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26話 - 王女の品位

 がっ!!!


 とハルトヴィヒは、部屋で壁に拳を叩きつけていた。


「何なんだ、あの国王は!!! ヴァロンは舐められているのか!?」


 激しく声を荒げる。




 それは、少し前。

 玉座の間にて。

 

『アイリーン・ハートフォード王女殿下を、私の婚約者としてヴァロンへ迎えたいのです』


 そう告げた時のことであった。


 

 静かに国王と見合うハルトヴィヒ。

 その国王の放つ、踏みつぶされそうなほどのオーラに、1度唾を飲む。


 次の瞬間――


「そ、それは……ちょっと無理かな……!」

「………………は?」


 おどおどと、困ったような色を浮かべる国王に、ハルトヴィヒは、思わず間の抜けた声を漏らした。


「いや……急すぎるよね……! アイリーンには婚約者候補もいるし……彼らとですら、まだ仲良くなってる途中だしね」

「なかよくなってるとちゅう……」

「ほら、アイリーン、ナヴランド大好きだし」

「ナヴランドだいすき……? い、いやいや! でしたら、尚のこと、国のため、両国の橋渡し役として――」

「じゃ、じゃあせめて、ほら……もう少しアイリーンと仲良くなってからにしたら? まだまだ滞在期間もあるしさ……!」

「そうね!」


 満面の笑みの王妃が、国王の隣で、ぽん! と手を合わせたのであった。

 



「――仲良くって何だ!!! お友だちか!!! 想像以上の草食っぷりだな……!!!」


 大きく肩で息をし、声を震わせる。

 

 ハルトヴィヒは割と真面目であり、案外常識人であった。



 ああ――……! と頭を抱えながら、どかっとソファへ身を投げるように腰を落とすハルトヴィヒ。


(仲良く……?)


 昼間、応接室にて初めてアイリーンと交わした会話を思い浮かべた。


 

『初めまして、ハルトヴィヒ王子殿下。ようこそナヴランドへお越しくださいました』

『初めて、麗しきアイリーン王女殿下。会えて光栄です。此度の滞在で、是非とも仲を深められたらよいですね』

『まあ……仲良く……!』



 お友だち……! と目を瞬かせていたアイリーンを思い出した。

 

(……いや……無理じゃないか……?)


 思わず遠い目をするハルトヴィヒ。

 

 ナヴランドのノリに、まるでついていけないハルトヴィヒであった。


 小さくため息をつくと、目の前のテーブルに置かれた酒を、くいっと流し込む。

 かた、とグラスを置くと、真顔で前を見据えた。


(……まあ、いいか……それよりも)


 茶髪の騎士を見た瞬間、生まれてこのかたまるで見た事もないような表情を浮かべた姉の姿が脳裏に浮かぶ。


(何なんだ? あの騎士は……あそこまで、あの姉上を陥落できる男がこの世にいるとは思わなかったな)


 ふっ、と涼しい笑みを浮かべる。


(面白いな、ナヴランド……! 姉上の思い通りにはさせない……姉上があの騎士を落とすより先に、絶対に王女を婚約者としてしてみせる……!)


「それにはまずは仲良く…………いやだから、仲良くって何だ(2回目)……!!!」


 盛大な独り言をつぶやくと、と再び頭を抱えた。

 

 しかし――アイリーンは既にそれどころではなくなっているということに、まだ気づいていないハルトヴィヒであった。





 きらきらと朝の光が眩しい、城の庭。


 どきどきどき……とロヴィと向かい合っているヨゼフィーネ。

 緊張した面持ちで、す……とロヴィの頭上へわずかに震える両手を上げる。


 ゆっくりと、その両手を下ろす。

 恐る恐る見上げると、ふわふわとしたロヴィの髪の上に、ちょん、とロヴィ(鳥)がおさまっていた。


(……乗った――――!!!!)


 かわ……!!!! と堪えきれずふらつくヨゼフィーネを、ジーグはさっと支える。


「か……!!!」

「か?」


 不思議そうな顔のロヴィに、はた、と一瞬固まると、瞬時に真顔へ戻すヨゼフィーネ。

 秒で体勢を立て直すと、さっ! と扇で口元を覆った。


「かなり乗せやすく、鳥も居心地がよさそうで、悪くありませんわね」

「……そうですか」


 すると鳥が、ピ、と髪を引っ張り、いて、と小さく声を漏らすロヴィ。

 そのかわいい(?)反応に、ヨゼフィーネは思わず、まっ……! と呟くと、扇で顔をぱしっと叩いたのだった。


 じっ、と静かに見下ろしているロヴィに、何やらヨゼフィーネの胸が高鳴る。


「……何ですか」

「いえ……なぜ頭に……?」

「そんなことはどうでもいいのです。貴方はただ、鳥を頭に乗せていればいいのです。よいですね?」

「……かしこまりました」


 ほっ……と小さく胸を撫で下ろすヨゼフィーネ。

 

(……それにしても)


 ロヴィを指名してから、ずっとロヴィの背後にぴったり付いている、やや長身細身の男を横目で見た。

 オレンジ色の髪を1つに束ね、飄々とした笑みを常に浮かべている、読めない男。


((ロヴィしか目に入っていないので)とても曖昧な記憶ですが……港で出会った際も、城内で見かけた際も、隣にいたような……?)


 あのオレンジ色に、見覚えがあるような……? と男へ鋭い視線を向ける。


「ところで、ロ、ロヴィ(呼び慣れない)」

「はい」

「その……貴方の後ろの騎士は?」

「あー……」


 わずかに視線を泳がせたロヴィは、背後へ視線を送る。

 その男は、ん? と眉を上げると、深い笑みを浮かべ、ヨゼフィーネへ顔を向けた。


「俺は(ロヴィと同じアイリーン姫の)護衛騎士のミックと申します、ヨゼフィーネ王女殿下」

「………………そうですか」


 さっと前へ向き直ると扇で目の下まで覆い、小さく震える。


(ロヴィ……騎士なのに、護衛が付いているのですか!?!?)


 やややはりかわいいから……――!?!? と大いに勘違いしたヨゼフィーネは気づかれないよう、わなわなと扇を震わせたのだった。




 その様子を、庭の木の裏にぴた、とくっつくアイリーンが、木に指をめり込ませながら食い入るように見つめていた。


(…………わ……——)


 うる……と涙が滲む。


(私のロヴィ(鳥)の定位置である、ロヴィの神聖な頭の上が……!!! しかも……しかも、あんなにロヴィにそっくりな鳥、どこで見つけたのかしら……!?)


 ぷるぷる震えるアイリーン。


(ロヴィの浮気者……!!!)


 わあっ……! と顔を両手で覆う。


 少しの間震えると、ぴた、と動きを止める。


(…………許せません……!)


 たたっ……! とアイリーンは駆け出した。




「本日は、街を案内してくださるそうね」

「はい。本来は、カーティス王太子殿下と赴くご予定でございましたが」

「(※もちろん断り済み)カーティス王子殿下は来られないと伺っておりますわ。ロ、ロヴィはよく視察へ訪れており、街も大層詳しいと」

「ああ、はい」


 そう言うと、無意識にふわっと微笑むロヴィ。


「よく、行くんですよ」


 その、初めて見る柔らかい笑みに、ヨゼフィーネが頬を染めた、その時――


 

 あ、と目を細めるロヴィとミック。

 と同時に、がさ!!! と近くの低木の裏からアイリーンが跳び出した。


 

「ロヴィ!!!」


 

 ぽふ! といつものようにロヴィの腕の中におさまるアイリーンに、ヨゼフィーネは固まった。


 

「アイリーン姫?」


 やや頬を染め、困ったような顔で見上げるロヴィに、ぽぽぽ……と見惚れるアイリーン。

 はっ!? いけないいけない! と我に返ると、がし! とロヴィの顔にくっつく。


「ロヴィ! 私、昨日足を痛めてしまって!」

「え」


 目を丸くするロヴィを、どきどきと見つめる。

 すると、ははっ、と可笑しそうに笑うロヴィ。


「痛めた足で、全力で駆けて来てはだめですよ」

「本当に痛いの、ロヴィ」

「イライザさんは、どうしたんですか?」

「撒いて来たわ! あっ」


 慌てて口を押えるアイリーンに、ロヴィは眉を下げ、困ったように笑った。


「痛めた足で、護衛を撒かないでください。悪化させますよ」

「……はい、ロヴィ」


(やっぱりロヴィは優しい……)


 無意識に微笑み返すアイリーン。

 その時ふと、ロヴィの背後で驚いたように固まっているヨゼフィーネに気がついた。


 アイリーンが視線を向けると、ヨゼフィーネもそれに気づく。

 目が合った瞬間——くすっと笑った。


 ぴく、とわずかに目を見開くヨゼフィーネ。

 

「イライザさんの所へ戻れますか?」

「もう撒かないから、ロヴィ連れて行って」

「ミック――」

「無理」

「嫌」


 ミックとアイリーンは声を揃える。

 

 小さくため息をつくと、顔にくっついているアイリーンをすっと降ろすロヴィ。

 ヨゼフィーネへ振り返る。

 

「……ヨゼフィーネ王女殿下。少しアイリーン姫を送って――」


 ぱし。


 と、ヨゼフィーネは、ロヴィの胸に扇を当てた。

 固まるロヴィとアイリーン。

 

 すっとロヴィへ歩み寄るヨゼフィーネ。


「許可できません。これから貴方は、わたくしを案内すると申しましたね?」

「……――!」


 アイリーンは目を見開き、息を止める。

 その間にもヨゼフィーネは背後に回ると、扇に軽く力を込め、アイリーンからロヴィを引き離した。


「さあ参りましょう? ……ああ、アイリーン王女殿下」

「!」

 

 ロヴィの腕を引くとその腕に手を添え、扇で口を覆いながら勝ち誇ったように目を細めた。


「品位がなっていませんわね。ナヴランドのため、我がヴァロンと良き関係を築こうと尽力なさるカーティス王子殿下やクライヴ王子殿下の足を引っ張ることのないよう、努めてはいかがかしら」


 さあエスコートなさい、ロヴィ? と色目でロヴィを見上げるヨゼフィーネ。

 戸惑いながらもヨゼフィーネへ応答したロヴィは1度、ちら、とアイリーンへ視線を送った。


 悲しげに眉を下げるアイリーンを見て、わずかに顔を歪ませると、頭を下げ、踵を返す。


 そのロヴィの表情をじっと見ていたミックも同様に頭を下げると、後に続いた。

 

 

「………………ロヴィ……」


 アイリーンは立ち尽くすと、無意識に顔を両手で覆ったのだった。

 



 その一部始終を、庭の端で(アイリーンに街を案内してもらうべく)立って見ていたハルトヴィヒは、遠い目をした。


(…………いや……仲良くとか……絶対に無理じゃないか……?)


 まるで、あのテンションについていける気がしない……と宙を仰いだのだった。




 一方。

 

 淡々とヨゼフィーネをエスコートするロヴィ。


「…………」


 わずかに目を伏せるその表情は、暗い。

 すっと目を開くと、話を切り替えるように明るい口調で告げた。


「因みにこの鳥は、何て名前ですか?」

「…………」

「ヨゼフィーネ王女殿下?」

「………………ロヴィ、です」


 ぴた、と固まるロヴィとミック。

 ロヴィは言葉を失うと、次の瞬間、何とか口にした。


「……流行ってるんですか?」

「はい?」



 目を真ん丸にして見下ろすロヴィに、ま……かわいい表情……と頬を染めるヨゼフィーネであった。

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