16. あいつに渡す気なんかない
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ダリアが屋敷へ帰ってから、一週間。
表面上、魔王城からのダリア奪還を果たした俺は、クレイトン公爵から丁重な礼を受けた。
婚約も順調に話が進んでいることもあって、足しげく公爵家へ通っている。
最初は「またいらしたんですか」と冷やかすような視線で俺を見ていた使用人たちも、最近は「おかえりなさい」と温かく迎えてくれていた。
慣れって怖い。
――ダリアの部屋。
「ルーク、明日は就任式よね」
風に揺れる、紺と金が基調のカーテン。
差し込むやわらかな陽の光。
テーブルを囲んで隣に座ったダリアが、ティーカップを持ったまま俺に視線を移した。
「あー……そうだな」
高位王宮魔導士の就任式は、王城前の大階段に設置された儀式台で行われる。
王都の魔物避けの結界を張り直す役割も兼ねる、王族も貴族も集まる盛大な式典だ。
考えるだけで胃が痛い。
そんな俺とは対照的に、ダリアは嬉しそうに身を乗り出す。
「実は、わたしも出席することになったの。
ルークの結界、見るの楽しみだな」
弾んだダリアの声。
「人前は苦手なんだよなー」
と答えながらも、こんなに嬉しそうにしてくれるならまあいいか、という気にもなってくる。
「どうぞ」
ふいに、す、と焼き菓子の乗った皿が差し出された。
見上げると、メルティがいつもの侍女姿で俺を見下ろしている。
「……どうも」
若干警戒しながら受け取る。
魔王城を出てからのメルティは、拍子抜けするほど大人しかった。
侍女としても護衛としても完璧。
少なくとも、表面上は危険な様子はない。
……今のところだけど。
ダリアの隣で紅茶を注いでいる姿を見るたび、こいつ魔王なんだよな、と脳が混乱する。
お茶を一口飲み、ふと思い出す。
「就任式って、貴族も集まるんだよな」
「そうよ」
「……ダリア」
「ん?」
「あのさ、手紙の件って、クレイトン公爵にはもう報告してあるんだよな?」
「!」
ダリアの肩が、びくりと揺れた。
…………は?
胸の内が、ざわりと騒ぐ。
「何、その反応。何もしてないってこと?」
「そ、そんなわけないでしょ。ちゃんと断ったわ」
「公爵から正式に?」
「それは……」
ダリアの視線が泳ぐ。
メルティが首を傾げ、なんのことですか、とばかりに俺を見た。何も知らなそうな、深紫の瞳。
あー……。
「なるほど、なるほど。
つまり、自分で断りの手紙は出したけど、公爵は通してないってわけね」
自然と低くなる声。
自分で目が据わっていくのが分かる。
ダリアが、分かりやすく固まった。
「ル、ルーク。その話は後で」
「――ダリア」
逃げようとする視線を、正面から捕まえる。
ひ、とダリアが喉の奥で小さく呻く。
「命令してもいいってやつさ、まだ有効?」
「え、あ……もちろん」
「じゃあ、今使う。
エドガーの再婚約の申込の件、すぐにクレイトン公爵に報告して。
で、さっさと正式に断れ」
ひたり、と空気が止まった。
「え、は?
あの、どういうことですか?」
横から、メルティが口を挟む。
「メルティ、そ、それは……っ」
「魔王に攫われる前、エドガーから再婚約の申込があったらしいよ」
「はあああ?」
メルティの声が一段高くなる。
そういえば、あの時の自分もこんな顔をしていた気がするな。
「そんな話、聞いていません。
なんで言わなかったのですか、ダリア様!」
「わ……わたしが断れば、大丈夫かなって……」
「相手はエドガー様ですよ。
ダリア様には優しかったかもしれないですけど、あの人かなり面ど――いえ、失礼。
とにかく急いで公爵様に報告を。
いえ、いいです。わたしがしてきます!」
勢いよく踵を返し、メルティが部屋を出ていく。
ばたん、と扉が閉まる。
静寂。
改めて、俺はダリアを見る。
「なんで公爵に話さなかった?」
「…………」
ダリアは、俯いて答えない。
「知られたら、俺との婚約は帳消し。
エドガー様の再婚約が進むと思った、とか」
「!」
はっ、とダリアの顔が上がる。
……当たりか。
クレイトン公爵はかなり現実主義だ。
将来性や利益を冷静に見る。
エドガーは大公爵家の嫡男。
本来なら、俺よりよほど釣り合いがいい。
ただ俺は高位王宮魔導士だが、最高位王宮魔導士の弟子という側面もある。
魔導会との繋がりを重視する公爵なら、簡単に切り捨てはしないはずだ。
「大丈夫だよ。
クレイトン公爵って魔導会との繋がりをかなり持ちたがってるだろ。
なら、俺を無下にはできないはずだから」
「……そうなの?」
「うん」
「そっか。良かった……」
ほっ、とダリアが息をつく。
あまりにも安心しきった、嬉しそうな表情だった。
可愛らしいその表情に、つい口角が上がる。
「俺との婚約、そんなに取り消されたくなかった?」
「え……」
半分、からかうつもりで言った言葉だった。
それなのに。
ダリアの顔が、みるみる赤くなっていく。
「え……。
ほんとに、そうなの?」
「っ」
俺から逃けるように、視線が逸れた。
けれど。
真っ赤に染まった顔が、小さく、小さく頷く。
そんな顔、反則だ。
胸の奥が、一気に熱くなる。
「ダリア……」
気づけば、自然と身体が動いていた。
そっと、彼女へ手を伸ばす。
白く細い指先に触れると、ダリアの肩が小さく震えた。
「る、ルーク……?」
戸惑った、けれど熱を帯びた声。
「婚約、エドガーに渡す気なんてないよ」
潤んだ碧の瞳が、俺を見つめる。
そして、
「……ん」
ダリアが、照れたように頷いた。
甘い声に、どくん、と心臓が鳴る。
こんなの、理性が持つわけがない。
そっと。
白く、柔らかそうな頬に手を伸ばす。
長い睫毛が不安そうに揺れて――でも、彼女は逃げなかった。
ゆっくりと、縮んでいく距離。
俺が近づくほど、その瞳がやわらかく閉じる。
赤く染まった耳たぶが、指先に触れる。
ぴく、と震える初心な仕草がかわいくて、頭がくらくらした。
こんなダリアの姿、誰にも見せたくない。
そんな独占欲が頭をもたげる。
唇に触れる、彼女の甘い吐息。
あと、少し。
そう思った瞬間。
がちゃり、と扉が開いた。
「失礼します。
公爵様にお話を――あら」
勢いよく振り返ると、そこには書類を片手に立ち尽くすメルティがいた。
深紫の瞳が、俺たちをじっと見つめる。
「もしかして、お邪魔でした?」
にっこり。
完璧な、侍女の笑み。
「………………いや、別に」
絶対、絶対わざとだろ。
心の中で訴える。
一瞬で失せた甘い空気に、俺は無言で天井を仰いだ。
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