第65話 衝撃の歓迎
―重厚な石造りの階段を一段下りるたび、地下特有の湿った冷気がフレッドの肌を容赦なく刺す。
先程までのローズによる街歩きガイドが嘘のように、地下通路には銀行の巨大金庫室を彷彿とさせる威圧感と、収まるつもりのない靴音が支配していた。
「ローズ、第3号室って...一体何のためにあるんだ?」
「特別な応接室よ。 叩き斬りたくなる程の大口顧客か、あるいは...」
―ローズはそこで言葉を切り、1つ、間を置く。
「自分の子供が"結婚報告"に現れた時くらいにしか使わない場所ね。」
「ッ!」
―ローズの邪悪な笑みと、大理石のタイルから這い上がる冷気がフレッドの背筋を凍りつかせる。
やがて2人の前には、不自然なほど黒光りする重厚な黒檀の扉が立ちはだかった。
ローズが迷いなくその扉を押し開くと、そこには金庫室のような豪華絢爛な装飾など微塵もない、異様な光景が広がっていた。
剥き出しのコンクリートや銀に光るダクトに囲まれたその空間は、殺風景な"ボックス"と呼ぶべき修練場であったのだ。
「よ、よく来たな、我が娘...そして、スミス殿!」
「来たか、ローズ。 そして青年よ...」
―部屋の奥からダクトの喧しい呼吸を背に、2つの声が重なって響いた。
「ふふっ、ちょうど1時間ぶりですね。 お父様、お母様!」
(お父様にお母様...つまり、あの人達が...)
―ローズが凛とした声で呼んだ先には、黒のトレンチコートを着込んだ2人の男女が佇んでいた。
1人は、生え際の後退が隠しきれないバーコードヘアーの中年男性。
そしてもう1人は、プラチナの髪をなびかせる、苛烈なほどに凛々しい女性。
その腕には、不釣り合いなほど数多くの剣が抱えられている。
(ローズと殆ど同じ、それどころかもっと若く見える...魔女は若返りでもするというのか?)
「ローズ、男を侍らせれば随分と可愛らしくなるものだな。 母は嬉しいぞ。」
「お母様こそ、剣を持つと人が代わりますね。 普段の艶やかさとは違い、壮麗の一言に尽きますわ!」
「ふっ、嬉しい言葉だが、母に世辞は結構だ。 そこな青年、名を申せ!」
―ベアトリクスの鋭い眼光に射抜かれ、フレッドは反射的に背筋を伸ばした。
「ア、アルフレッド・エドワード・スミスであります!」
「ほう..."ぬるいエール"と"質の悪いジン"でも啜っているのか?」
「ベ、ベアトリクス...流石にそれはお客に失礼で...「何か言ったか...?」」
―威圧の籠もった短い言葉
たったそれだけの言葉が、忠告をする男を突き刺す。
「失礼したな。 我が名はベアトリクス・フォン・ハイマン、そこにいるローズマリアの母である。」
「私は...イザーク...です。」
「これはご丁寧に、どうも。」
―フレッドは喉を鳴らした。
この母からは、ローズと同じ系統の、しかし比較にならないほど濃密で比類なき"圧"を感じる。
「本来ならばビールで、和やかに祝福してやりたいところだが...
まずはその力、見せてもらおうではないか!」
「力...と申しますと?」
「武の勝負だ。 もっとも、言葉を重ねるより、これを渡した方が...早かろう!」
―ベアトリクスは抱えていた剣を躊躇なく二人へ向けて投げつけた。
「安心しろ、その剣はゴム製だ。 まぁ、中に鉄芯は入っているがな。」
「キャー! ワタシコワイワー! 守って、私の騎士様!」
「なッ...!?」
―ローズの白々しい叫び声に、フレッドは全てを察した。
(謀ったな、ローズ! そうか、このためにわざわざ冒険者の格好を!)
「イザーク!」
「は、はいっ!」
「剣を取れ! 良いな?」
「勿論でございます!!」
―イザークのあまりの即答ぶりに、フレッドの頬が引き攣る。
「フレッド、準備は良い?」
「...この天使の顔をした悪魔め。」
「仕方ないじゃない...認めてもらうためにも、格好良いあなたを見せたかったんだもん。」
―悪びれる様子もなく、ローズは清々しいほどに開き直った。
フレッドの眉間に深い皺が刻まれたのは言うまでもない。
「とんだ我儘お嬢様だな...勝ったら、それ相応のご褒美でも用意してくれるのかな?」
「私との"熱い夜"がご褒...「ブナかオークの丸太がいい。」」
「......分かったわ。 後でいくらでも買ってあげる。
ただし、それは勝った場合の話よ!」
「あぁ、勿論忘れないさ!」
―その宣言が終わるのを待つまでもなく、2人は一糸乱れぬ連携で剣を構えた。
対峙するローズの両親もまた、容赦のない剣筋を披露する。
「さぁ、準備は良いか? 」
「その前に、ルールを聞かせてもらっても?」
「そうだな...我と我が夫、貴殿とローズマリアの2組で誰か1人でも倒れるまで、というので良かろう。」
「分かりました。」
「ジャッケットを脱ぎたければ、自分で脱いでもよいのだぞ?」
「お気遣い、痛み入ります。 ですが結構なお話です。」
(ジャッケットを目上の人の前で、しかも自らの手で脱ぐ...それは屈辱的且つ野蛮な動作だ。)
「ではジャケットに傷が付こうが構わんのだな...歓迎の余興を受け止めよ! "ヒュブリス・オレクシス"!」
―ベアトリクスが軽く突き出した人差し指から衝撃波が爆発的に放たれ、前方の電灯や扉が瞬時に割られてゆく。
無論、フレッドとローズは後ろへと吹き飛ばされてしまった。
「相変わらずお強いですね、お母様! ですがこのローズマリア、負けるつもりはありませんわ!」
―ローズが煙の中から流星のような速さで飛び出し、母娘の剣が交錯する。
それを合図に、愛と剣による"試練"の幕は上がったのだった。




