1.帰らないよ
百を超える魔族に囲まれ、俺は息を飲んだ。
その奥で、半面を付けたやけに綺麗な男――高位魔族が不敵に手を翳す。
「お前など一瞬で焼き払――!」
「【雷環輪】」
口上なんて聞いている余裕はなかった。
放った魔法。閃光の後、どおおおおんっ、と稲妻が落ち、大地が震える。
魔族の屍が円形に広がった。
「な…っ! 化け物かお前…っ!」
「化け物はお前らだろ。
【熔柱昇】」
その足下を狙い、二発目。
天まで上がった溶岩の柱が、その断末魔さえ焼き尽くす。
おとずれた静寂。開けた景色に、はあっ、と息をついた。
「――これなら、魔王も余裕そうだな」
強がりで吐いた台詞は掠れて消える。
前方にそびえる、空を突き刺しそうな漆黒の城――魔王城。
そこに、俺の婚約者――ダリア様はいた。
「さあ、行くか 」
震える足に力を込め、顔を上げる。
ダリア様と出会ったのは五年前。
王立魔導士として護衛を仰せつかったパーティーで、俺はある貴族に虐げられた。
それを助けてくれたのが、彼女――公爵令嬢ダリア=エレノア=クレイトン。
その優しさと気高さに、俺は一瞬で心を奪われた。
その場で、恩返しをすると彼女へ約束した。
しかし、王立魔導士とはいえ平民出の俺が、公爵令嬢である彼女と再会できる可能性は低い。
彼女にもう会えないなんて嫌だ。
そんな想いを胸に、俺は死に物狂いで努力した。
そして掴んだ、高位王宮魔導士の座――公爵にさえ、並ぶ地位。
なんとか得たその地位に、俺は何を血迷ったのかつい想いのまま彼女との婚約を申し出てしまった。
その婚約は――驚くことにすぐ快諾された。
しかし。その一週間後、彼女は魔王に攫われたのだ。
俺とダリア様は五年前に会ったきり。
そんな俺との婚約を、快諾してくれた彼女。
彼女を助ける為なら、魔王と対峙するなんて訳なかった。
婚約者を救う為、そして五年前の恩返しをするため、俺は今ここにいる。
冷たい風に歯向かい、俺は魔王城へと踏み出した。
◆◆◆
――魔王城
不気味なほど静かな城内を駆け上がる。
地下の牢獄、二階の寝室、三階の大広間……すべての扉を開けて探し回ったが、魔王の姿はなかった。あるのは邪気の残滓のみ。ダリア様の姿もない。
そして、ついに辿りついた最上階。
最後の扉が、目の前に立ちはだかる。
金の装飾が施された重厚な扉に手をかけ、俺は息を整える。
いるのは魔王か、ダリア様か。それとも両方……?
重く、早鳴る鼓動。
力を込めて、ぐっと扉を開ける。差し込む光。
目の前に飛び込んできたのは、細かな鉄細工が壁となった空間――展望台だった。
眩しい日の光を、鉄細工が柔らかく遮っている。
その正面より、少し右にそれた窓際。
そこに、彼女はいた。
陽光を編んだような金髪が、さらりと風になびく。
綺麗な立ち姿に、思わず背筋が伸びた。
この五年、どれだけ再会を待ち望んだか。
こちらを振り返った碧い瞳に、警戒が走る。
「誰……っ?」
叫びにも似た堅い声。
心配ないと示すため、俺は彼女へ手を伸ばす。
「ダリア様、あなたを助けに来ました!
もうこんなところにいる必要はありません!
さあ、俺と一緒に帰りま――」
「――わたし、帰らないわよ」
「……………は?」
今、なんて?
膝が、小さく震える。
時さえ、止まった気がした。
◆◆◆
五年前のことが、脳裏に蘇る。
助けてくれたダリア様に、『必ず恩返しをします』と言ったあの時。
彼女は優しく微笑み、「そんなのいいから」と首を振った。
気高く、しかし可憐な彼女の姿を、忘れたことは一日だってない。
彼女との再会を切望し、寝食を惜しんで勉学に励み、毎日倒れるまで魔法の鍛錬を重ねた。
そして、婚約者となり、今やっと再会できたというのに。
まさか帰らないって言われた?
ははっ。そんな馬鹿な。聞き間違いだろ。
気を取り直して、俺は再度声を上げる。
「ダリア様、もう大丈夫です!
さあ、一緒に帰りま――!」
「だからイヤだってば」
えーと……
な、なんで?
恋焦がれた彼女へ伸ばした俺の手は、あっさり行き場をなくした。
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