」


 一方、1人で奇行を繰り返すヨゼフィーネに、ジーグはどう声をかけていいのかもわからず、立ち尽くしていた。


 リス……? リスなんて単語が騎士から出ますか……? と震えながら呟いているヨゼフィーネを横目に気を取り直すと、ジーグは鳥かごを掲げる。


「ヨゼフィーネ王女様。カーティス王子殿下より、鳥が贈られてきましたが――」

「そんな鳥のことはどうでもよいのです!! 本当にわたくしが鳥なんかを可愛いと言うとでも!? 暢気に贈ってくるなど、ヴァロンは舐められているのですか!?」


 憤慨するヨゼフィーネはクッションをソファに叩きつけた。


「マックスの餌にでもして――」


 そこまで言って、はっと言葉を飲み込む。


(いえ、これは……! これはもしや、再び彼の頭に鳥を乗せるチャンスなのでは!?)


 薄茶色の毛並みにくりっとした焦げ茶色の目をした、ふわふわとしたその鳥をじっと見つめる。

 

 じ……と鋭い視線に気づいた鳥が、ピ……? と戸惑うように動きを止めた。

 狩るようなその目と見合うと、ぷるぷると震える鳥。


 するとヨゼフィーネは、ぽ、と頬を染めた。


「…………ロ、ロヴィ」

「!?」


 ――この瞬間、2羽目の「ロヴィ」という名の鳥が爆誕した。





「むきゃ――――!!!!」

 

 一方。

 アイリーンは、部屋でクッションを思いきりベッドへ投げつけていた。


 大きく肩で息をする。


「……な……なな、な…………何なのですかあの王女様は!!!」


 ぼぼぼぼぼ!!! とクッションを素早く何度も叩く。


「私のロヴィに……私のロヴィに!!! 何をするのですか!!!!」

 

 だんだんだん!!! と、足を大きく床に打ちつけた。

 その瞬間、怯えたように、ピ……と鳥が小さく鳴く。


 その鳥へ目を向けた途端、昼間の光景が頭をよぎる。


 

『かしこまりました。ヴァロン王国第1王女、ヨゼフィーネ王女殿下』


 そう言って頭を下げたロヴィに、ヨゼフィーネはゆっくりと歩み寄る。

 ヨゼフィーネが目の前に立つと、すっと顔を上げたロヴィは、その瞬間——戸惑ったような顔で一瞬アイリーンへ視線を向けたのだった。



 片時も頭から離れないそのロヴィの表情に、アイリーンの目に涙が滲む。

 ロヴィ……と呟くと、ぽふっとベッドへ倒れ込んだ。


(なぜあんな多くの騎士たちの中から、ヨゼフィーネ王女殿下は、ロヴィを指名したの……? はっ!?)


 目を見開くアイリーン。


(やっぱり、ロヴィがかわいいから……!?!?)


 クッションを抱えながら、わなわなと震える。



『お手をどうぞ、ヨゼフィーネ王女殿下』



 そう言ってにこやかな笑みを浮かべるロヴィに、棘が刺さったかのように胸が痛む。


(私以外に、そんな笑顔を向けないで……。その手を差し出さないでよ、ロヴィ……!)


 痛む胸を押さえるように、ベッドの上で丸くなるアイリーン。


「…………うう……足も痛い……。あなたの守るべき姫が足を痛めましたよ、ロヴィ……戻ってきてください……」


 すんすんと鼻をすすりながら呟く。


 ロヴィを想うたび、庭でヨゼフィーネをエスコートする場面が、脳内で繰り返し再生された。

 終始扇で口元を覆いながらも、頬をそめ、ちらちらと隣のロヴィへ熱い視線を向けるヨゼフィーネに、徐々にむかむかむか……! と怒りが込み上げてくる。


「………………何よ…………そういうこと。王女殿下は、ロヴィのこと……――」


 そこで、アイリーンは、はっ!? と気がついた。


(このままでは、ロヴィが食べられ……――!?!?)


 アイリーンに(稚拙な)あらぬ妄想がよぎる。

 なんて破廉恥な!!!! と真っ赤な顔をクッションに叩きつけた。


 あらぬ妄想に、しばらくぷるぷる震えていたアイリーンは、す……と真顔になる。

 

「…………いいでしょう」


 そう呟くと、上体を起こした。


「受けて立ちます…………ヨゼフィーネ王女殿下……! これは女の戦いです……! 絶対に……絶対にロヴィを取り戻して見せます……!!!」


 一点を見つめながら闘志を燃やすアイリーンに、震え上がる鳥。

 アイリーンの頭からは、すっかり「外交努力」という単語が消え失せていたのだった。





 その頃――


 玉座の間に顔をそろえるナヴランド王族たち。

 その視線の先――玉座の前の階段下に、ハルトヴィヒが1人、後ろに手を組み、立っていた。


「して、話とは? ハルトヴィヒ王子殿下」


 カーティスが口火を切る。

 ナヴランドの王族たちを前に、ふっ、と余裕をも感じられる笑みを浮かべるハルトヴィヒ。


 背筋を整えると、国王を真っ直ぐ見据え、口を開いた。


「ナヴランドとヴァロンの友好の証として……ナヴランドの第1王女、アイリーン・ハートフォード王女殿下を、私の婚約者としてヴァロンへ迎えたいのです」


「……――!」


 カーティス、クライヴ、王妃が息を呑む。


 静かに見合う、国王とハルトヴィヒ。


 玉座の間に、国王の纏う重く歪む圧が、様々な思惑とともに渦巻いていた。





 ヨゼフィーネの随行任務を終え帰路につくロヴィは、足早に城内を歩いていた。

 

 ふと、昨日までほぼ毎日のように送り迎えに来ていた、アイリーンの部屋の前で、その足を止めた。

 見慣れた扉を前に、じっと佇む。


 

『今日は、一日忙しいので……ロヴィがロヴィ(鳥)の面倒を見てくださいね! お願いしますよ、ロヴィ』


 

 目の前で、可憐で品のある笑みが弾けた。

 

 咄嗟に、軽く握った手を、扉の前に掲げる。


 軽く振りかぶり、止める。

 ぎゅっ、とその拳を強く握ると、ロヴィは勢いよく踵を返し、部屋を後にしたのだった。

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