14-3 魔王の愉悦、ルークの咆哮
魔王の掴んでいたメイド服が、すべて灰となって消えていった。
ざり、と魔王が足で灰を払う。
「……メルティのって……」
魔王が掴んでいたのがメルティのなら。
それが本当なら、メルティはもう――
いや、と首を振る。
メルティの魔力量を探査したことはないが、それでもメルティの実力が並み以上であることは分かる。
魔力探査能力。
魔族を一掃して日々買い物に行っていたという実力。
共に戦った時の剣技。
どれを取ってしても、彼女の強かった。
いくら魔王が相手だとて、そんな簡単にやられるようなレベルではない。
「メルティ!」
肩越しからダリアが叫ぶ。
魔王の顔が――いや、臙脂の仮面がダリアへ向いた。
「……ああ、迎えに行かずとも来てくれたのか」
きっと笑っているのだろう。軽やかな、女性の声にも聞こえる少年のような声。
体から醸し出される重圧感と差がありすぎて気持ち悪い。
「とはいえ――」
と、魔王が顎を引く。
「お前は、邪魔だな」
「!」
その声は、俺に向けられていた。
ぱちん、
魔王が、指を鳴らす。
魔王の周りに、魔法陣が展開される。
「【白銀の拒絶】!」
ほとんど反射で呪文を唱えていた。
空に現れた無数の錐。
一斉に向かい落ちる錐を、結界が弾く。
ダダダダダッ、
絶え間なく続く衝撃音。
豪雨を弾く傘の中にいるようだった。
結界を展開したまま、攻撃呪文を唱える。
「【紅蓮の昇龍】っ!」
解いた結界の先で、錐が炎の龍に焼かれる
霧散していく錐。
魔王まで届け、届け。
伸びた炎が、魔王に絡む。
だが、大して効いてはいないようだった。
「ダリア、平気か。俺の傍にいて」
間近で戦闘を見るのは初めてだろう。
怖がっていないかと肩越しにふり返る。
見ると、ダリアは真っ青な顔をしていた。
そうだよな。
怖いに決まってる。
心配するな、絶対にダリアは助けるから。
そう声をかけようとして、ふと気づく。
ダリアは、怖がっているのではなかった。
起きていることが信じられないとでも言うように、呆然としている。
「ルーク……っ」
俺の視線に気づいたダリアが、ふるふると首を横に振る。
その目に映っているのは、混乱?
メルティは死んだと言われたのだ。
呆然も混乱も当然の反応。
無理もない。
むしろもっと取り乱してもおかしくないくらいだ。
けれど、何か違う気がした。
何かを知っている目のような……
ダリアの瞳が、魔王へ移る。
「ねえ待って!
なんで……やりすぎで――!」
「黙ってろ」
ダリアの叫びを遮るように、魔王が指をスライドさせる。
「っ【白銀の拒絶】!」
攻撃を弾くための呪文を唱えたが、何も起きない。
「何を……」
呟いた時、ダリアが何かぱくぱくと口を動かして――喉元に手をやった。
喉を掻き抱き、ダリアが愕然とする。
「え……?
もしかして、声が出ないのか?」
ダリアが喉を抑えたまま頷く。
声が出なくなる魔法なんて、聞いたことがない。
ダリア自身には強力な結界を張っている。
攻撃魔法に強く効力を発揮する、結界。
ただ、それ以外への耐性は弱い。
ダリアを攫い、睡眠を奪い、今度は声を?
臙脂の糸にぱちんと弾かれた感触と、癒しの魔法を同時にかけている異常さに寒気が走る。
「おい!
どうしてダリアを狙う!
目的はなんだ!」
意味が分からない。
真意が読めないことが恐ろしかった。
「吠えるな。
黙らせただけだ。危害があるわけじゃないさ」
魔王は億劫そうに手を振る。
「信用できるか!
それに……メルティはどうした?」
出た声は、自分でも驚くほど低かった。
「ああ、これのことか?」
魔王が、灰の散った床を一瞥する。
「軽く受け流したら、ほら、灰になってしまった」
「は……?」
頭が真っ白になる。
ダリアが、息を呑む音がした。
本当に、メルティが……?
いや、そんなわけない。
「嘘吐くなよ。
メルティがそんな簡単にやられるわけがない」
瞬間、弾かれたように魔王が笑った。
「――そうか?」
その声は、まるで俺の反応を楽しんでいるようだった。
「メルティはどこだ!」
魔王はふふ、と笑う。
ふざけた態度に、腸が煮えたぎった。
「答えろ!」
「そう怒るな」
魔王が一歩こちらへ踏み出すと、灰と闇が舞い上がる。
「さっきの結界と攻撃。
あの速さで展開できる人間は珍しい」
隠しきれない愉悦が混じった声。
獲物を見つけた、猛獣のような。
「お前の力、測ってやる。
その娘には一切攻撃しないから、その代わり全力でかかってこい」
「っざけんな! ダリアの睡眠を奪ったのもお前なんだろ。
いいから早く解け!」
「奪おうと思ったわけではない。
そうだ。わたしを倒せば、必然的にその娘の眠りと声は帰るではないか」
からかうように、魔王が笑う。
どくん、と心臓が跳ねた。
恐怖。絶望。
そして、それらをすべて塗りつぶすほどの怒りが、内側から吹き上がる。
あの口の悪い、けれど誰よりダリアを思っていた侍女を、灰にしたとのたまった。
その上ダリアの眠りを奪い、声を奪い、遊び半分に俺と命の取り合いをしようと言うのか。
「上等だよ」
怒りが、魔力に変わっていく。
手を翳した周囲に、足元に、黄金の魔法陣を幾重も広げた。
「【天罰の雷獄】!」
魔王へ雷光が絶え間なく注ぐ。
しかし、魔王は引かない。
右手で払い、雷光を鎮める。
「ほら、まだいけるだろ。来い」
魔王が笑う
心底、楽しそうに。
「うるせえ!
【神罰の光柱】!」
大広間を覆うほどの巨大な魔法陣が空に出現した。
そこから、光の柱が魔王へ向かって放たれる。
凄まじい熱風に、自分の皮膚さえ焼けそうだ。
だが、構わない。
ダリアを垣間見る。
やめて、と訴える悲壮な瞳。
なんでだ。
なにをやめろと言うんだ。
ダリアの眠りも、声も、メルティも。
取り返すなら今しかないじゃないか。
魔王は、自分に向かうその柱へ左手を上げる。
楽し気な姿に、くじけそうになる。
――絶望的なまでの実力差。
それでも、諦めるわけにはいかない。
倒す、倒す、倒すのだ。必ず。
次は何を唱えればいい?
何を――
次回投稿予定日:4/22(水)
目の前にいるのは、あまりにも残酷で、楽しそうな魔王。
絶望の淵でルークが放つ最大の一手。
ダリアがやめて、といっていた理由とは――
次回、ダリアの視点から始まります。
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