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守護者の剣 - 男を動かすのは情か理屈か -  作者: 佐藤太郎
第3章 帰郷 そして....
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第60話 講義と居眠りとお嬢様

―煤煙を吐き出しながら野を駆ける汽車、刻まれるリズムは心拍のように一定であった。


 フレッドはその照準をローズに据え、どこぞのコンピュータオタクの様な口調で"講義"の引き金を引いている。


 その実、初めは彼の内心を占める退屈という名の空虚を埋めるための遊戯だったのだが、(世辞で)喜ぶ彼女を見て徐々に火が付いてきたようだ。


「この世界において魔法の源となるのは"魔素"と呼ばれるものである...ここまでは、常識の範囲内だよね?」


「えぇ...そうね。 それで?」


―ローズは重たげな瞼を伏せ、まどろみの淵で彼の言葉を掬い上げる。


 その相槌は深い湖の底へ小石を投じる様な淡々とした響きを帯びていた。


「僕の研究では魔素というのはエネルギー体と仮定している。

 そしてここで、ある物質が登場するんだ。

 文書中は"Managen"だけど...今は"Ma"とおこう。」


「"マ"...(街についたらマックロドナルドに行くのも手ね。 牛ザブトン...いいえ、イチボバーガーも良いわ。)」


「この"Ma"は単体では極めて安定した性質を持つ原子であると解明された...

 これこそが、世界の根幹を揺るがす大発見なんだ!!」


「へぇ...そうね。 でも、ごめんなさい。

 少し、眠いの...着いたら起こして。」


「ちょっと、ローズ! 話はここからなんだよ!」


「もぉ...あと、3時間は掛かるのよ? 少し、寝かせて...」


―彼女の意識が遠のく様をフレッドは苦々しく見つめる。


 その姿は淑女というよりも、ひどく疲れ切った中年の男に近い倦怠の様相であった。


 もっとも、彼と再会してから1時間近く泣き続けたのだから仕方ないことなのだろう。


 だが、知的好奇心の拒絶――


 それは彼にとって、自らの存在意義を否定されるに等しい行為なのだ。


 彼は静かに、しかし挑発的に腰を浮かせる。


「ローズ、僕は次の駅で降りることにするよ。

 それじゃ......「駄目よ」」


―その声は、物理的な質量を持って車内を圧した。


 刹那、車内の温度が氷点下へと叩き落とされる。

 

 窓を叩く風の音が消え、ただ死のような沈黙が二人を包んだ。


 彼女は幽霊のように立ち上がり、網棚から荷を下ろそうとしていた彼の背後に音もなく忍び寄る。


 そして、その男性とそう変わらない程の腕を彼の腰へと深く回した。


「お母様もあなたを連れてきたら、きっと喜ぶわ。

 だから、駄目よ。 あなたは私といないと駄目なの...」


―"メリ、メリ"と不吉な音が車内に響く。


 彼のジャケットの上より、骨盤...その全てを陶磁器のように粉砕せんとする抱擁が加えられた。


「ローズ...こ、腰が...腰が砕ける...っ!」


「どうするの、あ・な・た?」


―サファイアの如き美しい碧眼には、彼以外の獲物は映っていない。


 彼は死の予感に震えながら、絞り出すように答えた。


「...是非、講義を続けさせて下さい。」


「それでよろしい。 それじゃあ、座りましょう?」


―彼は沈黙し、席に着かされた。


 まるでレストランの配膳の様に"配置"されたのだ。


「それじゃあ続きで、さっき言った通り"Ma"単体はそれ自体では魔法の働きをしない。

 4つの"Ma"粒子がテトラヘドロンの各頂点上に配置され、さらにその重心に第5の核粒子"Ma(core)"が存在することで、初めて意味をなすのさ。」


「へぇ...どうやって?」


「この周辺4粒子間には強大な斥力が働いているけど、中心の"Ma(core)"が放つクーロン力がそれを繋ぎ止めているんだ。」


「ふぅーん...?」


「でも、これだけじゃ駄目なんだ。 さらにこの系の外から格子状の電磁障壁によって無理やり拘束されることで、極めて高いエネルギー状態へと至るんだ。

 そうだな...この場では、この状態をMa(complex)と呼ぼう。」


「へぇ...そう言えば、何で4つなの?」


「対称性と安定性のためだよ。

 中心核を囲むこの幾何学構造が保てないと、まとめる以前の問題だからね。」


「なるほど...ミスジ、シャトーブリアン、イチボ、ザブトンのパティを中心のゴーダチーズで繋いで焼きたてバンズで挟み込んだ王道のクワトロバーガーみたいなものね!」


「全部同一粒子だから違うけど...」


「あら、そう。 つまりこれはヘキサバーガーの系譜ね!」


「? ...一旦、話を戻そう。

 そして、神経系による障壁の解除が行われた瞬間、中心核の性質は反転し、"Ma"粒子が任意のベクトルを持って離散する際に生じる莫大なエネルギー...これこそが"魔素"の正体なんだ! どうだい、大発見だろう!?」


―フレッドの眼差しには、狂気にも似た悦楽が宿っている。


 だがローズの着眼点は、その物理的な真理にはなかった。


「それよりも...さっき"僕たち"と言ったわね? それは一体、誰かしら?」


「え? 当然、同じチームの人だよ...?」


「女は?」


「女って言い方...確かに1人、"あんなこと"や" こんなこと"を手伝ってもらってる人はいるけど...?」


「"あんなこと"や"こんなこと"ですって!? それじゃあ、必ず私に紹介してね!」


「...何で笑ってるの?」


「なんだか、良いお友達になれそうな気がするからよ! ふふっ。」


―彼女の唇が描く弧は"断罪ですわぁ!"と言わんばかりに美しくも酷薄であった。


(何だろう...絶対に紹介したら駄目な気がする....)


―フレッドは本能的な戦慄を覚えながらも、自らの講義を完遂させるべく意識を情報の海へと沈めた。


「気を取り直して...そしてこの不安定な Ma(complex) を生成・維持できるのは、一部の皮膚真皮層に集中して存在する膜貫通タンパク質複合体のみであり、そのリン脂質という名のコンデンサで量子トンネルによるスピン配列が、障壁及び中心核を制御する極局所的な強磁場を形成するんだ!」


「それをまとめると?」


「即ち、静止膜電位を意図的に偏向させ、その電場を磁場に変換して重心粒子と周辺粒子を固定するのさ!」


「ふぅーん...全然分かんない。」


「要するに、この細胞こそが中心核を軸に粒子を閉じ込める"磁気瓶"なのだよ、生徒ローズ。

 そして術者の神経系から細胞へ信号が到達すると、細胞は磁気瓶をパージする。 そういう仕組みさ。」


「へぇ...やっぱり分かんない。」


「そしてローズが爆食なのに太らないのも、冬でも薄い服を着ていられるのも、全てはこの細胞の仕業なんだ!」


「余計なお世話よ...要するに、バネが跳ね返る力が魔素ってこと?」


「まぁ、そういうことだよ。

 まさに世紀の大発見...ブレークスルーなんだ!」


―彼は咆哮した。


 ローズの冷ややかな視線など今の彼には届かない。


 それは紳士や血の囚人よりも、もっと深い精神レイヤに位置する、深淵の探究者としての剥き出しの姿であった。


「だが、おのれ不届き者めぇ!

 僕の理論を奪おうとするとは実に許しがたい!!」


「ちょっと、興奮し過ぎよ。」


「だけど、まだ放熱とかに関してははっきりしてないんだ。

 でも、この全てを説明出来た日には...僕は歴史に名を残せる!」


「へぇ...(ああ...サイドメニューの男爵芋フライドポテトが食べたいわ。)」


「いつか教科書にでも載せられるくらい、理論を完成・簡略化してみせるさ!」


「そう...そう言えば、それって、ここで喋っても良いの?」


「あっ...」


―ローズの一声に、フレッドの勢いはさっぱりと消えた。


 車内に響くのは、不規則な振動音とフレッドの間抜けな声だけである。


「どうしたの?」


「い、いや、なんでもないよ!? これは最近読んだ面白い小説の話なんだよ!! 本当になんでもないよ!?」


―彼は叫ぶと同時に車内の電信スペースへと駆け出し、教団に報告に入った。


「まずい..."情報流出可能性につき即時の対応求む"だから..."−・・ ・−・ ――・ / −・・ ・− − ・ −・ / ・−・・ ・ −・−・ −・−"と。

 えっと、えっと...乗客には...スポンサーになってもらうか!?」


―フレッドは震える手を抑えるために肘を付く。


 それでも(なお)、彼の右手は不本意に(うず)いていた。


「ふぁ...眠い...それじゃあ、おやすみ...なさ...い。」


―もっとも、彼の魂の絶叫も彼女が抱える甘美な眠気には勝てなかったようであるが...

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