第66話 チェスゲーム
―"ヴゥゥン"と唸りながら粉塵を吸うダクトを背に、フレッドは剣を支えにして立ち上がる。
「ゲホッ、ゲフッ...」
(受け身に失敗したか...焦点が合わない!
ローズは...既に戦っているな。)
―ベアトリクスによって壁へと叩きつけられたフレッドは、ローズに遅れること数秒で意識を戻した。
しかし、その爪痕は深く刻まれていたのである。
「くッ...駄目だ、視覚に頼るのは無理か。 ならば、"ソナー"!」
―魔力の波がフレッドから飛び出し、部屋を駆け巡り彼へと戻ろうとする。
だがその本格的な発動よりも早く、彼の耳が異変を感じとった。
「11時の方向から、高速接近体!?」
―彼はすぐさま剣を構え直す。
「悪いな青年! 私の腰の為にも、ここで倒れてもらおう!」
―飛び出して来たのは、イザークであった。
フレッドの2歩手前まで一気に距離を詰めると、ゲートルに包まれた右足を跳ねさせる。
「来るか...ならば!」
―フレッドは剣を槍の様に構え、イザークを迎え撃つ。
「小癪な! "ルーク"!」
―イザークはその言葉を唱えると、直線的に後退離脱する。
その足はエネルギーに耐えきれなかったのか、ガクガクと震えていた。
(速い...! だが、叩くなら今のうちだ。 )
「極短時間で良い..."ファイヤー"、"メディエイト・リユニオン"!」
―口径5mmの炎の銃弾が飛び出し、それに似合わない程の爆風が一瞬、イザークの髪を撫でる。
遅れて、爆ぜる火の粉がイザークのサイドヘアーを掠めた。
「魔力で生み出した炎を別要素で推進させる攻撃...いや、違う...!」
「ハァッ!」
―フレッドはイザークの真横に突如現れると、上段から剣を振り下ろす。
対して、イザークがブレードの面を噛ませたことで、2振りの剣が交錯する。
「なるほど、あれは私の気を引くためだったと...青年よ!
だが、甘い。 "ナイト"!」
―イザークはまるで引っ張られる様に、L字を描きながらフレッドの背後へと周った。
振り下ろされていたフレッドの剣は制動を失い、不必要に地を叩く。
(まずい...相手はチェスの動き方をする。 それなら、これから来るのはビショップか...)
「"ポーン"!」
―男が選んだのは、初歩的な"歩兵"であった。
フレッドの斜め後ろから回避不能の一撃が迫り、半身が袈裟斬りにされる様な痛みが走る。
だが、それはフレッドのスーツに綻びはなかった...
「フレッド、早く立って!」
「ローズ!? なんで、こっちに!」
―彼の眼前に陣取ったのはローズであった。
そのブーツは空中で脱げたのか、イザークの後頭部へと着地を決めている。
「そんなの...吹き飛ばされたからに決まってるでしょ!」
―ローズの激しい目線の先には案の定、銀糸を垂らし、蒼に瞳を輝かせるヤツがいた...
「イザーク...毛が散っているぞ。 "ナイト"を使うほど苦戦しているようだな?」
「ベ、ベアトリクス! い、いやぁ、私は苦戦などしていませんよ!!」
―その場に、王者の威圧が流れる。
フレッドとローズは無意識の内に、互いの肩を合わせ、小声になっていた。
「袈裟斬りにされたのが痛むわ...フレッドは大丈夫?」
「いいや。 反映されたお陰で、今にも気絶しそうだよ...」
「そう..."ヒール"!」
―ローズを起点に、2人の周りを治癒の光が走った。
「だいぶ楽になったわね。 でも、魔力は残り少ないわ。」
「ローズが魔力切れになるのは防がないと...ベアトリクスさんの方は?」
「まだ、体力万全の第2形態...今の私達じゃ、敵わない相手よ。」
(第2形態...? ともかく、余裕が見て取れるのは確かだ。)
「お父様は、虫の息って感じね。」
「あぁ、まさにターンのない高速チェスゲームだよ...でも、チェスの動き方に変わりはない。」
(即ち、アプリカートを用意してしまえばいいのだ!)
「ローズ、少しでもいいから隙を作れるか?」
「隙を作る...分かったわ。」
「それじゃあ、始めよう!」
―フレッドはイザークへと一直線に向かってゆく。
その眼光にベアトリクスは映っていないのだ。
全てはローズを信じて...
(直上からの殴打...相手の体勢を崩せれば、それで良い。)
―しかし予想外にも、ベアトリクスにイザークを守る仕草は見られない。
それはイザークを信用しているからか、フレッドを侮っているのか...
だが、そこでローズが動いた!
「頑張って、フレッド! お腹の中の"アルフレッド Jr"のために!」
「「なッ!?」」
―その瞬間、2人の男が動きを止めた。
排熱の追いつかないコンピュータが"カクカク"と動作する様に、フレッドとイザークは不自然な軌道を描き、震える。
一方のベアトリクスは高らかに笑いを零していたが、男衆にそんな声は届かない。
「「アルフレッドJr...」」
(そ、そんなことはした覚えは...いや、これがローズの作戦か! 止まるな、僕! ターゲットを追い詰めろ!)
「"メディエイト・リユニオン"...!!」
―フレッドは瞬間的にイザークの頭上へと跳ぶと、剣のポンメルを下に向ける。
「ふっ、こうなれば道連れじゃぁぁあ...!」
―気でも狂ったのか、はたまた元からそうだったのか...危機的状況にあるにも関わらず、イザークは笑い出した。
「"クウィーン"!」
―全方位、全射程、全駒の動きを内包した全能の魔圧
頭上にいたフレッドも、叫んだローズも、そして発動したイザーク自身も、その圧倒的な重圧に臓腑を押し潰され、床へと沈み込む。
静寂が戻った頃には、1人しか立っていなかった...
「ハッハッハッ、実にくだらん茶番だ! だが、少しは愉しめたぞ。」
―ベアトリクスの冷ややかな声だけが、混沌とした戦場に禍々しく響く。
こうして、苛烈な試練は幕を下ろしたのである。




