第64話 本丸突入
―16時02分、別荘の門をくぐったフレッドを待っていたのは、もうすっかり新婚気分のローズであった。
「あぁ。 あれ? 祝賀会って言うからドレスかと思ってたけど...着替えた?」
冒険者としての格好...
見慣れてるけど、こんなところで着る必要なんてあるかな?
「こ、これは...駄目だった?」
―言葉に詰まったのか、ローズは上目遣いでその返事を濁す。
「いいや、駄目とは言わないけれど...」
「それなら、良いじゃない。 そ・れ・よ・り・も! 今日はどこに行ってたの?」
「ちょっと"イケシタ"のビアホールまで、ね。」
―彼がそう答えると、彼女は"スンスン"と彼の体をかぎ始めた。
その様相はまるで獲物を探す犬の様である。
「ビアホール...確かにヴルストと麦芽の匂いがするわね。 ん?」
「どうかした?」
「この匂い...女モノの香水...? あなた、説明して下さる?」
「あぁ、これは...」
―ビアホールの匂いに隠れる、あのナンパガールの香水がローズの鼻腔を挑発した。
ローズの目つきは"甘い新妻"から"冷酷な狩人"へと変貌し、フレッドに怒りという名の銃を突きつけている。
その瞬間、フレッドに残されたのは2つの選択肢であった。
――"ドチラヲセンタクシマスカ?"――
▶イイワケヲスル(HP全使用)
▶ショウジキニハナス(SAN値減少)
▷決定
選択の確定
これに決める
「"イケシタ"の街でお茶に誘われただけだよ。」
「ふぅーん。 で?」
「勿論、断ったよ。」
「本当に?」
「うん。 僕がローズに隠し事なんてする筈ないじゃないか?」
「本当かしら? で?」
「だから、きっぱりと断ったさ。 "あり得ない"ってね。」
「"あり得ない"? ふふっ、ずいぶんと勇ましいお返事ね。」
―そう言いつつも、ローズはゆっくりと眉を下ろす。
しかしその顔に浮かんでいるのは安堵の笑みではなく、獲物を追い詰めた肉食獣の様な艶やかで恐ろしい微笑であった。
「断ったのは信じてあげる。 でもフレッド、私以外の女があなたの服に触れるほど近くにいたのは事実よね?」
―彼女は一歩、また一歩と距離を詰め、フレッドの胸元に指先を滑らせる。
フレッドは彼女の袖からチラリと姿を現すナイフを見たが、きっとそれは彼の幻覚だろう。
「香水が移るほど近くで、どんな顔をして誘われたのかしら?
私、気になって夜も眠れそうにないわ。 ねぇ、償ってくれるわよね?」
「あ、あぁ、勿論良いとも。」
「そう...それじゃあ、早速行きましょ?」
「行くって、何処に?」
「何処って、決まってるじゃない! 私の実家よ。」
「ローズの実家...」
「"マルノーチ"の"サンノマル"近くよ。 歩いて行きましょ? 30分で着くから。」
"マルノーチ"の"サンノマル"近く...本当に官庁街近くの一等地だな。
「ほら、何してるの? 早く行きましょ!」
―彼女は呆けた表情のフレッドに無理矢理腕を絡め、再び門の外へと連れ出した。
「家に着くまで、色々見れるのよ。 例えばフルクハイム城だったり、裁判所だったり、市役所だったりね。」
「へぇ...」
「あっ、見て! フルクハイム城よ!」
―ローズの指差す先、堀の中にそびえ立っていたのは"漆と木の城"ではなく、バロック調の古城であった。
哀しいかな、その屋根に金の鯱鉾は載っていない。
「あぁ、あれがフルクハイム城...凄い立派だ!」
ここは大賢者の"魔の手"が及んでいなかったか。
それにしても立派だ。
無論、かのノイシュバンシュタイン城には遠く及ばないが、これもまた中々...
「20年ぐらい前、スコバヤシサンが城の屋根に金のモニュメントを載せようとして、守衛のお爺さんにステッキで叩かれてたわね。」
「..................」
大賢者...流石というべき行動力か。
「ここを所有してるのはオームランド伯爵家ね。
スコバヤシサンと仲が悪いことで有名よ。」
「伯爵って...中々に地位が高いじゃないか。」
「そうは言っても全然この街にいないのよ。
なんでも"大賢者の膝下は気分が悪い"って。」
「城まであるのに?」
「カントリーハウスの方が良いらしいわね。
まぁ、私の実家も同じ位に凄いのよ!」
「そんなに...?」
「ふふん! これから行くんだから覚悟してね? あっ、ほら見えてきたわよ!」
「うーん...えっ!?」
―ローズの指差す先
現にフレッドの視界が捉えていたのは...
「低層ながら重厚感ある建物...これは凄い!」
「そう、凄いでしょ!」
「あぁ!」
「ふふん! このオーラで隠すまでもないけど、これはスコバヤシサンが自ら設計した数少ない低層オフィス兼住宅の1つなのよ!」
「ん? オフィス?」
「あっ、言ってなかったっけ? お父様はフルクハイム銀行の創始者にして頭取なの。
つまり、ここは仕事場にして家っていうこと。」
「ん?」
―その瞬間、フレッドの頭には"Error"の文字が浮かんだ。
「つまり...ローズは銀行家の娘?」
「えぇ。」
「ローズは貴族?」
「何言ってるのよ! 私は一般市民に決まってるじゃない!!」
(昔も同じ答えを聞いたような...その言い方が怪しいんだよ。)
「僕はローズにとっての何?」
「当然、私の...私ただ1人だけのパートナーよ?」
「...............」
このお貴族様属性暴君に銀行家まで加わるのか?
"高潔な"エルフのハッタリだけじゃ、婚約すら怪しい...
「何を悩んでるの?」
「こう言うのはやっぱり、もっとお互いを知ってから...「まったく...グダグダ言ってても始まらないわ。 さぁ、入りましょう!」」
「えっ、ちょっと! ローズ!!」
―勢い良く駆けるローズが彼の手を引く。
しかし、フレッドにはその手を振り払うことは出来ず、とうとう重厚な扉の前へと連れてこられてしまった。
「ロ、ローズ! まだ心の準備が...「ほら、もう来ちゃったんだもの、しっかりして!」」
「分かったよ...」
―彼は背筋を伸ばすと、ピークドラペルからサイドベンツに至るまでを整え始めた。
「どう?」
「覚悟は決めた...あとは当たって砕ける気分でやるさ。」
―その瞳には、言葉通りに覚悟が見られる。
「そう...それじゃあ、入るわよ?」
「あぁ。」
―ローズの手は鉄の扉へと伸び、そのドアノッカーを叩いた。
そして彼女は返事を待たずして、扉を力強く、且つしなやかに開く。
「ローズマリア・フォン・ハイマン、只今、この地へと帰りましたわ。」
―フレッドもそれに続き、名乗る。
しかし、帰って来たのはローズの両親の声ではなかった。
「アルフレッド・エドワード・スミスと申します...「お待ちしておりました、お嬢様...そしてヘル・スミス。」」
「あら、セバスチャン。 ところでお父様達はどこに?」
(セバスチャン...いかにも執事といった名前だ。)
「地下の第3号室にて、お待ちになられています。 案内いたしましょうか?」
「結構ですわ。 下がりなさい、セバスチャン。」
「畏まりました。 では...」
――"ご武運を"――
執事の最後の声は地下室へと向かうローズの足音によって掻き消されてしまった。
そのローズの顔に不敵な笑みが浮かんでいたことは、誰も知らない...




