23話 - 王女陥落?
翌日。
城の庭の一角に集まる、アイリーン護衛部隊の皆。
「アイリーン姫の本日のご予定は、ヴァロン歓迎式典、ナヴランド城内を案内した後、歓迎の晩餐会、だそうです」
「なるほど」
リアムの報告を聞いたロヴィ、ミック、ユージーン、レイが、妙に嫌そうに声を揃えた。
リアムは不思議そうに小首をかしげる。
「……ええと……? その歓迎行事ほとんどがヴァロンの王族と関わるため、メインの護衛は隊長とイライザさん……私たちの出番は歓迎式典参列と、晩餐会の待機のみ……と聞いていますが……?」
「ああ、リアムも覚えておくといいよ」
「そうそう。そういう外交行事の時の僕らの主な仕事は、脱走した姫の捕獲だから」
レイとユージーンの説明に、きょとんとした顔で目を瞬くリアム。
「…………なるほど」
少し遅れて、納得したように頷いた。
「……で? ロヴィは何でロヴィ頭に乗せてるの?」
そう言って、ユージーンが笑いを堪えながらロヴィを見た。
ロヴィがむすっと目を細めた瞬間――皆、一斉に吹き出した。
くっ……! と項垂れるロヴィ。
「姫が……今日は一日忙しいから……面倒見てくださいねって……――!!!」
ああああ!!! と顔を覆う。
「……なんで……なんで鳥に俺の名前つけてるんですか、アイリーン姫……!!!」
どういう意味ですかそれぇぇぇえ!!! と今度は頭を抱える。
その頭に乗る鳥が、すかさず、ピ、と髪をくちばしで引っ張った。
ペット? ペット的な扱いってこと俺? 弟ですらない? と、手に乗せた鳥へ悲しげに話しかけるロヴィに、皆声を殺して静かに笑っている。
「……っ……ロヴィって、何であんな、破滅的に鈍いの……?」
腹を抱えながら、ユージーンが小声で呟いた。
「相手が姫だからじゃない……?」
「自信がないのかなぁ? 結構ロヴィ優しいし、モテそうなのに……ロヴィの残念なところだよねぇ」
「最高にロヴィなところでは?」
「ミック的にはね。モテてたの? ロヴィ」
「女性に優しいすからねぇ。多分モテてましたけど、まるで気づいてなかったですね」
「勝手に相手を沼に落とすやつだ」
「確かに、ドナは沼ってますね」
「ああ――……」
憐みの目を向ける皆。
するとリアムが、ロヴィの前にすっとしゃがみ込んだ。
「……あー……ほら、ロヴィさんもペット飼ったら、アイリーン姫の名前つけたくなったりしません?」
「? 絶対つけない」
アイリーンはアイリーン姫以外ないから、と真顔で答えるロヴィ。
えっ……とリアムは言葉を詰まらせた。
「…………あ――…………だめですね、ロヴィさん」
「だめ!?!?」
俺だめなの!? と再び項垂れるロヴィの頭に、再び居心地良さそうにおさまる鳥。
その様子を見ていたユージーン、レイ、ミックは、笑いを堪えてふるふる震える。
「一番フォローに入っちゃダメな人がフォローしちゃったよ……!」
「リアムとロヴィの組み合わせ、面白いなあ」
「……つーかロヴィ、鳥乗せたまま式典参加すんの?」
「1人くらい鳥乗せてても、気づかれないかなって――」
「気づくわさすがに」
思わず突っ込むミックであった。
「……ていうか……頭の上で寝るとかある?」
アイリーンの部屋へ鳥を戻すため、城内を足早に歩くロヴィとミック。
ミックが可笑しそうに、けらけらと笑った。
「気持ちいいんじゃね?」
「もっと、もふもふの毛布とかあるだろ」
「もっふもふもうふ」
「気抜けるからやめて」
「ロヴィが言ったんだろ」
どうでもいい会話を繰り広げる2人から少し離れた、城の一角――
対照的に、ピリついた空気が漂う城の廊下。
ナヴランドへ到着したヴァロン王国一行が、2人の王子の先導の下、歩みを進めていた。
先頭のカーティスが口火を切る。
「ようこそ、ナヴランドへお越しくださいました。数日間の滞在ではありますが、よき関係を築けますと――」
カーティスのやや後ろを歩くヨゼフィーネは、扇で口を覆いながらちら……と前を行く王子2人に目をやった。
(昨日は、何やら出会……トラブルがありまして、折角の偵察の機会を棒に振り苦汁をなめたりしましたが、何とか今日からの滞在で――)
ちら、と斜め後ろを歩く、涼しい顔の弟・ハルトヴィヒを睨みつける。
(――ハルトヴィヒを出し抜いてやりませんとね……! ナヴランドを、どう支配下に置いてやりましょうか……!)
「……して、この後の歓迎式典でありますが、我が国の精鋭が集まる王国騎士団を――」
大声で軽快に話すカーティスを、じ……と見る。
(…………怖いわね……顔が……。ある意味ヴァロンには馴染みそう……? まるで好みじゃないけれど)
そう思いながら、隣のクライヴへ視線を移した。
(…………暗そう。まるで好みじゃないわ)
すんと目を細めるヨゼフィーネ。
そこでふと、ライオンとクロヒョウ……と呟く。2人の王子の口元に目が向いた。
(王子も……鎖を歯で止めたりするのかしら……?)
じー……、と無意識に見つめながら昨日の光景を思い返していると、気づけばカーティスが振り返ってじっとヨゼフィーネを見下ろしていた。
はっ! と我に返る。
「ヨゼフィーネ王女殿下? 何か」
「…………いえ。騎士団を前に挨拶ですわね? こちらの騎士団も横につけさせますが、よろしいですね?」
「はは! もちろん! ヴァロンの屈強な体格の騎士に、うちの騎士団が腰を抜かさないか心配ですが! よいですねえ、ヴァロンの騎士!」
ははは! と大きく笑い声を上げながらカーティスは再び前へ向き直った。
ヨゼフィーネは、ばくばくと脈打つ心臓を落ち着かせるように、口元を微かに震える扇で覆う。
(あ……あぶないわね……昨日の失敗を引きずるなど、ありえませんわ。すっきりさっぱり切り替えて……)
騎士……とふと呟く。
ちら、とカーティスへ視線を向けた。
「因みに……でございますが」
「はい! 何でしょう?」
「ナヴランドの騎士団も、なかなか屈強なお方が多いとお聞きいたしますが」
「ええ! つわもの揃いですよ」
「例えば……その、鎖を歯で噛み砕くような……すごい……ええと、強い騎士などは」
「鎖を、歯で?」
きょとんとした声を上げると、カーティスは、ははは! とまた大きな笑い声を響かせた。
「そんなやばい騎士はいませんがね! それこそ、ヴァロンの騎士くらいじゃないですか!?」
「いえ、我が騎士たちも、そこまでは」
不思議そうな顔のハルトヴィヒ。
それはそうよね、とヨゼフィーネは胸をなでおろす。
しかし、鎖を歯で止めた衝撃と、それを見間違いかと思うほどの爽やかな笑みが頭から離れず、どうにも腑に落ちない。
(あの男……間違いなく騎士団の制服を着ていましたわ。もしや、式典で顔を合わせたり――)
その時。
少し離れた階の廊下を歩く人影に、はっ! とヨゼフィーネは顔を向けた。
はっ!
とミックは、妙な視線に気づき、窓の外を見た。
「……――!?」
突如立ち止まったミックに、不思議そうな顔で振り向くロヴィ。
「……どしたの? ミック」
「あ――……」
一瞬ロヴィと顔を見合わせると、ミックはわずかに視線を泳がせる。
さっと背後へ回り、肩に手を添えると、にこやかな笑みでロヴィを進行方向へ向けた。
「ちょっと時間やばいかも。急ごうぜ」
「そうか?」
「いーから」
「どしたよ、お前」
いーからいーから、と飄々とロヴィを押しながら、わずかに冷や汗を滲ませるミック。
(あ――…………嫌な予感)
当たるんだよな……と呟くミックに、何が? とロヴィは呑気な声を上げた。
その足早に廊下を進む制服。
ふわっとかすかに揺れる薄茶色の柔らかそうな髪。
爽やかな表情、全てを、一瞬にしてヨゼフィーネは視界に捉えた。
(昨日の……――――!!)
無意識のうちに、突如大きく心臓が高鳴る。
どきどきどき……と食い入るように見つめていると――
――次の瞬間。
そのふわっとした髪の上に、無防備に眠る鳥が乗っていることに気がついた。
「――――!?」
目を大きく見開くと、コツン……! と扇が手から滑り落ちる。
(……鳥――――!?!?)
くらぁ……! と倒れ込むヨゼフィーネ。
ばっ! とジーグが慌ててその身体を支える。
「王女様!!?」
「王女様、どうされ――」
「――…………かわいい……!!!!」
何で鳥……! とふるふる震えながら口に手を当てるヨゼフィーネに、ぴし、と固まるヴァロンの騎士たち。
「…………か……」
「……え……?」
カーティスも、不思議そうな顔をヨゼフィーネへ向ける。
「おや、どうされましたか?」
「鳥……!!!」
思わず声が漏れた。
「ははは! かわいい鳥でもいましたか! すぐに贈らせましょう!」
と大声を上げるカーティスの横で、なぜ鳥を乗せているのですか……!!! と息も絶え絶えである。
はっ! とヨゼフィーネは我に返った。
(まさか、頭に鳥を乗せている人など……いるはずが…………見間違えやも――)
もう一度窓の外へ、食い入るような目を向ける。
するとやはり、あの柔らかい笑みの上に、鳥がちょんと乗っていた。
(やっぱり乗ってる――――!!!)
あああ……かわいい……! と再びヨゼフィーネは崩れていったのだった。
そして。
その場に居合わせたヴァロンの騎士たちは、まるで見たことのないヨゼフィーネの姿に恐怖のあまり、その日の食事は喉を通らなかったという。
(…………へぇ?)
その様子を、ハルトヴィヒは面白そうに注視していた。
ヨゼフィーネの顔を見ながら、ふっ、と静かに笑みを浮かべたのだった。
一方その頃。
式典会場の準備風景を国王執務室で眺めながら、アイリーンはリンゴのクッキーをあむあむと頬張っていた。
「お父様、お母様! ヴァロンの王族の方々はどんなお方たちでしょうか?」
「あんまり怖くない人たちだといいねぇ……」
「また、アイリーンは……騎士も婚約者候補も、すぐお友だちのようになってしまうのだから……!」
「まあお母様! ロヴィはお友だちではありません!」
「では、なぁに?」
「ロヴィは…………ロヴィは………………た……たい……」
ぽ、と頬を染めるアイリーン。
「鯛?」
「ちがいます!!!」
もうお母様! とアイリーンは頬を膨らませた。
呑気に談笑を交わすアイリーンは、同じ城内で起こっていたロヴィを巡る出来事に、まだ気づいてはいなかった。




