15話 - ロヴィ誘拐事件?
「不思議ね……!」
街をリアムと駆けながら、アイリーンは目を丸くしていた。
「何だか、リアムと話していたら、少し落ち着いたような気がするわ……!」
なぜかしら……?? と目を瞬いている横で、リアムが、はは、と笑う。
「王女様、何というか……ええと…………ちょっと引くぐらい暴走してましたからね」
「溜めた割りには、まるで言葉を濁せていないわ、リアム」
「あー……すみません、王女様」
「いいのいいの! アイリーン姫でいいのよリアム! みんなアイリーン姫と呼ぶわ!」
そう言って、品のある笑みを浮かべる。
おお……、とリアムの口から感嘆の声が漏れた。
「暴走していないとちゃんとお姫様ですねぇ」
「暴走していないと、は余計よ?」
アイリーンは笑いながらも、やや鋭い目線を向ける。
びくっ! とわずかに肩をびくつかせるリアムであった。
――一方。
とある、街の喧騒が遠のく路地裏の一角。
ロヴィが、頭を垂れたまま、丸くなってうずくまっていた。
はあ……! とロヴィは苦しそうに息を吐いた。
「……っ…………吐いたらすっきりしたー!!!」
やべー死ぬかと思った……! と冷や汗を拭う。
「もう姫に誓って飲みすぎない……! 多分……!」
そこまで呟いて、はっ! 姫! と我に返る。
「ちょっと待て!? 何かアイリーン姫、今日妙にかわいくなかった……!? 何かすげーきらきらしてたような……? 気持ち悪くて記憶がおぼろげ……」
わなわなと震えるロヴィ。
「何で今日に限って……! 昨日に戻りたい! 何で飲みすぎた俺ぇぇえ!!」
「――ちょっと!?」
背後から、こつん! と頭をつつかれる。
「いきなり吐くとか何なの!?」
現実に引き戻されたロヴィが、嫌そうにゆっくり振り返る。
そこには、赤と青が混じる長髪をなびかせた女が、むすっと頬を膨らませて立っていた。
「いや……二日酔いに馬車はダメだろ……お前知らないの?」
「だから噴水の中にいたの?」
「お前あほなの?」
呆れたように白い目を向けると、女は再びロヴィの頭を手で突いた。
「……もー……! ロヴィがいきなり吐くから、馬車降ろされちゃったじゃない」
「知らないって」
あー頭いて、と呟きながら、ロヴィはゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、そーいうことで」
片手を掲げて、立ち去ろうと踵を返す。
「待ってよロヴィ!!!」
女に飛び掛かられた勢いで、ぐっ……!!! と再び首を痛めたロヴィであった。
ロヴィがゆっくりと歩く少し後ろを、女はじっと視線を送りながらついてくる。
「……お城に戻るんじゃないの」
「何しに来たんだよ」
「ロヴィに会いに」
「嘘つけ」
「…………嘘じゃないもん」
「嘘泣きすんな」
「ロヴィ冷たい」
「すげー冷たいよ、服」
「手、繋いであげよっか?」
「いい」
うる……と悲しそうな顔になる女。
「手、繋ぎたい」
「やだ」
「何でー!」
「俺が繋ぎたいのはお前じゃないの」
「…………」
すると、だだだだ! と走ってきた女が全力でロヴィの頭を手で突いた。
「腹立つ!!! その言い方まじ腹立つ!!! うざ!!! 振られろ!!!」
「相変わらず情緒不安定だなドナお前!?」
ぐっ……! と胸を押さえるロヴィ。
ふと、わずかに表情を曇らせる。
「……振られそうだけどな」
「…………」
ロヴィの顔をじっと見つめていたドナは、俯く。
「……ごめん」
「また何かあったの?」
そう言いながら、ぱっとドナの手を引くロヴィ。
ドナは目を見開くと、ほわ、と嬉しそうに頬を染めた。
「うん。またトラブル」
「お前も早く家出れば?」
あ、貰い手ないか、としれっと言うロヴィの頭をドナが再び強く突いた。
「ところで……」
街をリアムと駆けながら、アイリーンは小首をかしげた。
「私たちは、一体どこへ向かっているのでしょうか?」
「はは、まずそこからでしたね」
足を止める2人。
「ロヴィさんを連れ去った女性、とても特徴的な容姿でしたので、まずは聞き込み――」
「――待ってリアム!」
ぴーん! と背筋を伸ばすと耳を澄ます。
じー……、とアイリーンが見つめる先を、リアムは振り返った。
ギルバートは、馬車に揺られながら、昨日の出来事を回顧していた。
(婚約者候補としてアイリーン王女様と視察……ここまでは良かったよな……。で、なぜウィルフレッド公爵がついて来たんだ? しかもあの鳥乗せたハイエナ騎士……気づいたら王女様と消えているし、結局職人たちは公爵が纏めていたし……どうなっている? 何か最近ろくなことが……――)
「これは何ですか?」
「ふふ……それはもちろん、貴方へのプレゼントですよ、アイリー……――!?」
その瞬間、ぎょっ!? と目を見開くギルバート。
「まあ! 何て素敵な鳥かご……! ロヴィ(鳥)にピッタリ!」
「え? ロヴィさんに……?」
目の前で、鳥かごを片手に目を輝かせているアイリーン。
その隣には、見知らぬ小柄な男までおり、ギルバートは開いた口が塞がらない。
「アイリーン王女様!?」
「ありがとうございます!」
「ちょっと待って。ちょっと待って。ちょっと待ってください?」
「はい。どうしました?」
ギルバートは思わず、がし! とアイリーンの両肩に手を置いた。
「なぜここに?」
「僭越ながら、跳び乗らせていただきました」
きゃ! と恥じらうように両頬に手を当てるアイリーンに、かわいい、いやかわいいんですが、と上手く言葉が出ない。
「ギル様に、お力を貸していただきたいのです」
「ギル、様……!?」
手を取られ、きゅるん……! と乞うように見上げられたギルバートは、ふるふる震えた。
「――私でよければ」
おお……! 王女力……! とぱちぱちと拍手をするリアム。
その横でアイリーンは、ギル様とウィル様って(語感が)似てますね! と能天気な声を上げた。
「嫌です」
ふい、とギルバートは馬車の窓の外に視線を向けた。
視界の端で、アイリーンとリアムが揃って、むっ! と顔をしかめる。
「なぜこの私が……あのアイリーン王女様と消えた鳥の騎士を助ける手伝いをしなければ? 昨日の私の受けた屈辱を、あの騎士はわかって――」
「ギル様嫌い!!!」
ぴし、と固まるギルバート。
目の前で、うう……ロヴィ……と、リアムに泣きついて丸くなるアイリーン。
じと……とリアムからの冷たい目が刺さる。
ギルバートはふっと笑うと、さらっと長髪を掻き上げた。
「港のギルドは、町一番の情報の集まる場でもありますから」
すごいわギル様! と瞳を輝かせているアイリーンに、なぜこうなる、と出かかった言葉をぐっと堪えるギルバート。
馬車は、真っ直ぐ港町へ向かっていた。
「……それにしても……」
ギルバートが、ふむ、と腕を組む。
アイリーンはその続きを待つように、じっとギルバートの顔を見つめていた。
「赤と青の髪……随分目立つ姿のようなので、知っている職人がいればすぐにでも見つかりそうですが――」
そう言うと、アイリーンへ向いた目が、わずかに細まる。
「女性が騎士を連れ攫っていくとは……よっぽどの恋情があるのではないでしょうか。……お互い」
「え」
アイリーンは息を呑む。
「アイリーン王女様を抱えていた女騎士ほどの力でもない限り、無理やり騎士を連れ去ることは不可能でしょう。彼が、自らついて行ったと考える方が自然では?」
「ああ、それは確かに」
リアムも頷く。
「そういえば……抱えられて、というよりは、手を引かれて、といった感じでしたね」
「知人、もしくは恋人――」
だん!!! とギルバートのつま先を踏むアイリーン。
「知人、ということになるのでは?」
痛みを堪えながら微笑むギルバート。
ああ、なるほど、とリアムはぽんと手を合わせた。
「ロヴィさんの身辺を探るべきかもしれませんね。アイリーン姫。ロヴィさんの家門、ご存じですか?」
そこで――アイリーンは、昨日のロヴィの言葉を思い出した。
『俺は、家門から縁を切られた身ですから』
どく、と胸が大きく跳ねる。
と同時に、目の前がすーっと影を落としたように暗くなっていった。
「ちょ……ぉぉおお!? 爪! 爪食い込んでるからぁぁ!!」
「ロヴィが離そうとするからじゃん!?」
「お前が離そうとしたんだろうが!」
「違うの! 私は逆の手がいいの!」
「どーでもいいな!?」
道の真ん中で手を引っ張り合っているロヴィとドナ。
「何で右手だめなの?」
「剣持つから。知っとけ」
「しらなーい。私の知ってるロヴィは騎士じゃなかったもーん」
「アイリーン姫はちゃんと左手にしがみついてくれまーす」
「……なによ。姫姫うるさいんだから」
そう口を尖らせながら、ドナはひょいとロヴィの左側へ移動した。
ぎゅ! とロヴィの左手を握る。
「冷たいだろ」
「全身ずぶ濡れで歩いてる騎士とか、やばいね」
「もーいーよ。どうせ鳥を頭に乗せたやばい騎士と思われてんだから」
「何それ。乗っていいの?」
はっ! とロヴィは鼻で笑った。
「かわいい鳥限定――」
そうロヴィが言いかけた、その時――
キン……! と金属の合わさる高い音が突如響いた。
「……――!」
ロヴィは反射的に剣に手をかける。
音のした路地を睨んだ、次の瞬間。
2人の男が路地から吹き飛んできた。
咄嗟にロヴィはその男たちを蹴り落とす。
ぐぁ……!! 何する……!!! と叫ぶ男たち。
その男たちの上へ平然と立った男に、ロヴィはぎょっ!? と目を見開いた。
「――ウィルフレッド公爵!?」
「あ? 何だお前か」
「何してるんですか!?」
「お前こそ何してる?」
顔をロヴィへ向けながら男たちを踏みつけるウィルフレッドに、ほんと何してんの!? と思わず突っ込む。
その横でドナが、きゃ! とどさくさに紛れて抱きついた。
「やだ怖い!」
「お前も何してんのぉ!?」
一帯に、ロヴィの叫ぶ声が響いたのだった。




