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19話 - 無礼講

 リアムの声に、やべー来ちゃった! とロヴィとレイとユージーンは一斉に振り返った。

 

 ユージーンがにこやかに微笑む。


「ギルバート侯爵の随行お疲れ、リアム」

「いえいえ。しかしなぜここに隊長――」

「視察の後、何話してたの?」

「え?」


 視察? とリアム、ウィルフレッド、ギルバートは、揃って目を丸くする。

 

 話合わせろや、と言いたげな表情で笑みを浮かべているユージーンの背後に、ものすごく目を細めて、じ――……とこちらを窺うイライザを視界に捉えたギルバート。


 はっ!? と目を見開く。

 ギルバートの脳裏に、以前ぐるぐる巻きにされた過去が甦った。


 さらっと長髪をかきあげる。


「アイリーン王女様との視察の際に出た、武器調達経路及び売却後の使用先の追随方法について、少々会話をしておりました。まだまだ検討が必要ですが、アイリーン王女様、問題提起ありがとうございました」


 ギルバートは話を合わせた。

 

「おお、素晴らしいです、アイリーン様」

「何かそんなこと言ったような気もするわ……!」


 ぐっ! とギルバートに親指を立てているロヴィを見て、ウィルフレッドは、こいつらあほなの? と呆れたような表情を浮かべたのだった。



「ブラッドリーたちは、私たちの様子を見に来たのですか?」


 ブラッドリーの足元でぴょんぴょん跳ねながら、アイリーンは嬉しそうに見上げる。

 その頭を撫でながら、ブラッドリーは目を細めた。


「今朝、アイリーン様が仰っていた、王家の皆様が好んでご利用なさるダイニングバー。聞いてきましたよ」

「え?」

「あんたも言ってたじゃん? ロヴィ!」


 にっ! とイライザがロヴィに笑みを向ける。


 思わず顔を見合わせるロヴィとアイリーン。


「改めて()()()、リアムの歓迎会!」


 わあああ……! とアイリーンの瞳が輝いた。


 

 次の瞬間、ぼふ! とロヴィの顔面に服を叩きつけるドナ。


「はい、着替え」

「……ああ……ありがと、ドナ……」


 普通に……普通に渡してくれよ……、と呟きながら手に取るロヴィ。

 その顔を見て、ずき、と胸が痛む。


 ぎゅっとロヴィの手を握った。


「……ドナ――」

「着替えさせてあげよっか? 向こうの部屋で♡」


 きゃ♡ とドナは頬に手を当てた。

 

 するとアイリーンが間髪入れずに、すぱーん! と切り離した。

 ロヴィの腕にしがみつくと、ドナへむすっとした顔を向ける。


「ロ、ロヴィは1人で着替えられますので! ご心配なく!」


 そらそうだ。姫、お母さん? と皆が突っ込む。


 姫、俺今冷たいですけど!? と慌てるロヴィに、よいのです! とアイリーンは頑なに離れようとしない。

 その様子を、ドナは暗い表情で見つめる。


(……なによ……この2人って……)


 むかむか……! と怒りが込み上げる。ずいっとロヴィに顔を近づけた。


「……振られろ」

「!?」


 お前、それ致命傷……! と胸を押さえてうずくまるロヴィに、どうしました!? と慌てるアイリーン。

 ドナは一緒にうずくまると、ロヴィの服をつまんだ。


「……戻ってきてよ」

「!」


 はっと動きを止めるロヴィ。


「寂しいよ。私、ロヴィがいい」


 ロヴィの真っ直ぐな瞳が、痛い。


「……戻らないよ、俺は」

「ロヴィ!」

「俺、父さん心底嫌いだし」

「でも――」

「でも」


 ロヴィは言葉を遮ると、頭にぽんと触れた。


「ドナは別に嫌いじゃない」

「……私はロヴィ憎いよ。私を置いて勝手に出てって」

「それでも、別に俺は嫌いじゃないから」

「でも……」


 ちら、とアイリーンを見るドナ。


「……家門に戻ったら……ほら、もしかしたら、ロヴィだって婚約者候補――」

「だとしても、戻らないって」


 ロヴィもアイリーンへ視線を向ける。


「一緒にいる方法は、俺が考えるから」


 ミックみたいに、と笑った。

 その笑みに、ドナは一瞬息が詰まる。悔し紛れに、手で首を突いた。


「腹立つ、その言い方」

「首……!!!」


 何でよりによって首……! と涙目になっているロヴィを見つめると、ドナは堪らず抱きついた。


「大好きよ、ロヴィ」

「知ってる」

「…………」


 思いきり抱きつくように、ぎゅうう……! と締めつける。


「俺も、って言ってよ」

「苦しい苦しい!」

 

 ロヴィの声に、はたと固まっていたアイリーンが、我に返る。

 は、離れてください!!! と真っ赤な顔でロヴィから引き剥がそうと引っ張るアイリーンを、ドナは横目で見た。

 

(応援なんてしてあげないんだから)


 小さく微笑むと、ロヴィの頬にちゅ、と唇を当てた。




 ロヴィの顔は私が守ります、と顔にぴたっとくっついているアイリーンの脚を支えているロヴィ。前は見えていない。

 護衛騎士って大変なのね……と引き気味のドナに、ロヴィはお前のせいだろ、と内心突っ込む。


「ほらほら行くわよ! ロヴィ行ける!?」とイライザ。

「何とかついていきます」


 何とか返事をするロヴィを見ながら、ウィルフレッドは鼻で笑った。

 

「途中まで押してってやろうか?」

「途中まで?」


 そう言うロヴィに、え? と目を丸くした。




 カンパーイ! とグラスの合わさる音がダイニングバーに響いた。


「……何で俺まで」グラスをどん、と机に置きながら、向かいのロヴィを呆れたように見るウィルフレッド。

「流れ?」

「どんな流れだ」



 落ち着いた雰囲気のある、ややこじんまりとしたその老舗のダイニングバーを、アイリーンは、わああ……! と瞳を輝かせて視線を巡らせていた。

 隣で嬉しそうに、そんなアイリーンを見つめるロヴィ。


「皆さんは、こういう場でお酒を飲み交わしているのですね……!」


 感嘆の息とともにそう呟いたアイリーンのきらきらとした瞳が、ロヴィへ向く。


「ロヴィとミックは、いつ出会われたのですか?」


 驚いて吹き出しそうになったお酒を、ロヴィは何とかとどめた。


「……聞きたいですか? それ」

「はい。気になります」

「10歳くらいっすよ」


 気づいたら後ろでロヴィにもたれかかっているミックが、グラスに口をつけながらそう言った。

 お前、いつの間に……と呆れるロヴィに、俺耳は案外いいのよ、と笑う。


「どうやって出会ったか聞きます?」にやにやとロヴィを見ながら、ミックはそう口にする。

「ミック!!!」


 だあああ!!! と口を塞ごうと立ち上がるロヴィを躱して、その席に座った。


「俺、キツネの血だからって苛められてたんですよね。で、親に貰ったアクセサリー取られて海に投げられて無くしたんですけど――」




『何してるの?』


 そう言ってきょとんと見下ろしているロヴィを、港の端で座っていたミックはきょとんと見上げた。


「え? いや……落とし物……」

「落とし物?」


 海へ顔を向けると、じっ、と揺れる海面を見つめる2人。


「……俺、泳げないんだよな……」とロヴィは呟いた。


 けらけら笑うミック。


「別にいーって」何お前取りに行こうとしてんの? と軽く鼻で笑う。


 よっ、と立ち上がった。


「大したもんじゃないから」

「…………」


 じ――、と海を見つめているロヴィ。


「……どんなやつ落としたの?」

「え? 何かアクセサリーみたいなやつ。ひっかける。金属の」


 そう言うと、ロヴィの目が輝いた。


「どんな?」

「え? え――……」


 こんな大きさの剣の形で、かっこいいやつ、と地面に指で描きながら形状を説明するミック。


「そんなの簡単じゃん!」

「へ?」


 ミックは目を丸くした。

 

「俺が作ってきてやるよ!」


 俺んち、武器職人なんだぜ! 明日ここに来いよー! と走り去るロヴィ。



 翌日。

 どや、と、謎の形状の金属の塊をミックの前に堂々と掲げたのだった。




 あはははは!!! とイライザ、ユージーン、レイの爆笑する声が店内に大きく響いた。


「どや! どやって!!!」

「自信作だったんだろうねぇ」

「目を丸くするミックの顔が目に浮かぶ……」


 くっ……!!! とロヴィは耳まで真っ赤にして机に突っ伏している。

 アイリーンの口から、はわわわ……! と声にならない声が漏れた。


「かわいいです……! かわいすぎます、ちっちゃいロヴィ……! 愛でたい……! 尊いです……!」

「かわいいって何ですか……!!!」


 きゅぅぅううん……! と頬を染めているアイリーンに、ロヴィは突っ込むに突っ込めない。

 するとリアムがミックを見た。


「それ、どんなものだったのですか?」

「見ます?」


 えっ? とロヴィが顔を上げた。


 ミックは、ごそごそと上着のポケットに手を突っ込む。

 さっと金属の塊を取り出した。


「ここに――」

「ミックぅぅうう!!!」


 おおお!? と慌ててミックの手ごと隠した。


「何で持ってるの? お前」

「ずっと持ってるけど」

「何で?」

「んー……お守り?」

「捨てて。まじで」

「やだ」


 ミック見せてー! と楽しそうな声を上げるイライザの元へ向かおうとするミックに、ちょおおお!!! とロヴィは必死に掴みかかった。


 


 イライザたちの席へ立ってしまったロヴィとミックを、ぽかんと見つめているアイリーン。


「……みなさん……そう席を立っては――」

「無礼講っていうんじゃないですか? こういうの」


 気づいたら隣に座っていたレイが、アイリーンの顔を覗き込む。

 そうなんですね……これが噂の……! とアイリーンは目を丸くした。


 ミックやユージーンに絡まれるロヴィをじっと見つめる。


「……不思議ですね」


 ぽそっとアイリーンは声を漏らした。

 レイの視線が、ちらっと向く。


「あんなに……皆でわいわいと……楽しそうな、家族のような隊の皆が私……大好きなのに……――」


 きゅっと痛む胸に手を当てる。


「なぜ……ミックや……皆と楽しそうなロヴィを見ると、こんな……胸が……」



「特別だからじゃないですか?」



 はたとアイリーンは小さく息を止めた。


 レイの声が、子供を諭すように優しい。



「好きなんですか? ロヴィのこと」



 アイリーンはその問いには答えず、困ったような顔で頬を染めた。


 

 ははっ、と笑うレイ。


「姫だって、朝の勢いでぐいぐい行ったらいいじゃないですか。ほら。ドナさんみたいに。無礼講だし?」

「ぶれいこう……」


 そ、そうですかね……? というか朝の勢いとは……? と目を瞬くアイリーン。

 

 ぱっとロヴィに顔を向ける。


(そ、そうよ! 優しいロヴィはきっと受け止めてくれるわ! いつも私を(物理的に)受け止めてくれているものね!)


 勢いよく席を立った。


「ロヴィ!!!」

「はい、アイリーン姫」


 ぴょん! と跳んでいくと、いつものようにロヴィの腕にしがみつく。


(ミックにだって愛してるって言ったのだし、軽い感じ、軽い感じで……――)


 (酔って)やや頬を染めてじっと見下ろすロヴィに、どきどきどきどき……! とアイリーンの胸が速まる。


「ロヴィ! あ……」

「?」

「……あい……」


 どしたの姫? と皆の視線が集まる。


「…………スクリームが食べたいです」

「はい、注文しますね」


 すみませーん、と手を掲げるロヴィに、だめね、私ったら……! と頬に手を当てるアイリーン。

 だめだこれは、とレイはグラスをぐいっと傾けた。




「美味しいですね……!」


 一際大きなアイスクリームをはむ、と口に入れては、瞳を輝かせるアイリーン。

 1口小さくない? 全部食べ終わる前に溶けちゃうとかかわいいんですけど……と、ロヴィが隣で頬杖をつきながら見つめている。


 アイリーンはわずかに視線を泳がせると、むすっとロヴィを見た。


「……何ですかロヴィ。そう見られては食べにくいのですが」

「す、すみません」

「食べたいのですか?」


 えっ!? とロヴィが目を丸くする。

 アイリーンはアイスクリームをスプーンですくうと、ロヴィの口の前に運んだ。


「お礼です」

「お礼?」


 ロヴィは目を瞬いた。


「……何のですか?」

「私と一緒に飲みたいと、言ってくれたことです。ロヴィが言ってくれなければきっと、こうして皆で無礼講することはできませんでしたから」


 恥じらいながらそう言うと、無礼講するって何ですか、とロヴィが笑う。

 その優しい笑い方に、アイリーンは目が離せない。


「では、ありがたく」


 そう言ってロヴィは軽くアイリーンの手に手を添えると、スプーンをぱくっとくわえた。

 どき! とアイリーンの胸が1度大きく跳ねる。


 ロヴィは顔を離すと、はあああ……! と机に雪崩れ込んだ。


「ど、どうしました!? 美味しくありませんでしたか!?」


 慌ててそう言うと、はは……! と笑いながら甘さの滲む顔を向けるロヴィ。


「最高に美味しいです」


 その愛おしい表情に、アイリーンの胸がきゅうう……! と締めつけられる。

 思わず腕にきゅっとしがみついた。


(かっこいい……かわいい………………好き!!!)


 ああもう! とアイリーンはロヴィの腕に顔を寄せる。

 ええええアイリーン姫!? と真っ赤な顔で慌てるロヴィを、愛おしそうに見つめたのだった。

 

 


 

「ああそうだ」


 宴もたけなわという頃。

 ブラッドリーがふと皆を一瞥した。


「ヴァロン王国が近々、ナヴランドへ来国することとなった」


 ぴた、と空気が止まる。


 え……? と皆の訝しげな視線がブラッドリーに集まった。


「表向きは視察だが、どうも第1王女様をカーティス殿下の婚約者にとお考えのようだ。晩餐会にアイリーン様が出席する際には頼んだぞ」


 うわー……新たな(めんどくさい)トラブルの予感……! と言いたげな顔で固まるロヴィ、ミック、ユージーン、レイ、リアム。

 次こそ巻き込むなよ頼むから……という圧を静かにかけているウィルフレッドとギルバート。


「あんたたち全員顔に出てるわよ」


 酒を飲み干すと、おかわりー! と1人グラスを掲げるイライザであった。

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