第61話 異世界の中の異世界...?
この物語は某"中京の都"とは一切の関係はございません。
―汽車はついに"フルクハイム駅"の巨大なプラットホームへと滑り込んだ。
だがそれまでの間、フレッドは生きた心地がしていなかった。
車内での失態を電信で報告した後、本当に気絶してしまった程である。
「フレッド、着いたわよ! ほら、早く降りましょう!」
―彼がローズの弾んだ声に促され、ぶっきらぼうに揺れながらホームに降り立ったその時だった。
人混みを縫うように歩いてきた、トレンチコート男と肩がぶつかる。
「おっと、失礼。」
―男は低く呟き、フレッドのポケットに"何か" を滑り込ませると、雑踏の中へ霧のように消えた。
(今、何か...って、これは!?)
―フレッドは冷や汗を流しながら、ローズが駅舎の近代的な意匠を懐かしんでいる隙にその紙片を広げた。
そこには、彼を安心させるに十分な"事後処理"の内容が記されていた。
――教団暫定報告――
送信された暫定論文は国際学術委員会により受理された
タイムスタンプ完了
論文内にスペリングの間違いが6箇所発見された
いずれも修正済み
車内からの通信内容は消去された
研究者の社会的・道徳的資質に重大な疑義あり
第3席司教がお怒りである、懺悔の用意をせよ
――報告終了――
「ふぅ...良かった。」
―"論文は守られた"という安堵により、彼は床のタイルに膝を突く。
暫定論文...彼の注意散漫を招いた原因が今度はフレッドの窮地を救うというのも皮肉なものだ。
だが、完全に目のイってしまっている今の彼には、そんなことも考えられない。
(あはッ! もう、なんでも良いや!!
帰ったら暗い知らせが待ってるなら、今は楽しむとしよう!! って、ん?)
―緊張からの解放により、ようやく視界が開けた彼...
だが視界が開けたことによって、彼はまたフリーズしてしまった。
「あなた、大丈夫? まさか、エルフ特有の"ウッドシック"ってやつかしら...?」
「...............」
「よ、よし! 私が木になってあげるわ!
ほら、抱きついてもいいのよ!?」
―帰郷の興奮で若干ハイになっているローズの気遣いを背に、彼は深淵の如き深呼吸を始めた。
すぅ...はぁ...
落ち着け、一旦落ち着くんだ。
まず目の前の光景を整理しろ、いいな?
北側: まるで伊吹山や御嶽山のように連なる険しい峰々。
南側: 中川運河のごとき存在感を放つ巨大な運河。
正面東側: 近代的なレンガ造りの家々と、高層ビルの数々...
「どういうこと...?」
「確かオークとかブナが好みだって言ってたけど...
ほら! たまには柔らかな乙女の肌なんてどう!?」
「.........」
「ほら、早く抱い...「ローズ、あの建物は?」」
「えっ? あぁ、あれは"サザンランドスクウェア"
骨組みにはアダマンタイトが使われているのよ!」
「へぇ...あっちは?」
「あっちは"大フルクハイムビルヂング"ね。 あれもアダマンタイト製よ!」
「じゃあ、あの奥にあるタワーは?」
「"フルクハイム電波塔"のことね! あれはただの鉄塔よ。」
「それじゃあ、あのネオン街は?」
「あれは...その、ニシキっていう歓楽街で...ちょっと、そっちじゃなくて私を見て!!」
―ローズは鼻息荒くも、説明を続ける。
「これ全部、お父様のお友達の大賢者"ジーニア=スコバヤシサン"が手掛けたの。 凄いでしょ!」
「う、うん...凄いけど...」
「ここが"フルクハイム駅"で、ハイガシヤマ線で言うと東にあるのが"フシミ駅"と"サカエ駅"ね。」
「路線図とか持ってない?」
「何言ってるの? 足元にあるじゃない。」
「え? あぁ、本当だ。 ありがとう。」
えっと、何々?
ハイガシヤマ線、メェイジョー線、サクラシュトラーセ線、ツルマイ線、カミーダ線...
ジーニア=スコバヤシサン..."あの街"からの転生者だったのか...?
次に駅名は...
タカバタからフィジガオカ、カナヤマにマルノーチ...
おぉ、見事なまでの既視感だ!
ん?
ササシマに貨物駅がない...ってことは再開発を知っているから、転生したのはそんなに前じゃないのか?
地図を見ると運河を開発したのか、港駅まで作ってる...
「あっ、ごめんなさい! そろそろお父様とお母様に挨拶に行かないと!」
「えっ、ちょっと待て!?」
「10時に金時計の下で会いましょう! それじゃあね!」
―風のようにローズは去っていく。
残された彼はただ呆然とそれを眺めていた。
「行っちゃった...」
待て待て!
僕の期待していた原風景はどこへ行った?
空気は街中を蒸気自動車が跋扈してるから、まぁ...
あっ、事故った。
これもまた、先人のやりたい放題の結果か...
まずはこの"名古屋風ダンジョン"を攻略し、黄金の秘宝に辿り着かねば!
................
迷った。
ここはどこ?
私は誰...って、何言ってるんだ!
ふぅ...状況を整理しよう。
まず僕はロータリーの噴水を目指して、駅の外に出ようと階段を降りた。
ところが、気づけば広大な地下街に飲み込まれていた。
地上を目指して進めば進むほど、なぜか地中深くへと潜って行った...
そうか、そう言うことか!
きっと、隠し転移装置のせいに違いない!!
―しかし彼は天井を見やると、何かに気付く。
そして笑みを零し始めたではないか!
そこにあったものとは...
「"グランドオアシス31...3番出口"...ふっ、さらばだ、迷宮よ!」
天は僕を見放さなかった。
きっと、これは聖書に語られる"ヤコブの梯子"に違いない!
―だが地上へ出た彼を待っていたのは、さらなる混沌だった。
「なんで空に水を湛えたガラスの天井があるんだ?」
ハハッ、幻覚に違いない。
だって、僕はフルクハイム駅にいた筈だ。
これは"サカエ"とかの施設だろう?
きっと、幻覚さ。
こういう時は地元民を頼るのが一番!
あっ!
きっと、あの御老人なら地元の人だろう。
「すみません、ここがどこかお教え願えますか?」
「旅のお方ですか...ここはアヅマ区アヅマザクラですよ。」
「これはご丁寧にどうも!」
「お待ちなさい、これを持って行くと良い。」
「これは?」
「大賢者スコバヤシサンより伝え聞く、憎き敵、ヨコハマのカップサンマーメンですよ。
さあ、これに"ミソソース"をかけるのだ!」
「えっと...どういう意味でしょうか?」
「この我々の唯一無二にして絶対の文化で、奴らの誇りを消し去るのだ! 早く、早く"ミソソース"をッ!!」
「は、はいぃ!」
「そうです、そうです! パスタもモヤシなどではなく"ミソソース"を望んでいるのですッ!!」
「は、はい!! 御老公殿!」
.......
はぁ...酷い目に遭った。
ここは...なるほど電波塔エリアか。
となると、金時計は西にあり!
「さぁ、いざゆか...ん?」
―その時、彼は背後から音もなく肩を掴まれる。
「待ちたまえ、そこの君!」
「....どなた様でしょうか?」
「吾輩はウィロー・グリューネヴァイデ...しがない菓子職人である。」
「その菓子職人の方が、なぜ僕を捕まえるんですか?」
「君はこの街の生まれかね?」
「いいえ、違いますが...」
「そう、それは良かった...実は、ういろには自信がありましてな! 是非、ご試食とご感想を頂けたらと思いまして...」
「そ、そうですか! 残念ながら時間が...「ご試食! 頂けたらと! 思いましてな!!」」
「........」
この街に...碌な奴はいないのか?
「アッ! アンナトコロに、テバサキ、ガ!!」
「なぬッ!? テバサキはいずこに!!」
よし、食いついた!
―彼は地面を蹴り、全速力で駆ける。
だが...
「さあ! 我が"ウイロ"をご賞味あれ! そして感想をッ!!」
「ぎぃゃあぁぁぁぁあ!!」
―何故か並走している菓子職人の執念に、彼の絶叫はフルクハイムの空に虚しく響き渡った。




