24話 - 火種
ナヴランド城内の、一際大きな扉を構える応接室。
その両側に立つ王国騎士が、重厚な扉を押し開けた。
大理石を叩く、コツ、コツ、というゆったりとした足音と同時に、室内のソファに腰を据えていたヨゼフィーネ、ハルトヴィヒはすっと立ち上がる。
共にテーブルを囲んでいたカーティス、横に立っていたクライヴも、そちらへ視線を向けた。
ばたん、と重低音が響くと、扉が開いたその瞬間から空気を歪ませるような圧を纏わせていた国王が、ゆっくりと顔を上げた。
その背後に並ぶ王妃とアイリーンも、にこやかに微笑む。
「やあ。ようこそナヴランドへ」
「…………」
やあ? とヨゼフィーネ、ハルトヴィヒは揃って目を瞬いた。
「――正統派イケメン?」
「正統派王道王子……かな」
「あれが件の、ハルトヴィヒ王子殿下……」
城前のコートヤード(中庭)。
ここで、今まさにヴァロン王国歓迎式典が行われていた。
コートヤードには、城のバルコニーに立つ王族たちを見上げる王国騎士団の団員たちが並ぶ。
ロヴィたちアイリーン王女護衛部隊の皆は、その最後尾に並び、式典に参列していた。
口上を述べるハルトヴィヒを見ながら、こそこそと小声で雑談を交わすユージーン、レイ、リアム。
ユージーンは、へぇ……と小さく呟く。
「……よかったじゃん、ロヴィ。やばい人落とす血が流れてるアイリーン姫には引っ掛からなさそう……って、ロヴィ聞いてる?」
皆の視線がロヴィへ集まる。
すると、遥か先に立つハルトヴィヒへ鋭い圧をかけていたロヴィが、むすっとさらに目を細めた。
「何言ってるんですか、ホークアイさん……ああいう真面目そうな正統派イケメンこそ、真顔でアイリーン姫をお嫁さんにください、とか言い出すんですよ」
「お嫁さん……」
「それ、何常識?」
「正統派イケメンと何かあったの、ロヴィ……?」
リアム、ユージーン、レイがすかさず突っ込む。
「しかも…………見てください、あれ……――!!!」
ロヴィは顔を悲しげに歪めると、わなわな震えだす。
え? と皆は不思議そうにバルコニーを見た。
「アイリーン姫が……あんなきらきらした目で王子を……――!!!」
「まあ、確かに」
「やっぱり!?!?」
視力のいいユージーンが相槌を打つと、なあ――!!! とロヴィは顔を覆う。
アイリーン姫、なんでそんな可愛い顔で王子を…………あれ……今日のアイリーン姫のドレス姿、めっちゃ可愛くない……? と徐々に思考が何やら逸れていくロヴィであった。
すると今度は、レイがミックへ訝しげな目を向ける。
「……で……ミックは何やってるの……?」
ロヴィの隣では、ミックが目を瞑り、胸の前で手を組ながら静かに瞑想していた。
「これから心を入れ替えて善良な行いをするので、ここ数日のありとあらゆる妙な出来事をなかったことにしてください、って祈ってます」
きょとん、とレイとユージーンは目を瞬く。
「……たまにミック、意味わかんないよね……」
「いや、まあ基本意味わかんないけどねぇ」
「ホークアイさんのお昼ごはんもなしにしてください、って祈りますよ」
「ごめんやめて何か地味に嫌」
す……と再び静かに瞑想に入るミック。
(……さっきの……見間違いか……? あれは多分、王子殿下たちとヴァロンの一向だろ? あん時見えたのは、女性っぽい髪だけ……しかも一瞬…………いやでも、あの髪色……――)
その時。
あれ? とロヴィが小さく声を漏らした。
いや、大して珍しい髪色でも……とぶつぶつ呟くミックを、バシバシ! と叩く。
「おい、ミック、あの人……」
「――!?」
はっ! とミックは目を開いた。
挨拶を終えたハルトヴィヒが下がるとともに、とある人物がすっと前へ出る。
煌びやかで壮麗なドレスに身を包み、口元を扇で覆う、まさに王女の貫禄を纏う、その女性。
「あれって、昨日の……?」
「…………――――!!!」
バルコニーの最前へ立つと、その女性――ヨゼフィーネはゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、ミックはがばっ! と頭を抱え、しゃがみこんだ。
(…………っ…………! うわ…………最悪…………!!!)
ロヴィに対応させんじゃなかった……!!! と苦い顔で口に手を当てるミックの横で、何かこっち見てない? と不思議そうにヨゼフィーネを見ているロヴィ。
そんなロヴィを真っ直ぐ見据えるヨゼフィーネ。
わずかに扇を下げると、にやあ、と妖艶な笑みを浮かべたのだった。
◇
―― ちょっと合間 ――
応接室にアイリーンたちが来る少し前
ははは! と大声で軽快に笑いながら、カーティスはヨゼフィーネへ顔を向けた。
「一体、どんなかわいい鳥を見たのですか!?」
まっ……! と頬を染めて扇で口元を覆うヨゼフィーネ。
するとすぐ、すん……と涼しい目をカーティスへ向ける。
「かわいいと申しましても……まあ、そう大した鳥では――」
「探させますよ! 色とか覚えておられますか」
(色……)
先ほどの光景がぽわぽわと脳裏に浮かぶ。
「……薄茶……」(※ロヴィの髪色)
「ほう!」
「小柄で……ふわふわして…………深い茶色(※ロヴィの目の色)の瞳も大きく……爽やかな」
「爽やか?」
きっ、とヨゼフィーネはカーティスを睨んだ。
「……整った顔立ちという意味です」
「なるほど!」
いやあ、妙に詳細に記憶されておりますな! して、そんな鳥、見つかりますかね!? と笑うカーティスを見ながら、ハルトヴィヒは視線の先にいた騎士2人組を思い返していた。
(……ああ……そっちの騎士……)
さすがに鳥をかわいいと言うはずないとは思っていたけど、と、無意識に小さく笑いが漏れた。
「その気持ち悪い笑い止めなさい、ハルトヴィヒ」
「すみません、姉上」
いやあ、仲のよいごきょうだいですなあ! と大声を上げるカーティスに、どこがだよ、とその場にいた全員が内心突っ込んだのだった。
◇
―― ちょっと合間 ――
歓迎式典で、ヨゼフィーネがバルコニーに立った時
バルコニーの最前へ立つと、ヨゼフィーネはゆっくりと顔を上げる。
その瞬間――バルコニーの遥か先、隊列の最後尾に立つ、ふわふわとした薄茶色の髪の騎士を一瞬にして視界に捉えた。
(……いた――――!!!)
いましたわ……!!! と内心息巻くと、思わずにやあ……と隠しきれない笑みが漏れる。
次の瞬間、はっ!? とヨゼフィーネは目を見開いた。
(み、見られてる――!?)(※当たり前)
どうしましょう……! 初めて民の前で挨拶を述べた時よりも緊張いたしますわ……!!! と微かに扇をぷるぷると震わせたのだった。
そんなヨゼフィーネへ、アイリーンは羨望の眼差しを向けていた。
(ヨゼフィーネ王女殿下……なんと王女たる貫禄なのでしょう……!! お美しいわ……!!)
瞳を輝かせるアイリーン。
そのアイリーンへ、じ……と視線を向けるハルトヴィヒ。
(……? なぜ、1人そう興奮しておられるのか……。よく解らない王女だな……)
そう首を傾げる隣では、クライヴが、アイリーンへ視線を向けるハルトヴィヒをじと……と静かに睨みつけている。
そのさらに横では、ははは! さすがはヨゼフィーネ王女殿下! 随分と溜めますなー! とカーティスが感心したように、なかなか話し出さないヨゼフィーネを眺めていたのだった。
◇
歓迎式典を終え、歓声が上がる中、アイリーンたちはコートヤードへと続くバルコニー脇の階段へと向かう。
アイリーンが階段を降りようとしたその時、前を歩くハルトヴィヒが振り返った。
「お手をどうぞ、アイリーン王女殿下」
「!」
まあ、とアイリーンは目を瞬く。
「ありがとうございます、ハルトヴィヒ王子殿下」
気品ある笑みを浮かべ、ハルトヴィヒの手を取った。
ハルトヴィヒに手を引かれたアイリーンが微笑みながら騎士団へ手を振ると、両騎士団からの歓声がさらに膨れ上がった。
「…………何してるの、ロヴィ……?」
顔を両手で覆っているロヴィに、レイは思わず呆れた声を漏らす。
「現実から逃避してます」
「王族が王族をエスコートなんて、普通だから……」
騎士団の列の中央を、ゆっくりと歩く王族一行。
先頭では、カーティスがヨゼフィーネをエスコートしていた。
「これから、少々城内を案内いたします! 国民への挨拶は明日、今日は移動でお疲れでしょうから、ゆっくりと――」
「そのことなのですが」
じっと正面を見据えていたヨゼフィーネは歩みを進めながら、淡々と口にする。
「はい、何でしょう?」
「ヴァロンとナヴランドは今まで交流がありませんわね。此度の訪問でよき関係を築こうにも、滞在期間は限られておりますわ」
「はい」
「少しでもナヴランドのことを、少しでも早く知れたらと……」
「おお……!」
カーティスは目を見開く。
「そこまで両国の関係についてお考えで……! 素晴らしい!!!」
「(顔が怖いわね……)でで、ですので……滞在中、移動含めたナヴランドの案内のため、そちらの騎士1人、わたくしに付けたいのです」
「なるほど! いいですよ。ではこちらでよき騎士を選定して――」
「それには及びません」
騎士団最後尾まで歩みを進めていたヨゼフィーネは立ち止まると、カーティスの腕から手を離した。
身体をその騎士団の一角――ロヴィたちの方へと向ける。
真っ先に、はっ! と顔を上げたミックの横で、騎士団の皆も振り返る。
すると――ヨゼフィーネは口をずっと覆っていた扇を、す……と正面へ向けた。
「そこの、薄茶色の髪の貴方」
そうきたか、と後ろを歩いていたハルトヴィヒは誰にも届かない小声で呟く。
その横でアイリーンも、何かしら? と不思議そうに小首をかしげた。
その場にいた全員の視線がロヴィへと集まる。
へ? とロヴィは覆っていた手を離した。
その瞬間――ヨゼフィーネとロヴィ、2人の目が、初めて合った。
「滞在中、常にわたくしの側に立ち、わたくしをエスコートなさい」
ロヴィの目が、驚いたように見開かれた。
そのロヴィの表情を見たアイリーンは、はっ……! と息を1度大きく吸うと、息を止めたのだった。




