15-4 守ってくださいね、わたしから。
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「――ダリア様の涙は、特別なのですよ」
と、メルティは言った。
「特別?
何。またダリアの泣き顔が……って話?」
「いいえ、そうではなく」
ため息交じりに答えた俺に、メルティが首を振る。
一瞬躊躇するように下にそれた瞳は――やがて、俺を捕える。
「何だよ」
「誰も――恐らく私以外気づいていませんが、彼女の涙には魔物を傅かせる力があるようなのです」
メルティの表情は、真剣そのものだった。
「は?
なんだ、それ。聞いたことないぞ、そんな力」
「それはそうでしょう。
そもそも『魔』と付く者は、魔力のない者に興味を持ちません。
そんな『魔』が人間の涙なんて注視すると思いますか?
あの時、わたしの視界にダリア様が入ったのだって、偶然にすぎません。
そのまま記憶にも残らない、ただの風景になるはずだったのです。
それが――」
その口元に、自嘲するような笑みが浮かぶ。
「恐ろしいものです。
あの涙を見た瞬間、手を伸ばさずにはいられなくなったのですから」
そう言って、メルティは自らの手を見つめた。
思い出を辿るような、遠い目。メルティは続ける。
「もう何百年と生きていますが、あんなことは初めてでした。
小さくて、非力な人間に――それも子どもに、どうあがいても傅いてしまう。
そんな自分が面白くて、愉快で。
でも――ダリア様と過ごす内に、惹かれるのは涙だけではなくなっていた。
涙だけでなく、笑顔さえずっと見ていたくなった。ずっと、笑っていてほしいと、望むようになってしまった。
もし、これが人間が言う『愛』というものなら、随分と不便で煩わしいのですね」
諦めたようなため息を着くわりに、その声色は穏やかだ。
ダリアを見る柔らかい表情に、魔王らしさは一ミリもない。
「今回、ダリアをさらったわけは?」
「エドガー様との婚約破棄以来、人の噂で傷ついていたダリア様を避難させてあげたかったのですよ。
それに、新しい婚約の話にも胸を痛めていらっしゃって」
メルティの視線が、ぎろりと俺を刺す。
「……また俺のせいかよ」
「そうですとも。
まあ、婚約者について何も知ろうとしなかったダリア様も大概ですがね」
「そんなにダリア第一なお前が、なんで呪いなんてかけたんだ。
ダリア、辛そうだったんだぞ」
苦虫を噛んだように、メルティが顔を歪める。
「あれは……誤算です」
「誤算?」
「眠れない程度で人が悩むなんて、貴方に言われるまで気づかなかったんですよ。
わたしは、ただダリア様を守りたくて……」
「は? どういう?」
いいですか、ルーク様。
と前置き、メルティが真剣な目で真っ直ぐ俺を見る。
「ダリア様と、自分の城で二人っきりなのですよ。
無防備に眠っているダリア様を見ると愛しくて愛しくて………つい、襲ってしまいそうだったので」
「!」
それは絞り出すような声だった。
「おま……!
人には変態変態と言いながら、お前こそやっぱやべえヤツじゃねえか!」
「魔王にだって、そういう欲はありますよ」
メルティが気まずそうに頬を掻く。
「ルーク様だってそうでしょう。彼女を遠ざけたのは、そういう理由では?」
「……それは……」
否定できないのが悔しい。
そうでしょう、と勝ち誇ったように微笑むメルティに、俺は舌打ちする。
「でも、良かった。
女の姿を保っていても尚、日々我慢が効かなくなってきていた自分が恐ろしかったのです」
「え……。女の、姿?」
「あら。
さっきの戦闘でも少し姿形を変えていたのですが……気づきませんでしたか?
この肉体は人間を模したもの。老若男女、姿なんて自由自在です。
ほら、このように」
ぱちん、とメルティが指を鳴らす。
瞬間――
メルティの体が、ぼう、と光に包まれた。
体の輪郭が揺らぐ。
光が晴れた先に立っていたのは――
臙脂の外套を羽織った、魔王の姿。
赤い仮面を取る姿は、先ほど戦った時よりも威圧を感じる。
ほどよく筋肉のついたたくましい体。
長い黒髪は美しく、切れ長の深紫の瞳はつい見惚れそうになるほど。
息を呑むほどの美貌に、思わず後ずさる。
「ひ……卑怯だろ、そんなの!」
メルティ――いや、魔王が目を細める。
「卑怯と言われても」
低く甘い響きの声で、それは笑う。
その声だけで、背筋がぞわりとした。
「女の姿をしていたのは、一重にその方がダリア様の傍にいられると思ったからですし。
実際、ダリア様お付きの侍女になれました」
満足そうに笑う魔王。
「まあ、もう今は侍女の姿でいるのが楽になってしまいましたが」
もう一度、 メルティの体が、ぼう、と光に包まれる。
いつものメイド服。妖艶な美女の姿。
濃紫の瞳が、切なく伏せられる。
「――呪いが解けたのだって、事故なんですよ」
「事故?」
「ダリア様が貴方を庇ったので、わたしは自分の攻撃魔法を抹消しようとしたんです。
でも、慌ててしまって上手くできなかった。
魔力の制御が乱れて――その結果、弱まったのが『声の魔法』と『不眠の呪い』というわけです」
メルティが俺を見て、ふ、と笑う。
「後は貴方のお察しの通りです。
あの場でわたしが『不眠の呪い』を解いてしまったら、わたしが術者とバレてしまう。
そうなれば、もうお傍にはいられないでしょう。
なので、貴方の癒しの魔法に合わせて、解かせてもらったというわけです。
それに、もう必要ありませんしね。
――何より、良いお目付け役も見つけましたから」
にんまり、と笑って彼女が言う。
嫌な予感。
「日々美しく成長していくダリア様は破壊力がすごくて……
貴方は人間にしては強い。
これからは、貴方がダリア様を守ってくださいね。
――わたしの手から」
メルティが不敵に、美しくウインクする。
「え」
守ってって。
わたしの手からって。
それって……
「お前もうダリアに近づくな!!」
うっとりとダリアを見つめるメルティの視線に、思わず叫ぶ。
気の休まる日は、まだしばらく来ないのかもしれない。
次回予定日:5/9(土)
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