15-3 魔王はすぐそばに
「魔王のフリって言ったけど、違うよな。
――メルティ。お前が、魔王だ」
深紫の瞳が、俺を見据える。
「は? 何をボケたことを――」
ひらり、と逃れる視線。
でも、ここで逃がす気なんかなかった。
「うるせえ。
城に纏わりついてた黒い靄も、あんなまがまがしいオーラも、人間にはだせないんだよ。
おかしいと思ってたんだ、その怪我」
すっ、とメルティが包帯の巻かれた右手に手を添える。
右手を怪我をしたのは、俺がダリアを抱きしめた夜の翌日。
朝食の準備中に火傷したと言っていたが、あれだけ強いメルティがそんなことで包帯を巻くほどの怪我をするわけがない。
きっと、あの夜。
何か異変を感じ取り、俺の部屋の扉を開けようとしたんだろう。
結果、結界に弾かれた。
なんで気づかなかったんだ、と眉根が寄る。
「さっきから、何を言っているか分かりませんが」
「あのな……。
そもそも、呪いが癒しの魔法で解けたことが何よりの証拠なんだよ。
あんな魔法で、あの呪いが解けるわけない。
しかもあのタイミングで……まるで本当に癒しの魔法で解けたみたいに。
そんなん、術者しかできないだろ。気づかないとでも思ったのか」
「………」
凍るような沈黙。
どくんどくんと、心臓が脈打つ。
ダリアの膝裏を掬っている手に、じんわりと汗が滲んだ。
メルティの深紫の瞳が、俺を捕える。
やがて、肩をすくめた。
「あんな魔法と言いますが、あの癒しの魔法だって相当難易度の高いものなんですよ?
そういうところが、高慢に見えると言っているのに」
貴方の自己肯定感の低さはどうしようもないですね、と、その唇が美しい弧を描く。
そして、
「――まあ、ばれてしまっては仕方がない」
「っ」
それは、さっきの魔王の声に似た、愉しそうな声だった。
「では、まずこの扉を開けてもらえますか。
また手が焦げたら、さすがに業務に差し支えるので」
言葉と同時に、空気が変わる。
ひやり、とした気配が肌を撫でた。
◆◆◆
ゆらゆら、体が揺れている。
ルークが運んでくれているんだろう。
あったかい。心地いい。
深く沈んでいく意識の中で、昔、そういえば同じようなことがあったと思い出す。
母様が死んだ日。
森で一人、泣いていた私の前に、これまで見た誰よりも美しい人が現れた。
臙脂の外套。
長い黒髪。
深紫の瞳。
とてもきれいな、男の人。
その人は、泣いているわたしに跪いて、静かに頭を垂れた。
「泣くな」
甘い、テノールの声。
「お前が泣いていると、なぜか手を伸ばしたくなる。
目が、離せなくなる」
その声は、戸惑うように、けれどどこか嬉しそうに震えていた。
大人なのに、どこかすがるように伸びてきた手。
わたしは、そっと手を重ねたと思う。
その手は、冷たくて、でも、優しくて。
「この森は獣が多い。家へ送ろう」
そう言って、その人はわたしを抱き上げた。
それきり。
目を覚ましたら、わたしは屋敷にいた。
屋敷の門で、倒れていたらしい。
その美しい男の人のことは、誰も知らなかった。
――懐かしい。
どうして、今になって思い出したんだろう。
そういえば、あの臙脂の外套。
わたしを攫った魔王が羽織っていたものと、よく似ていた。
その魔王のふりをした、メルティが羽織っていたものとも。
あの時の、あの人は――
考えようとした瞬間、意識が更に沈む。
もう、何も考えられない。
ただ、あったかくて、心地よくて。
あれ。
ええと、なんだっけ。
何か今、大切なことを思い出した気がしたのに……
◆◆◆
そっと、ダリアをベッドに横たえる。
天蓋付きのベッド。
白いシーツ。
ふわふわの掛布団を胸元まで引き上げると、ダリアは小さく身じろぎして、そのまま穏やかな寝息を立てた。
その横顔は、まだ少しあどけない。
「それにしても、さすが高位王宮魔導士様ですね
いつわたしが魔王だと気づいたのですか?」
振り返ると、メルティが椅子に腰かけ、足を組んでいた。
「確信したのは、仮面の正体がお前だって分かった時だ。
あの魔法も、邪気も、全部本物だった。
仮面の下がお前だってわかった時は戦慄したぞ、まじで」
「なるほど。
恐怖の中でプロポーズですか。
やはりなかなかの変態ですね」
「………お前に言われたくない」
メルティが、くすりと笑う。
「魔王と知っても、わたしに去れと言わないのですね」
「……ダリアにとって、お前は大切な侍女だろ」
メルティの瞳が、ダリアへ流れる。
優しい微笑み。
その瞳が、ダリアを愛していると語っている。
「お前……。
そんなんでよく黙って俺のプロポーズ聞いてたな」
「あなたのプロポーズと、わたしがダリア様を愛していることに何の関係が?」
「……え」
関係ない?
そんな重たい愛情を公言しているくせに?
そう言いたかったが、やめた。
こいつにとっては、本当に『関係ない』んだろう。
ひょっとしたら、恋とか独占欲とか、そんな次元でダリアを見ていないのかもしれない。
そんな感情ではない、もっと別の――あの呪いみたいにしつこくて、歪んだもの愛情。
聞いてみたかったが、聞けば無視できなくなる気がしてやめた。
「……ダリアの侍女には、いつから?」
「ダリア様が10の頃ですよ。
話したでしょう。
森で泣いている彼女に惹かれたと。
それからわりとすぐに侍女が募集されたので、申し込んだわけです。
もちろん、人間として」
「そんなにダリアの泣き顔に惹かれたのかよ」
ふ、とメルティが笑う。
「――ダリア様の涙は、特別なのですよ」
ベッドに横たわるダリアを見つめ、メルティは少しだけ声を落とした。
次回投稿予定日:5/7
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