13-2 好きですよ、誰よりも
「ダリア様」
わたしを呼ぶルークのノックがやんだと思ったら、次はメルティの声がした。
「ここを、開けてくださいませんか」
「開けない」
「ルーク様はもう部屋へ追い返しましたから。
どうか、お願いです」
諭すようなメルティの声。
「……頼まなくても、いつも勝手に入って来てたじゃない」
「怪我をしておりますので、開けられないのです」
メルティは両利きでしょ。
それに、扉は片手あれば開けられるわ。
そう言いたかったけど、もう面倒だった。
ここでいくらごねてもメルティには無駄だろう。
彼女のしつこさは良く知っている。
扉を開けると、メルティの切れ長の目が大きく見開いた。
「泣いていたのですか?」
涙は拭けても、泣き顔は誤魔化せなかったらしい。
頬に伸びる、長い指。
寄った眉が、可哀想にと言っている。
けれど――その濃紫の瞳はうっとりと揺らめいて、わたしを見つめていた。
ぞわ、と鳥肌が立つ。
メルティはいつもわたしを大切にしてくれる。味方になってくれる。
でも、時々そういう瞳でわたしを見る。
それだけが、少し苦手だった。
「別に、泣いてない」
だから開けたくなかったのに。
頬を撫でる手を跳ねると、あら、とメルティが笑う。
「強がりですね、貴女は。
まあ、そういうところが可愛いのですけど」
「いいから。入るなら早く入って」
扉を大きく開けると、メルティは頭を下げて部屋へ入った。
我がもの顔でベッドに座り、わたしを見上げる。
侍女としてはありえない無礼さ。
言葉こそ丁寧なものの、メルティはわたしを公爵令嬢という肩書き越しで見ない。
わたしといても自由気まま。遠慮もなく、ただ自分の好きなように振るまう。
でも、メルティのそういうところがほっとできた。
公爵令嬢だからではなく、わたしだから一緒にいる。そう思わせてくれる。
「あやつと、何があったのです?」
諫めるような声だが、その目尻はいつもより吊り上がっている。
「怒ってるの?」
「……まあ、そうですね。
ダリア様を泣かせたあやつにはもちろんですが、ルーク様の寝室へ懲りずに行ったあなたにも。
夜ですよ? いくら安全圏の純情野郎とはいえ、ルーク様は男だって分かってます?」
「わかってるけど……」
「何かされたというわけじゃないのですよね?」
「も、もちろんよ」
「……脱がせてすみからすみまで確認させていただいても?」
「バカ!」
冗談です、とメルティが笑う。
「扉の前で、あやつも死にそうな顔をしてましたよ。
一体、何があったのです」
「…………」
「わたしでは役不足ですか?」
「そんな言い方、ずるいわ。
…………ルークに、もう帰ってと言ってしまっただけよ」
メルティの眉が、険しく寄る。
「ダリア様が帰ってと言ってしまうくらいに酷いことを、奴はしたのですか?」
「そんなこと、されてない。
ただ昨日………」
抱きしめられたなんて言えなくて、口を噤む。
あの日、『きて』と誘ったのはわたしだ。
ルークはそれにのっただけ。
それなのに、ルークはわたしを好きなのかもと、勘違いしてしまった。
急に、あんなに怒った自分が恥ずかしくなる。
「いえ、ルークは、悪くない。
わたしが……ちょっと勘違いしてて」
徐々に語尾が弱くなる。
「本当に?」
「ええ。わたしが、勝手に期待していただけ」
「……あやつはダリア様の期待を裏切るような愚か者だったということですね。殺しますか?」
「もう、メルティ」
たしなめながら、はあ、と自然とため息が零れた。
力が入っていた体から少し気が抜ける。
「――なんであんなこと言っちゃったんだろう」
勢いで恩返しのことまで言ってしまった。
メルティの隣へ行って、膝を抱える。
「今すぐ行って『やっぱり帰るな』と言ってみては?」
「だめよ。それだと命令になっちゃうでしょ。
ルークを縛りつけたくないの。
このままさよならは嫌だけど…」
「……なるほど」
優しいけれど、少し寂しそうな声。
顔を上げて、メルティを見る。
ルーク様が特別な存在なのですね。
濃紫の瞳が、そう言っている気がした。
反論しようとしたが、次の瞬間にはいつものすん、とした顔に戻る。
「仲直りがしたい、ということであれば、ルーク様に謝るように行ってきますよ」
「う……いいえ。
謝らなきゃいけないのは、わたしの方だから」
「……本当に、そうですか?」
メルティは納得がいかないようだ。首を傾げて眉根を寄せている。
「まあ、心配せずともルーク様はきっと帰りませんよ。
ダリア様が謝る必要もありません。
悪いのはすべて、意気地なしでコミュ障なあやつなのですから」
断言するメルティに、思わず笑ってしまう。
「メルティは、いつもわたしの味方ね」
「何を今更。わたしはダリア様に執心していますので。
あなたの泣き顔は、わたしだけのものです」
「ふふ。何言ってるの」
「あら。でも、本当ですよ。
わたしには、あなたが一番大切なのです」
メルティの声のトーンが、少し低くなった。
「好きですよ。
誰よりも。何よりも」
真摯な表情で、彼女は言う。
その瞳に映る少しの狂気に、くらりと惑わされそうになる。
けれど、そんなことよりも真っ直ぐに伝えられる好意に胸が締めつけられた。
父様にそっぽを向かれても。
エドガーとの婚約破棄が火種となり、わたしの悪評が流れても。
メルティはいつもわたしの傍にいて、好きだと言ってくれる。
目の奥が、じわり、と熱くなる。
見られたくなくて、立てた膝に顔を埋めた。
「……ありがと」
小さく呟いた言葉は、震えてしまったかもしれない。
ふわ、と頭を撫でられた。
「あやつと話をすればいいのですよ。それですべて解決です」
「わたしは公爵令嬢よ。
そんな相手に、本心を語ってくれると思う?」
「あなたの公爵令嬢コンプレックスも大概ですね」
呆れたように、メルティがため息をつく。
少しの、間。
ふと、メルティが楽しそうに喉の奥で笑った。
「――知りたいのですよね、本当は」
「え……?」
含むような声の低さに、こみ上げていたものが引っ込んだ。
「そ……そうね、できるなら」
「では、不本意ですがわたしが人肌脱ぎましょう」
ぎらり、と濃紫の瞳が光った。思わず固唾を飲む。
「ど……どうする気?」
メルティがわたしを手まねき、耳元に唇を寄せた。
こそっ、と耳打ちされた内容に、思わずかぶりをふる。
「それは……だめ。危険でしょ」
「大丈夫です。
わたしの手にかかればルーク様なんてどうとでもなりますし、わたしも、ルーク様を怪我させる気はありません。
ただ、ちょっと脅かすだけです」
「でも……ルーク怒るんじゃない?」
「では、やめておきますか?」
メルティが、わたしに視線を流す。
その目が、あなたって案外小心者ですよね、と言っているようで今度は癪にさわった。
「……本当に、メルティもルークも危険じゃないのね」
「ええ。ご心配なく」
「なら……いいわ。やる。
やっぱりルークの態度もちょっと納得できないし」
わたしが誘ったとはいえ、あんな風に抱きしめておいて、その後避けるなんて腑に落ちない。
「ちょっと、ひどいわよね」
「だからそう言ってるじゃないですか」
あやつを懲らしめてやりましょう。
メルティが、意地悪くにやりと笑った。
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