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22話 - 予期せぬ出会い

 人々の叫喚の中から轟く獣の咆哮に、ロヴィとミックはぴた、と動きを止めた。


「……――うわ、なんだあれ!?」

「きゃ――――!!!」

「誰か!!! わたくしのペットを止めて!!!」


「……?」


 何だ……? と揃って顔をしかめる。

 

 その時。

 石畳を爪で掻く音が微かに響く。

 次の瞬間。


 逃げ惑う人々の隙間から、身体に3つの首のある犬のような獣が姿を現した。


「……なんだあれ」

「ロヴィ」

「ああ」


 ロヴィは、すっとミックの前に立った。

 

 首から繋がれた大きな鎖を振り回し、猛然と走る獣。

 その獣が吠えながら、一直線にロヴィの元へ向かってくる。


 飛びかかってきた獣をロヴィは難なく躱すと、その瞬間――


 目の前に浮き上がった鎖を、ガキ!!! と歯で止めた。


「……――――!?」


 3つの首が、同時に目を見開いた。

 

 その一瞬、殺気立ったロヴィに、息を呑む。


 その間に、片手の空いているミックが、すかさず鎖を掴んだ。

 突如勢いを殺された獣は驚いたのか、唸りながらロヴィへ襲いかかる。

 咄嗟に鎖を引いて制止するミック。


 ロヴィが、獣の目をじっ、と見た。


「こら」

「…………ぐるる……」


 途端に大人しくなる獣。


 すると、その獣がびくっと身体を震わせた。

 ロヴィたちの背後へ怯えたような視線を向ける。

 

 揃って振り返った2人の視線の先――そこには、驚嘆の表情で目を見開いた女性が佇んでいた。

 服装や佇まいから、わずかに気品が漂う。


 ロヴィたちが振り返ったからだろうか。女性が、恐る恐る近づいてきた。


「……あ……」

「ああ、飼い主の方ですか?」


 そう言いながら、業務的な笑みを向けるロヴィ。

 女性と目が合うと、苦笑いを浮かべた。


「すみません。両手が塞がっていまして……少々鎖が欠けてしまって」

「割っといた方が、危なくないんじゃね?」

「そうだな」


 書類の束を何とか片手で抱えるとロヴィは、ミックから鎖を受け取る。

 欠けた個所を、ばき! と割った。


 女性は、目の前の出来事が理解できないといった様子で、さらに目を丸くして固まっている。


「少々鎖が短くなって、すみません。はは、やんちゃな犬さん? ですねぇ」

「犬か?」


 ばし! とミックの腰を叩くロヴィ。

 そして優しく手を添えるように、すっ、と鎖をその女性へ手渡した。


「港は人の往来も多いですし、ペットの扱いにはお気をつけくださいね。では」

 

 そう言ってにこやかに微笑むと、2人は揃って踵を返す。

 

 残された飼い主の女性は、動けずその場に立ち尽くしていた。



 踵を返し、再び淡々と歩みを進めるロヴィたち。


「……なんだったんだろ、あれ……」

「何あれ? ケルベロス?」

「いないだろ、ナヴランドに……」


 変なの見た……と、何ともつかない顔で、武器商ギルドへ向かう2人であった。



 

 そんなロヴィたちが謎の出来事に遭遇した、その少し前――




 港に、一隻の見慣れない観光船が入港していた。




 船から下船する、長身大柄の男性が振り返り、手を差し出す。

 船内から次いで顔を出した1人の女性が、慣れた様子で手を取り、ゆったりと降り立った。

 

 長身のその女性が、切れ長の目をした整った顔をぱっと上げる。


「……ジーグ。とうとう来ましたね」

「はい。ヨゼフィーネ王女様」

「王女はお止めなさい。わたくしが偵察でここへ来ていること、忘れてはいないわね?」

「はい」

「………………まあ、いいわ」


 呆れたような目をジーグへ向けると、ばっ! と日傘を差した。

 手には、鎖状のリード。

 身体に3つの首のある獣を連れたその女性――彼女こそ、ヴァロン王国第1王女、ヨゼフィーネ・ディークマイアーその人であった。


 ヨゼフィーネは桟橋に降り立った所で、優雅に振り返る。


「どうですかジーグ? 平民らしく少々みすぼらしい格好などをして、マックスを連れてみましたが、溶け込めています?」

「…………」


 ヨゼフィーネ直近の護衛騎士であるジーグは、無言でじっ……とペットであるケルベロスへ視線を向ける。

 その「不自然です」と言いたげな視線に気づいていないヨゼフィーネは、わざとらしくため息をついた。

 

「本当に無口ねぇ、ジーグは……。まあいいわ。さあ、偵察に参りましょうか」


 そう言うと、ヨゼフィーネは楽しそうに踵を返した。


 

 平民の服、装飾品や日傘は高級感の滲む、アンバランスな格好に身を包んだヨゼフィーネは、気にも留めずカツカツと歩みを進める。


「ナヴランド……どんな国なのか……支配下に置くに値する国なのかどうか、忌々しいハルトヴィヒよりも先にこの目でしかと見極め、よりわたくしに相応しいお相手を見つけねばなりませんわ」


 桟橋から道に出ると、迷わず進んでいくヨゼフィーネ。


「国王は草食と聞きましたが、王子は猛獣の血を宿す兄弟と聞いていますわ。一体どんな兄弟なのか……わたくしヴァロンの王女を前に、どんな…………ジーグ?」


 ふと、背後でざわざわとざわめく声に、ヨゼフィーネは振り返る。


「――何だ君!?」

「うわ、でっか!!」

「あんた、どこの職人!?」

「いいがたいしてるなー! うちこない?」


「…………」


 突如ナヴランドの職人たちに囲まれたジーグは、驚きのあまり固まっていた。

 ヨゼフィーネはぽかん……と呆気に取られる。


「……って、ジーグ!? 何をして――」


 その時、うっかりリードを掴む手が緩む。

 

 慣れない土地に落ち着かないケルベロスが、その隙を突いて、勢いよく走り出した。


 ヨゼフィーネの手から鎖がするりと抜けた。


「……いけない!」



 激しく唸り声を上げながら鎖を振り回し駆けていくケルベロスに、一帯から悲鳴や叫喚の声が大きく上がる。


(いけない……マックスは暴れだすと手がつけられませんのに……! 大きな騒ぎを起こしては……!)


 ヨゼフィーネは咄嗟に叫んだ。


「誰か!!! わたくしのペットを止めて!!!」


 立ち止まる人々の隙間から、ケルベロスを追って飛び出したヨゼフィーネ。


 

 次の瞬間――

 


 ガキ!!! と聞いたことのない金属音が響いた。


 同時に、視界の先に、鎖を噛む男性が映る。

 一瞬、その男がわずかだけ纏った殺気に、ヨゼフィーネは思わず息を呑む。


(マックスが……怯んだ?)


 男が鎖を噛んで止めたのだと気づいたのは、その後だった。

 その間にも、急に勢いをそがれたケルベロスが、その男へ噛みつこうと飛びかかる。

 すると。


「こら」


 一声ですん……と大人しくなるケルベロス。

 え? とヨゼフィーネは固まった。


 

 涼しい顔の男2人を前に、ヨゼフィーネは混乱していた。


(え? どういうこと?? なぜ鎖を歯で??? マックスがどういうこと???)


 混乱した頭で、恐る恐る近づく。


 近づくと、男が騎士らしき制服を身に纏っていることに、ようやく気がついた。

 何とか声を絞り出す。


「……あ……」

「ああ、飼い主の方ですか?」


 そう言いながら、先ほどの殺気は見間違えかと思うほど爽やかな笑みを浮かべる男に、ヨゼフィーネは言葉をつまらせる。

 目が合うと、男が困ったような笑みを浮かべ、どき、となぜだか胸が1度高鳴った。


「すみません。両手が塞がっていまして……少々鎖が欠けてしまって」

「割っといた方が、危なくないんじゃね?」

「そうだな」


 今度は欠けた鎖を、ばき! と軽々割る。

 ヨゼフィーネの理解がまるで追いつかず、ただただ目を丸くするしかない。


「少々鎖が短くなって、すみません。はは、やんちゃな犬さん? ですねぇ」


 そう言うと、その男はヨゼフィーネに近づいた。

 優しく手を添えるように鎖を手渡され、息が止まる。


「港は人の往来も多いですし、ペットの扱いにはお気をつけくださいね。では」

 

 そう言って柔らかく微笑むと、男は連れの男と共に踵を返した。

 立ち去るその後ろ姿を見ながら、どきどきどき……となぜか高鳴る胸の音が鳴り止まないヨゼフィーネであった。


 

 

 動けず立ち尽くしていたヨゼフィーネの背後に、ようやく追いついたジーグが歩み寄る。


「…………」

「大丈夫ですか」

「…………ジーグ…………な………………なんですの……あの騎士は……!!!!」


 何なのぉ!? というヨゼフィーネの混乱した声が、港に響き渡ったのだった。

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