15-2 もう逃げないから
「ずっと言えなかったんだけど――
ダリアに婚約を申し込んだのは、俺だよ」
「え……?」
耳まで真っ赤になったダリアが、腕の中でたじろいだ。
あわあわと、メルティと俺を交互にみやる。
「だ……だって、婚約を申し込んできたのはじじいだって……!」
「それはダリア様の誤解ですよ」
と、メルティが口を挟む。
「高位王宮魔導士と聞いてから、年齢も名前も見てなかったでしょう。
まあ、あの役職にいるのはじじいばかりですから、誤解しても仕方ないですけど」
「じゃ、じゃあ高慢っていうのは……?」
「あれはその……飲み会断ったら印象悪くなったみたいで……」
嫌な思い出が脳を駆け巡る。
「後は確実に過ぎた自己肯定感の低さが原因でしょうね。
気づかない内にじじいたちのプライドを刺激しまくったんでしょう」
呆れたようなメルティの視線。
「守銭奴は?」
「それは本当に分かんないんだよなー……」
「………魔族狩った後アイテム奪いまくるからですよ」
「え。ダメなの?」
俺の答えに、深くため息をついてメルティが項垂れる。
ダリアが、気が抜けたようにくすくす笑った。
花びらが舞うような、可憐で穏やかな笑顔。
ちらり、とメルティを見る。
愛しそうに、ダリアを見つめる深紫の瞳。
それが、俺の視線に気づいて眉根を寄せる。
――何をしているのです。言うならさっさとしなさいませ。
そう言われた気がした。
いや、お前がいたら言いにくいんだけど。
……まあ、今更か。
「ダリア」
決意とともに、名前を呼ぶ。
ダリアの肩を抱く手に思わず力が入って、碧の瞳が俺を見上げた。
「俺は、ずっとダリアの傍にいたい。
ダリアと一緒なら、この魔王城で暮らしたっていい。
もう逃げたりしないから、だから――」
息を吸う。
「俺と、婚約してくれないか」
沈黙が流れる。
ダリアは、少し逡巡しているようだった。
一秒が、長く長く感じる。
耳元で響く、自分の心音。
やがて、薄紅色の口が小さく開く。
「――イヤよ」
その一言に、世界が止まった気がした。
否定の言葉が胸に突き刺さる。
断られることは想定済みだったのに、頭の中が真っ白になる。
「あ、そうだよな。やっぱり俺なんて――」
「ち、違うわ」
打ちひしがれていた俺に、ダリアが言う。
「魔王城で一緒に暮らすのは、イヤ。
ルークが婚約者なら、わたし…………一緒に帰る」
「………え………」
急展開に脳が追い付かなかった。
「本当に?」
思わず漏れた言葉に、ダリアが赤い顔を更に赤くして本当、と小さく頷く。
心臓が高鳴る。
これまでの五年間。
さっきの死闘。
じじいと呼ばれたショック。
そのすべてが、彼女の「帰りたい」という一言で報われた気がした。こ
じわりと目が熱くなるのを、必死にこらえる。
「そっか」
ダリアを抱く腕に、力が入った。
俺の胸に、ダリアが頬を寄せる。
「じゃあ、帰ろう。一緒に」
耳まで赤くなった、顔が頷く。
そっと、細い腕が俺を抱きしめる。
ぎゅっと胸が締め付けられた。
今度こそ、じわりと目に熱いものが溢れて、俺はダリアの肩に顔を埋める。
嬉しくても視界は滲むのだと、初めて知った。
◆◆◆
「ダリア。痛むところはあったりしないか?」
「ううん。どこも大丈夫」
目元を拭って伺うと、ダリアは首を振った。
ほっとした矢先、メルティが割り込む。
「いえ、ダリア様。
念のためルーク様に癒しの魔法をかけて頂いては?
どこかおかしなところはないのですか?」
「えっと……特には。
なんだか少しぼうっとはするけど……」
「ぼうっと?」
心配そうに眉を寄せるメルティに促され、俺はダリアへ手をかざす。
「【癒光】」
黄金の魔法陣が、ダリアを柔らかく包みこむ。
やはり外傷はないようだった。
戦いの緊張が少し和らいだだけか、と考えて、はっとする。
不眠の呪いがかかっているのに、ぼうっとする?
「ダリア、ちょっとこっち見て」
「え……っ?」
戸惑うダリアの顎をそっとこちらに寄せて、碧の瞳を覗き込む。
「あの、ル、ルーク……っ」
「そのまま。動かないで」
逃がれようとするダリアを制止して、瞳の奥を合わせる。
生命の柱を、探る。
そこに絡む臙脂の糸が、かなり細くなっていた。
まるで、今にも消えてしまいそうなほど。
なんでだ……。
この呪いは、魔力の構造がそもそも違う。
治癒魔法なんかが干渉できるものじゃないのに。
けれど、臙脂の糸は今にも消えそうになっている。
もし、俺の考えが正しいなら――
ちらり、とメルティを見る。
「ルーク?」
「ダリア。少し強めの治癒魔法をかける。
ちょっとじっとしてて」
「う、うん」
頷くダリアに、再び手を翳す。
魔力を込める。
「【癒光強】」
呪文を唱えると、黄金の魔法陣が更にきらめいた。
瞬間――
生命の柱に絡んでいた臙脂の糸が、はらり、とほどける。
さらさらと、粉のようになって霧散する。
効かないはずの治癒魔法で、あっけないほど簡単に。
――ああ。
すべてが繋がったような気がして、俺はため息をついた。
そうか。
これは解いたんじゃない。
解かされたんだ。
「ダリア様の呪い、もしかして解けたのですか?」
窺ってくるメルティに、俺は頷く。
「………ああ、そうだな。解けた」
「え!」
ダリアの目が、きらきらと俺を見る。
「ほ、本当に?
ありがとう、ルーク。やっぱり貴方、すごい、の……」
言葉の途中で、かくん、とダリアが傾いだ。
「あ、わ……ダリア!」
慌てて覗き込む。
見ると、ダリアはすうすうと穏やかな寝息を立てて眠っていた。
癒しの魔法がかかっていたとはいえ、7日も眠れていなかったのだ。
それが解けた今、限界が来たんだろう。
思っていた形ではなかったとはいえ、呪いがとけたことに安堵する。
ダリアの膝をすくって抱えると、ふわりと甘い香りがした。
あたたかな体温。
「お部屋まで、わたしがダリアを運びましょう」
「いい」
メルティが変わろうとしたのを、俺は首を振った。
「――このまま、先導してもらえないか」
メルティが、少し逡巡した後にようやく頷く。
大広間から、部屋へと続く階段。
メルティは、何も話さない。
「――なあ。ダリアの声を奪ったの、どうやったんだ?
俺、あんな魔法知らないけど」
静かに前を歩く背に投げかける。
「そんなの、どうしてあなたなんぞに教えないといけないのですか」
「………」
絶大な攻撃魔法をさっきまで放っていたとは思えないくらい、あまりにいつも通りのメルティの返し。
ダリアの部屋の前について、俺は顎で前を指す。
「手、塞がってるから開けて」
「は。なんであなたの命令になど従わなければいけないんです?
わたしが変わりますから、貴方が開けたらいいでしょ」
ダリアを奪い取ろうとするメルティから間を取って、俺は再度言い募る。
「………いいから、開けろよ」
「だから、どうしてわたしがあなたの」
「違うよな」
メルティの言葉を遮る。
「そうじゃない。
開けられないんだろ?
その扉、魔避けの結界が張ってあるから」
メルティの頬が少しひきつったのを、俺は見逃さなかった。
深紫の目が、俺を伺うように見つめる。
「あなた、何を言って……」
「ダリアに呪いをかけたのはお前だろ、メルティ」
俺の言葉に、メルティが押し黙る。
「魔王のフリって言ったけど、違うよな。
メルティ。お前が、魔王だ」
次回更新予定日:5/4(月)
ルークの正体バレから一転、今度はメルティの正体が……
ついに物語は核心へ。
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