2.メルティ
さっき見て回った城内も、泊まるとなれば視点が変わる。
一階には露天風呂、二階には豪華絢爛な食堂。
各客室はそれぞれコンセプトが違い、入れば異国に来たような感動がある。
清掃が行き届いた部屋はどれも魅力的で、「どの部屋に泊る?」とダリア様に聞かれれば、つい悩んだほどだ。
結局、ダリア様の隣の部屋が空いていたのでそこに決める。
やはり、魔王はどこにもいない。
「一応、魔物避けの結界を張ってもいいですか?」
扉の前。
ダリア様が頷くのを待って、俺は双方の扉へ手をかざす。
呪文を唱えると、金色の魔法陣が足元に浮かんだ。
「【聖域封界】」
金色の蝶が舞い、聖なる風と共に扉を、そして部屋の中を巡る。
やがて戻った風は、ぱちんと手を合わせた音と共に空へ消えた。
「――はい。
これで、ダリア様が開けない限り、魔物は入れません。無理に入ろうとすれば死ぬでしょう。
ただ、魔王相手にどの程度効くかは分からな――」
な、なに。
振り返ると、目をまんまるにしてダリア様が俺を見ていた。
「え、えっと……ダリア様?」
名を呼ぶと、大きな瞳がきらきら輝き、ぽかん、と開けられていた唇が嬉しそうに弾ける。
「ルークの魔法陣って金色なのね!すごくきれい」
紅潮した頬が可愛らしい。冒頭のつんとした態度はどこへやらだ。
魔法陣は、青白く光るのが普通だった。
しかし、俺の魔法陣は金色。
目立ちすぎるため戦闘には向かず、おとりにぴったりだよな、と陰で言われたことさえあった。実際、そうされたことも多い。
「あ、ありがとうございます。
ただ、敵の標的にはなりやすいんですけど……」
「――そっか。目立ってしまうのね。
考えなしの発言を……謝るわ」
「い、いえ!
ダリア様にほめていただいて、嬉しいですよ!」
「気を遣わないで。わたし、思ったことがすぐ口から出てしまうから」
長く細やかなまつ毛が、しゅん、と伏せる。
「金色の魔法陣って珍しくて、嫌な感じで言われることもあるんです。
だから、本当に嬉しいですよ」
「………そう?」
「はい」
伺うように見つめてきたダリア様の表情が、ほっとしたように和らぐ。
その可愛らしい様子に緩んでいく口端を、俺は手で隠すしかなかった。
◆◆◆
自室のベッドで横たわっていると、いつの間にか外は薄暗くなっていた。
ディナーを食べようとダリア様に誘われ、食堂へ向かう。
向かい合わせに座ると、メルティがテーブルに皿を並べた。
メルティは、ダリアが小さい頃から就いている侍女らしい。
フリルやレースのないシンプルなメイド服を着こなす姿も、後ろで緩くまとめられた黒髪も、どこか妖艶な雰囲気があった。
少し気が強そうに見えつつも、なお儚さと可憐さを併せ持つるとダリア様とは、また種類の違う美人だ。
メルティとダリア様のツーショットは、平凡な俺には眩しい。
とはいえ……。
「ダリア様、こちらビーフシチューです」
語尾にハートマークが浮かぶほど甘ったるい声で、メルティがダリア様の前へ皿を置く。
「ありがとう」
とダリア様に言われ、メルティは嬉しそうだ。
次は、俺の番。
「ほら、これ」
がちゃん、と投げるように置かれた皿から、ビーフシチューが少し零れた。
「こら、メルティ」
「申し訳ありません。つい、手が滑ってしまいまして」
いや、絶対わざとだろ。
ダリア様に紹介された時から、メルティの態度はかなり悪かった。
「わたしじゃなくて、ルークに謝らなきゃ」
ダリアに言われて、メルティは俺へ向き直る。
「申し訳ありません、ルーク様」
「………」
すっごい棒読み。ダリア様も苦笑している。
「いや、いいだけどさ、別に」
なんだかんだ、俺は平民の出。
公爵令嬢であるダリア様との婚約を許してもらえたのも、高位王宮魔導士になれたから。
こんな扱いは慣れっこだった。
平民の俺を対等に扱ってくれる貴族は数少ない。
ダリア様は、そんな数少ない貴族の一人だった。初めて出会った、三年前のあのパーティー。助けてもらったことを忘れた日はない。
「何、じろじろダリア様を見つめてるんですか、いやらしい」
「いっ……!
そんな目で見てないだろ。いい加減にしろよ!」
「いい加減にしてほしいのはそっちです。
わたしが買い物に行ってる間にこそこそ勝手に入ってきて!」
「こそこそしてねえし! 堂々と入ったわ!」
「メルティ、ビーフシチューすごくおいしいわ」
「はあんっ、ダリア様。ありがとうございます。お褒め頂いて、メルティは嬉しいです」
はあんって。
これ、メルティがつくったのだとしたら、俺のには毒が入っているじゃないだろうか。
じっ、とビーフシチューを見つめる。
「入れてませんよ、毒なんて」
「!」
がっつり顔に出ていたらしい。じとり、とメルティが俺を見下ろしていた。
「それは……どうもすみません」
と、恐る恐るビーフシチューを口にする。
噛まずとも、ほろりと肉がとろけた。
……うっま。
俺は、その夜たくさんおかわりした。
◆◆◆
一階の中庭沿いにある露天風呂は、ダリア様が勧めた通りまさにこの世の天国だった。
ほわほわと上がる湯気の向こうには、美しい庭園。
木で作られた湯船は良い香りがして、頬が緩む。
はやる心を抑えながらも体を洗い、湯船へゆっくり足を入れる。
体がすっかり浸かってしまうと、じいん、と温かさが染み渡った。
「っうー…最っ高だなあ」
こんなお風呂に浸かったら、帰りたくない、というダリア様の気持ちも分かってしまう。
「俺もずっとここにいようかなー……」
「――それは困りますね」
「っうえええええ!」
後方から聞こえた声に、俺は思わず飛びのいた。
風呂に入って来たのは、お団子にしていた黒髪をおろした妖艶美人。
「め、め、メルティ! なんで………!」
「は? 何か問題が?」
問題大ありだろ!
豊満な体を隠すこともなく、メルティは堂々と洗い出す。
居たたまれずに背を向けたのは俺の方だ。
「なななな、なんで来たんだよ!」
「ちょっと、話したいことがあったので」
「は……!?」
ぴちゃん、と水を弾きながら歩く音が、こっちへ近づいてくる。
ざばあ、と近くで聞こえた音が、メルティが湯船に入ったことを意識させた。
「………何反応してるんですか。気持ち悪い」
「してねえし!」
いやするだろ!
して何が悪い!
と言いたいが、それはこらえた。俺はダリア様の婚約者。婚約者なのだ。
「そうですか。それは安心しました。
あなたはダリア様の婚約者なんですから、他の女体に反応するなどあってはなりません。
あったら殺します」
「そうだよ、そうだろ! 当然だ!」
と勢いで返して――
「…………え?」
思わず振り返ると、メルティはすぐ近く――手を伸ばせば届くほどの距離にいた。
読んでくださってありがとうございます。
下の☆やブクマ等していただけると、大変励みになって頑張れます。
もし良ければ応援よろしくお願いします。




