3.メルティ
魔王を探し回った城内も、泊まるとなれば視点が変わる。
一階には露天風呂、二階には豪華な食堂。
各部屋はそれぞれコンセプトが違い、まるで異国に来たような感動があった。
清掃が行き届いた部屋はどれも魅力的で、「どの部屋に泊まる?」とダリア様に聞かれ、つい悩んでしまう。
「ダリア様の、隣でもいいですか?」
「ええ、もちろん」
目尻を下げて細めるダリア様の笑顔に、鼓動が跳ねる。
隣の部屋――壁一枚隔てた向こう側に彼女がいると思うと、それだけで嬉しかった。
しかし……
魔王の姿は、やはりどこにもなかった。
ただ、くゆるような邪気を城全体が纏っている。
「一応、魔避けの結界を張ってもいいですか?」
扉の前で尋ねると、ダリア様は頷いた。
双方の扉へ手をかざし、呪文を唱える。
金色の魔法陣が、足元に浮かんだ。
「――【聖域封界】」
金色の蝶が舞い、聖なる風が扉へ向かう。
部屋の中へ入り、再び戻った風は――ぱちんと手を合わせると空へ霧散した。
「これで、ダリア様が開けない限り魔族は入れません。
ただ、魔王相手にどの程度効くかは分からな――」
な、なに。
振り返ると、ダリア様が目を見開いて俺を見ていた。
「え、えっと……ダリア様?」
名を呼ぶと、ぽかん、と開けられていた唇が弾ける。
「ねえ、ルークの魔法陣って金色なのね!
すっごく、きれい」
紅潮した頬。きらきら輝く碧眼。
魔法陣は、青白く光るのが普通だ。
しかし、俺の魔法陣は金色に輝く。
目立ちすぎるため戦闘には不利で、「おとりにぴったり」と陰で言われたこともある。実際、そうされたことも。
「あ、ありがとうございます。
ただ、敵の標的にはなりやすいんですけどね」
ダリア様の表情が、はっと曇る。
「――そっか。目立ってしまうのね。
考えなしの発言を……謝るわ」
「い、いえ! ほめていただいて、嬉しいですよ!」
「気を遣わないで。わたし、思ったことがすぐ口から出てしまうの」
長く細やかなまつ毛が、しゅん、と伏せる。
まるで叱られた子犬のような表情が可愛らしくて、口端が緩んだ。
五年前、毅然と俺を助けてくれたダリア様からは想像できない。
「気なんて遣ってません。
珍しい色なので嫌味を言われることも多くて……
褒められることはあまりなかったので、だから本当に嬉しいですよ」
「………そうなの?」
「はい」
伺うように見つめてきたダリア様の表情が、ほっと和らぐ。
「嫌味を言うのは、きっとみんな羨ましいだけよ。
だって本当にきれいだもの。」
頬を上気させて話す姿が愛らしくて、口端の緩みがなかなか戻らない。
「そう、ですかね」
と頷きながら、俺はそっと口元を手で覆い隠した。
「ねえ。ルークって――」
ダリア様が何か言いかけて、ふとその視線が俺の奥へ移る。
「あ、お帰りなさい!」
「ダリア様、戻りました。
こちらの方は?」
現れたのは、メイド服を着た黒髪の美女だった。
切れ長の瞳にちらりと見られ、その鋭さに思わず身構える。
「紹介するわね。
ルーク、こちらが侍女のメルティよ。小さい時からわたしのお世話をしてくれてるの。
メルティ、こっちはルーク。わたしを助けに来てくれたんだって」
「へえ、そうですか」
殺気さえ感じる冷たい声に、ぞわりと背筋が震える。
「よ、よろしくお願いします」
「……ええ」
と、申し訳程度にメルティが頭を下げる。
小さい頃から一緒、というわりにメルティは若かった。
どう見繕っても20代後半。 十代の内に城に上がったのかもれない。
それにしても、びりびり感じる冷たい視線。敵意。
そんなものを向けられる覚えはなく、愛想笑いで誤魔化す。
「外には魔族がたくさんいたでしょう。
どうしてるんですか? 魔除けの魔法でも?」
「いえ、一掃です」
「え、一掃?」
「メルティは魔法が得意なのよ。だから、わたしの護衛もしてくれてるの」
ダリア様が間に入ると、「得意なんてそんな」と蕩けそうな笑顔でメルティが謙遜する。
「そうなんですね。いや、すごいです。
魔導士の試験は受けられないんですか?」
「貴方には関係ないですよね」
「ええと…………まあ、はい」
なんなの、こいつ。
ダリア様との差がありすぎない?
隠さず向けられる敵意はいっそ清々しいが、やはり苛つく。
「そんな言い方しないのよ、メルティ。
そうだ。ルークが魔族避けの結界を張ってくれたの。メルティもしてもらったら?」
「結界……?」
メルティが眉根を寄せていぶかしがる。
「あ、はい。魔避けのものです。もしよければ……」
「結構です」
と、メルティの返答はにべもなかった。
「あなたなんぞの結界に、守ってもらういわれはありません」
「こら、メルティ! なんでそんな言い方ばかりするの」
と窘められ、「ダリア様以外にはいつもこうですが」と難なく言ってのけるメルティに、俺は苦笑するしかなかった。
◆◆◆
自室のベッドに横たわっていると、いつの間にか外は薄暗くなっていた。
ダリア様から夕食に誘われ、食堂へ向かう。
食堂には長いテーブルが一つあり、ダリア様と向かい合わせに座る。
メルティが、皿を並べ始めた。
フリルやレースのないシンプルなメイド服。
それを着こなす姿も、後ろで緩くまとめられた黒髪も、どこか妖艶な雰囲気がある。
気高さと可憐さを併せ持つダリア様とは別のタイプだが、メルティは本当に美人だった。多分、桁違いの。
二人のツーショットは、平凡な俺には眩しい。
とはいえ……。
「ダリア様、こちらビーフシチューです」
語尾にハートマークが付くほど甘ったるい声で、メルティがダリア様の前へ皿を置く。
そして――
「ほら、これ」
がちゃん、と投げるように俺の前に皿が置かれる。
ビーフシチューが、少し零れた。
「もう、メルティ!」
見かねたようにダリア様がたしなめる。
「申し訳ありません。つい、手が滑ってしまいまして」
いや、絶対わざとだろ。
ダリア様に紹介されてから、メルティの態度はずっと、かなり悪かった。
「わたしじゃなくて、ルークに謝らなきゃでしょ」
「……申し訳ありません、ルーク様」
「………」
すっごい棒読みさ加減に、ダリア様まで苦笑している。
「いや、いいんだけどさ、別に」
なんだかんだ、平民の出の俺にはこんな扱いは慣れっこだ。
まあ、仕方がない。
平民出の俺を対等に扱ってくれる貴族は、数少ない。
ダリア様は、そんな数少ない貴族の一人だった。
だからこそ、初めて出会った五年前の姿が、心に残っている。
「何、じろじろダリア様を見つめてるんですか、いやらしい」
「いっ……!
そんな目で見てないだろ。いい加減にしろよ!」
「いい加減にしてほしいのはそっちです。
わたしが買い物に行ってる間にこそこそ勝手に入ってきて!」
「こそこそしてねえし! 堂々と入ったわ!」
「メルティ、ビーフシチューすごくおいしいわ」
「はあんっ、ダリア様。ありがとうございます。お褒め頂いて、メルティは嬉しいです」
はあんって。
これはメルティがつくったらしいが、だとしたら俺のには毒が入っているじゃないだろうか。
じっ、とビーフシチューを見つめる。
「入れてませんよ、毒なんて」
「!」
がっつり顔に出ていたらしい。じとり、とメルティが俺を見下ろしていた。
「それは……どうもすみません」
と、恐る恐るビーフシチューを口にする。
噛まずとも、ほろりととろける肉。
……うっま。
俺は、その夜たくさんおかわりした。
◆◆◆
一階の中庭沿いにある露天風呂は、ダリア様が勧めた通りまさにこの世の天国だった。
ほわほわと上がる湯気の向こうには、美しい庭園。
木で作られた湯船は良い香りがして、頬が緩む。
はやる心を抑えながらも体を洗い、湯船へゆっくり足を入れる。
体がすっかり浸かると、じいん、と温かさが染み渡った。
「っうー…最っ高だなあ」
こんなお風呂に浸かったら、帰りたくない、というダリア様の気持ちも分かってしまう。
「俺もずっとここにいようかなー……」
「――それは困りますね」
「っうえええええ!」
後方から聞こえた声に、俺は思わず飛びのいた。
風呂に入って来たのは、お団子にしていた黒髪をおろしたメルティの姿。
「め、め、メルティ! なんで………!」
「は? 何か問題が?」
問題大ありだろ!
豊満な体を隠すこともなく、メルティは堂々と体を洗い始める。
居たたまれずに背を向けたのは俺の方だ。
「なななな、なんで来たんだよ!」
「ちょっと、話したいことがあったので」
「は……!?」
ぴちゃん、と水を弾きながら歩く音が、こっちへ近づいてくる。
ざばあ、と近くで聞こえた音が、メルティが湯船に入ったことを意識させた。
「………何意識してるんですか。気持ち悪い」
「してねえし!」
いやするだろ!
して何が悪い!
と言いたいが、それはこらえた。俺はダリア様の婚約者。婚約者なのだ。
「そうですか。それは安心しました。
あなたはダリア様の婚約者なんですから、他の女体に反応するなどあってはなりません。
あったら殺します」
「そうだよ、そうだろ! 当然だ!」
と勢いで返して――
「…………え?」
思わず振り返ると、メルティはすぐ近く――手を伸ばせば届くほどの距離にいた。
紫の瞳が、月光に反射して怪しく光る。
「どうして、それを…………」
メルティの唇が、ゆっくり弧を描く。
美しい笑顔だったが、俺にはどこか恐ろしく見えた。




