2話 - 落とすためですね?
アイリーンの婚約者。
その言葉を聞いた瞬間、ぴし、と固まるカーティスとクライヴ。
その横で、あらそうねぇ、と王妃がおっとりとした声を漏らした。
かっ!!! と目を見開くカーティス。
「まだ早すぎませんか父上ぇぇぇえええ!!!」
「こっ……怖いよ君……」
ただでさえ顔怖いんだから……落ち着いて……、と引き気味の国王。
何言っているの? もうアイリーン18よ? と王妃が笑う。
そのカーティスの横で、クライヴがきりっと涼しい顔で国王を見た。
「アイリーンに婚約者なんて、一生必要ありません」
「必要だよ……真顔で何言ってるの君も……」
「貴方たちが過保護すぎるから、アイリーンが未だに子供っぽいんじゃあないかしら?」
そう言ってくすくす笑っている王妃へ、カーティスとクライヴが同時に顔を向けた。
「? 何がだめなんですか? 母上」
「今のままで十分です」
「あらあら、だめねぇこれは」
「あんまりシャーロットを怒らせないでよ……」
あわあわと子供たちを窘める国王。
すると、やれやれ、とカーティスとクライヴが揃ってため息をつく。
「はいはい」
「昔、顔ひっかかれたんでしょ、父上」
「そうだよ……君たちも怒らせると――」
「あら、いつまでその話を引っ張り出すの?」
うふふ、と笑いながらも目が笑っていない王妃。
すみません、と3人は咄嗟に声を揃えた。
低めの木の上に、アイリーンはむすっと不機嫌な顔で丸くなっていた。
あああ! 落ちる……! と下から聞き覚えのある声が聞こえると、微かに顔を上げる。
少しして、やっとのことで、といったていでロヴィが顔を出した。
恐る恐る隣に座るロヴィ。
「……何してるんですか、こんなとこで」
アイリーンは、ちら、と恨めしそうな視線をロヴィへ送る。
「何でこんな早く見つけるのですか、ロヴィ」
「ホークアイさんが、この木が揺れたって」
「……ユージーン……次会ったら噛みついてやります」
「だめですよ」
困ったように笑うロヴィに、アイリーンはさらにむすっと頬を膨らませた。
普段と異なる大人しい様子のアイリーンに、ロヴィは不思議そうに顔を覗き込む。
「どうしたんですか?」
「……モリーが……淑女教育の時間増やすって」
「…………」
その意味をすぐさま理解したロヴィは、やや表情を曇らせた。
「……そんなの、したくないのに」
「……そういうご年齢ですから」
むっとするアイリーン。
「ロヴィも、モリーやお母様のようなことを言うのですね」
ぎゅ、とロヴィの頬をつねる。
ロヴィは困ったようにその手をそっと取る。1度、どちらからともなく顔を見合わせた。
「……自分磨きの、時間と思えば?」
「え?」
「もし……アイリーン姫が、一緒に、なりたいと思う人が現れたときのための」
「!」
わずかに言い淀みつつも言い聞かせるように、そうゆっくりと告げるロヴィ。
そのロヴィの言葉に、ぱちぱち、とアイリーンは瞳を瞬かせる。
「まあ……今のままでも十分魅力的ですが――」
すると突然、言葉を遮るように、アイリーンが、ぱし! とロヴィの手を両手で握り返した。
「相手のお方を落とすためですね!?」
一瞬固まるロヴィ。
「落と……!? いやそれどこで覚えて――」
「それは確かにわくわくしますね! ありがとうございます、ロヴィ! 新たな楽しみを見つけました!」
アイリーンはきらきらと瞳を輝かせると、次の瞬間――
ロヴィの鼻にふわ、と口を軽く触れた。
「……――!?」
「ありがとうございます! やってみます!」
そう言って、ひょい、と低木から跳び降りた。
ありがとうロヴィー! と大きく手を振りながら走り去るアイリーンに、ロヴィはしばし赤い顔のまま動けない。
その背後で、1つに束ねたオレンジ色の長髪を揺らしながら、よっ、とミックが顔を出した。
「で? 降りられんの? お前」
「…………」
ふっと笑うロヴィ。
「無理かな……」
「お前ほんと学習しねーな」
何回目よお前、とミックがけらけらと笑い声を上げた。
「あー……言ったような?」
ジョッキを傾けながら、イライザが適当に答える。
この日。夜、部隊の皆で街の居酒屋のテーブルを囲んでいた。
むすっと目を細め、イライザへ小さく圧をかけるロヴィ。
「まじでいらないことアイリーン姫に吹き込まないでもらえますか、イライザさん」
「知らないわよ、ロヴィ。あんた、ちっとも振り向いてもらえないからって、私に当たらないでよね」
「…………すみません」
「お前、ほんと女性に弱ぇなー」
ミックが頬杖をついて、言い返せず細い目のまま固まるロヴィを可笑しそうに眺めている。
イライザは、にや、とロヴィへからかうような視線を向けた。
「あんた、何でそんな草食なわけ? ハイエナ騎士のロヴィ!」
ぐっ……、と顔をしかめるロヴィ。
グラスに口をつけると、悔し紛れにぼそっと呟く。
「……持って生まれた血と、恋愛における肉食草食は関係ありません」
「えーごめん聞こえない」
おかわりー! とイライザが豪快にジョッキを掲げる。
その横で、ユージーンを訝しげに見ているレイ。
「……で、ユージーンは何で指押さえてるの?」
「いやー子ウサギに噛まれて?」
はっ!? と大きく目を見開いたロヴィがユージーンに顔を向けた。
「てかさぁ」
何ホークアイさん、姫に指噛まれてるんですか……羨ましいんですけど……! とわなわなとユージーンに鋭い目線を向けているロヴィに、イライザが目をやった。
「ロヴィって、いつからアイリーン姫のこと好きなの?」
はた、と皆の視線がロヴィへ向かう。
え? とロヴィは目を瞬いた。
◇
2年前。
明るい午後の日差しが差し込む城の庭。
その中央で、ロヴィは険しい顔をして立ち尽くしていた。
(……いや……このくっそ広い庭でちっちゃい姫探すとか……てか王女様探すのが入団試験って何?)
王女様ってどんな容姿だったっけ……? と、ぼやー……と王女の外観を何とか思い出そうと自身の頭を軽く叩く。
そのロヴィの目の前に、突如煌びやかな布と白い髪が舞った。
「……――!」
突然のことに身動きが取れない。
宙を舞うその少女も、人がいて驚いたのか、小さく息を呑んだ。
一瞬、わずかにその視線が絡む。
次の瞬間、きゃ! とその少女はロヴィの上に着地した。
「……っ……つー……!」
反射的に、その小柄な身体を包み込んで後ろへ倒れ込んだロヴィ。
その腕の中の少女が、はっ! と目を大きく見開いた。
「騎士団の団服……もしかして新人の――」
ロヴィも、その少女の身に纏う鮮やかなドレスにはたと気づく。
「アイリーン王女――」
その瞬間、ふわっと跳び上がるアイリーンに、ロヴィは動けない。
危なげなく、くるっと回転して着地すると、ふふっと品のある笑みをロヴィへ向けた。
「是非、見つけてくださいね!」
騎士様! と楽しげな声を上げ、アイリーンは颯爽と走り去ってしまった。
きょとん、と固まるロヴィ。
わなわな……! と震えると、ばっ! と顔を上げ立ち上がる。
「待てぇぇぇええ!!」
……って、えええ!? もういないけど!? とロヴィの叫び声が広い庭にこだました。
気づけば夕暮れ。
庭の一角の茂みにちょこんと座り込むアイリーン。
その背後から、ロヴィが、ばっ! と飛び出した。
「いたー!!!」
「!?」
飛び出した勢いのまま、倒れ込む2人。
「任務完了……!」
アイリーンを組み敷くように倒れ込んだロヴィが、ぐっ……! と拳を握る。
俺体力あってよかったまじで……と息一つ切らさず呟くロヴィに、アイリーンは瞳をぱちぱちと瞬く。
腕の中で静かにおさまるアイリーンに、あれ? まずかった? と恐る恐る見下ろすロヴィ。
するとその瞬間――頬を染めて嬉しそうに微笑むアイリーンと目が合った。
「……すごいです……体力あるのですね!」
「え?」
「明日から、楽しくなりそうです……!」
きらきらと大きな瞳を輝かせるアイリーンに、ロヴィは息を止めたのだった。
◇
話終え、頬を染めながらロヴィは満足げに、ふう……! と息を吐いた。
そんなロヴィを前に、イライザ、ユージーン、レイは、は……? と頭に疑問符を浮かべる。
「……え? 話終わり?」目を丸くするイライザ。
「今のどこに恋に落ちる瞬間あった?」笑うユージーン。
「今から説明始まるんだよね……?」困惑気味のレイ。
ははっ、と笑うミック。
「これ何十回と聞いてるんですけど、俺未だに何1つ理解してないですよ」
ざわざわとざわつく皆をよそに、ロヴィはふっと遠い目をした。
「……いいんですよ。アイリーン姫の魅力は俺だけが知ってれば」
「ごめん、それはみんな知ってる」
とユージーン。
なあー! とロヴィが頭を抱えた。
「ああくそ!!!」
皆がわいわいと雑談を交わす横で、静かにお酒を口に含むロヴィ。
ふと、初めて言葉を交わした時のアイリーンの表情を思い起こした。
無邪気に声を弾ませながらも、瞳の周りをわずかに赤く腫らしていたことに、ロヴィは気づいていた。
寂しそうに丸まる背中を見つけ、飛びかかった途端に嬉しさを全身に滲ませたアイリーン。その表情が脳裏に浮かび、どきどきとロヴィの鼓動が速まった。
(言わない方がいいことだって、あるよな)
それは、ロヴィしか知らないアイリーンの一面であり、ロヴィがアイリーンのために秘密にしていることでもあった。
アイリーン姫、お酒好きかな……と呟くロヴィの横で、お前ほんと姫の事しか頭にねーよな、とミックが笑いながらナッツをつまんだ。
数日後。城内。
国王と王妃がゆったりと並んで廊下を歩いている。
アイリーンが教育を熱心に受けているという話を聞き、国王は満足そうに微笑んだ。
「今度のクライヴの誕生パーティーで、婚約者候補の貴族も参加する。楽しみだな」
隣で王妃も、ふふふ、と楽しそうに目を細めたのだった。




