14話 - 暴走アイリーン
「おはようロヴィ。大丈夫? 二日酔い」
「見事に二日酔いです」
きりっとそう答えるロヴィに、笑うレイ。
「珍しいよね」
「ほんとほんと、1回やらかしてから極限までは飲まないようにしてた男がねぇ」
そう言って笑うユージーンに、え? なぜそれを? とロヴィははたと固まる。
はっ! と咄嗟にミックを見る。と同時に、さっ、と顔を逸らすミック。
お前、まさか……!? と、わなわなとミックを見ているロヴィの横で、ユージーンはやや乾いた笑い声を漏らした。
「珍しいと言えば、何なの? あれ」
「さあ……?」
不思議そうなユージーンと、めんどくさそうなレイが、少し離れた木を同時に見た。
その視線の先――そこには、木の裏にくっついてちらっと顔を覗かせ、じと……とロヴィを見つめるアイリーンの姿があった。
じ――……と、ロヴィへ鋭い目を向けているアイリーン。
(……何よ……ロヴィ普通ね……って覚えていないのだから、当たり前でしょアイリーン。え? 覚えていてほしかったって? だめだめ、全力で首を叩いて落としたうえ手首痛めたなんてバレたら呆れられるに決まっているわ。せっかくかわいいって言ってくれたのに……でも、ちょっとくらい、ほんの少し覚えていてくれたって…………何よ、ミックとばっかり楽しそうに……ちょっとくらいこっち見てくれたって……――)
すると、その視線に気づいたロヴィが不思議そうに(頭が痛いので)目を細める。
「……アイリーン姫?」
きゃあ……! とアイリーンは思わず赤い顔を両手で覆った。
(かっこいい!!!)
もう! と恥じらうアイリーンを、ユージーンとレイは若干引いた顔で眺めていた。
「いや、ほんと何なの?」
「さあ……?」
見かねたユージーンが、ロヴィに向き直った。
「ちょっと、アイリーン姫担当。何とかしてきて」
「…………はい」
若干気まずいながらも、ロヴィはアイリーンに近づく。
「……アイリーン姫。そこで何してるんですか……」
一方のアイリーンは、当のロヴィに声を掛けられ、どきー! と胸を大きく弾ませる。
(……ああもう!)
嬉しさを全身に滲ませると、ぴょん! とロヴィに跳びついた。
「ロヴィ!」
「はい」
自身を軽々抱き上げながら見上げてくるロヴィを、はわわ……! かっこいい……! とうっとり見つめる。
「……???」
やや困った顔のロヴィ。
困った顔かわいすぎない……? とアイリーンは瞳を輝かせた。
何なんだろうほんとに……と呟きながらその場に降ろそうとするロヴィに、はっ! とする。
「待って!!!」
ぎゅ!!! と全力で首にしがみつくと、ロヴィの口から、ぐっ……! と呻き声が漏れる。
「ロヴィ……! ブラッドリーに、王家御用達の飲み屋の場所を聞いてみたわ!」
「え?」
ロヴィの目が大きく見開かれた。
「ロヴィは覚えていないかもしれないけど……わ、私と一緒に飲めたらって……」
「ああ、それは素敵ですね」
素敵ですね……? 素敵ですねって言った……? とアイリーンは瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「場所がわかったら、い、一度2人で行ってみない?」
「はい。(視察で)一緒に行ってみましょうか」
きゅううん……! とアイリーンの胸は高鳴り、頬が赤く染まった。
「……はい……!(デート……!) 」
ロヴィ……今日はなぜそんなに囁くように話すの……? とどきどきしているアイリーンに、はは、二日酔いだからですよ、と小声で話すロヴィ。
どうでもよくなってきた皆。
「いやー今日いい天気っすねー」
「昨日の居酒屋美味しかったよね」
「そーいえばもうすぐ隊長誕生日じゃない?」
その横で、1人注視していたリアムが、なるほど、と呟いた。
「ロヴィさんと王女様が……恋仲だったとは……」
「まだね、まだ」
「進むっすかねーあそこから」
「そっとしといたら? 何か楽しそうだから」
「…………え?」
あれで? と不思議そうに2人を見るリアム。
その視線の先では、アイリーンがさっとクッキーを出していた。
「ロヴィ、お菓子は好き?」
「今は水が飲みたいですね」
「お水ね!? 向こうに噴水があるわ!! 行きましょう! ふ、2人で……!」
ロヴィの腕からぴょん! と跳び降りると、アイリーンは恥じらいながら腕にしがみついた。
きゃ! と弾みながら暴走気味にロヴィの手を引いた時、はっ! とその鋭い目線が皆に向く。
ついてこないでよ……! と無言の圧をかけていた。
行くわけねーだろ、いや逆に気になるけどねぇ、大丈夫ロヴィ二日酔い、と頭に浮かんだ突っ込みをスルーし、ミックとユージーンとレイは、行ってらっしゃーい、とにこやかに手を振ったのだった。
ロヴィとアイリーンは、ぽつんと噴水の前に佇んでいた。
「……ごめんなさい、ロヴィ……」
アイリーンはしゅんとした顔で、無意味に噴水の縁にもじもじと指で円を描いている。
「よく考えたら……噴水のお水は飲めなかったわね……」
「はは、気づいてたから大丈夫ですよ」
そう(頭が痛いので)微笑を浮かべるロヴィに、きゅうう……と見惚れる。
白い顔で口をつぐむロヴィをじっと見上げると、かすかに汗の滲む前髪の生え際にそっとハンカチを当てた。
「本当に……大丈夫? 本当にごめんなさいロヴィ……引っ張ったりして――」
すると、その手をきゅっと掴むロヴィ。
アイリーンの息が止まった。
「アイリーン姫こそ……手首、大丈夫ですか?」
「……――!」
耳まで真っ赤な顔で固まるアイリーン。
(……ま、また手を……!!!)
『俺の大好きは、もっと――』
昨晩のロヴィの言いかけた言葉が何度も頭をぐるぐる巡り、どきどきどきどきと信じられないくらい鼓動が速まる。
苦しそうに眉を寄せるロヴィに、あわわわ……! と頭が真っ白になった。
「……アイリー――」
「ロヴィ待って心の準備が!!!!」
ざばーん! と、うっかり突き飛ばしたロヴィの身体が勢いよく噴水に沈んだのだった。
「ロヴィ!!!」
ひゃー! 私なんてこと……! と慌てて噴水の縁に駆け寄るアイリーン。
噴水の中で座り込み片膝を立て、つめた……! と目を細め頭を抱えるロヴィの仕草に、またきゅん! と胸が弾む。
(――ってだめだめ!)
頭を振ると、慌てて辺りを見回す。
「なによ……! みんなどこにいるのよ……!?」
こういう時に限って……! と焦るアイリーンの背後で、ざば! と水の音がする。
ロヴィが自分で出たのかと振り返ると、そこにはロヴィの姿はなかった。
「………………ロヴィ?」
その背後の茂みで、赤と青の髪が一瞬揺れた気がした。
「ロヴィが誘拐された!!?」
ミックとユージーンとレイが、目を丸くして声を揃える。
こくこくこく! とアイリーンは全力で首を縦に振った。
「今日の昼何食います?」
「もうすぐ建国祭あるよねぇ」
「ローストビーフの露店また出るかな?」
「ちっとも聞いてくれない!!!」
私王女なのに……! あんなに王女嫌だったのに……今こそ王女力を発揮するときでは……? なのになぜ……? とぷるぷるしているアイリーン。
「アイリーン姫」
見かねたレイが、小さくため息をつきながらアイリーンの正面に立った。
「はい、レイ」
「大の大人は誘拐されません」
「でもロヴィかわいいから……」
真面目に返答するアイリーンに、きょとん、と固まるミック、ユージーン、レイ。
ばっ! と集まる。
「……どうしたんすかね? アイリーン姫。頭打ちました?」
「最近やばい人たちに囲まれてるからねぇ」
「たまーにあるよね……姫の暴走……これ拾わないといけないやつかな?」
ちら……と3人はアイリーンを覗き見る。
ほんとよ!? 怪しい赤と青の髪も見たわ! 急にいなくなったの! 今まで一度もなかったのよ!? ロヴィが私を置いてどこかへ行くなんて…………一度も……。……え? ロ、ロヴィって、ずっと私の傍に……?
と、1人でころころと表情を変えるアイリーンに、揃って、ふっ、と遠い目をした。
ばっ! と再び顔を突き合わせる。
「よし。聞かなかったことにしよ」
「はい」
「だね」
爽やかな笑みで振り返るユージーン。
「まあ、ロヴィ二日酔いだし、何か休みたくなったんじゃ……」
「そうそう、その辺で寝て――」
レイがそう言いかけたとき。
そこに、すでにアイリーンの姿はなかった。
「……あれ」
「早……」
「さすがウサギ……」
そのアイリーンはというと、涙目になりながら噴水奥まで駆けてきていた。
(何よ……! ひどいわユージーンたち……! ロヴィを見つけたら噛みついてやるんだから……!)
覚悟しなさい……ユージーン……! と闘志を燃やす。
(待っててロヴィ……! きっとロヴィは私の助けを待っているのだわ……そう! そうよ!!! ユージーンなんかが助けたってロヴィは喜ばないものね! 私が助けに行ったら……行ったら…………やだもうロヴィ!!!)
きゃー!!! と妄想に花を咲かせながら、ひょん! と怪しげな人物を見た茂みに跳び込む。
そしてすぐに、はっ! と目を見開いた。
そこの地面の芝が、朝露を帯びたようにきらきらと光を反射していたのだ。
しゃがみ込み、触れてみる。
「やっぱり……! ここ、少し濡れているような気がするわ……! ここにロヴィが――」
「あちらへ駆けて行きましたよ」
突然、頭上からおっとりとした声が降ってきて、アイリーンは驚いたように顔を上げる。
そこにいた人物に、わあ……! と瞳を輝かせた。
「…………リアム……!」
「すみません、私走るのは本当にだめでして。なので、一応去って行った方向だけはと思って見ていましたが」
きゃー! と跳び上がると、リアムの手を取った。
「誰も信じてくれなくて、途方にくれていたところなの!」
「はは、でしょうね」
途方にくれているようには見えませんでしたがね……? と不思議そうな顔のリアム。
本当よ? と言うと、アイリーンはリアムをきらきらと見た。
「リアム、今までどこにいたの……?」
「頑張って王女様を追っていたのですが……まるで追いつかなくて、びっくりしました」
「(ロヴィしか見えていなくて)まるで気がつかなかったわ……!」
驚きを滲ませながらそう言うと、ウサギって足速いんですねぇ、とリアムはのんびり笑う。
『ちょ……姫俺より足速い……待ってください! アイリーン姫!!』
ふと、いつも慌てている声が脳裏に浮かび、アイリーンは無意識に目を細めた。
「……ロヴィはね。文句も言わずに、いつも追いかけてくれるのよ」
本当に体力あるしね! と愛おしそうな笑みを浮かべる。
おお、これは……! と目を丸くするリアム。
「先ほど、ロヴィさんを連れ去った赤と青の髪の人……女性、でしたよ」
「えっ……女性……」
アイリーンは微かに息を呑む。
にや、とリアムが口端を上げた。
「追いますか?」




