表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王に攫われた公爵令嬢に、俺の理性が毎晩試されてます。~片思いを拗らせた俺が、婚約者だと明かせない理由~  作者: 雨屋飴時


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/30

13-1 言えないまま

 


 

 早朝。

 中庭の落ち葉を掃きながら、浮かんでくるのは昨夜のことだった。

 

 

 抱きしめた時の、湿った髪の柔らかさ。

 石鹸の香り。

 去り際の、彼女のぎこちない笑顔。

 

 すべてが脳裏に焼き付いている。


「最低だ俺は……」

 

 ため息ばかりついてしまう。

  

「ルーク様。ぼーっとしてないで手を動かしてください、手を」

 

 冷たい声色に振り返ると、メルティが呆れたように俺を見ていた。

 その右手は、包帯がぐるぐる巻きで施されている。

 

「お前、なんの怪我だよ、それ」

 濃紫の瞳が横にそれる。

「……朝食の準備中に、少し火傷を」

「それ、ほんとか? 良ければ治すけど」

「結構です。わたし、両利きなので」

「……そういう問題?」

 

 そんなことより、とメルティが顎を上げて俺を見下ろす。

 

「あなた、ダリア様と何かありましたか?」

「……なんで?」

 

 まずい、と構えたのがまずかった。

 今更表情を整えても遅い。

 メルティの瞳がやっぱり、とばかりに据わっていく。


「ダリア様の様子が、いつもと少し違っていたのです。

 あの……絶対何かありましたよね」

「ないないない!

 もう中庭の掃除おわり! 次は!」

「……では一階の客間を」

「はい!」

 

 言われてすぐに駆けだす。

 言えるわけがない。

 

 ダリアを抱きしめてしまったなんて。

 

 エドガーからの再婚約の話も、新しい婚約者へのダリアの拒絶も、みっともなく余裕がなくなるには充分すぎた。

 

 庭の掃除入れに、箒を投げ入れる。

 

 ダリアに会うのが気まずい。

 あんな風に抱きしめた後、どんな顔で会えばいい?

 

 食事の時間さえずらし、会わないように細工した。

 

 けれど、さりとて夜はやってくるのだ。

 

 ◆◆◆


 時計の針が二十二時を回った頃、聞きなれた足音が廊下から聞こえた。

 普段なら待ち遠しいはずのその音は、今は痛みとなって胸を締め付ける。

 

 扉を叩く控えめな音に、鼓動が高く鳴った。

 今夜も来てくれたという思いと、今夜も来てしまったという思いがごちゃまぜになる。

 

 意を決して扉を開ける。

 ダリアが、いつものようにティーセットを持って立っていた。


「こんばんは。お茶はいかが?」

  

 今日一日、食堂ですら会わなかったことに何か感じ取っているのだろう。

 微笑む彼女の表情は、少し固い。


 昨夜、抱きしめてしまったのに。

 それでも来てくれた彼女に、胸の内が欲に囁く。

 

 もっと触れても許してくれるんじゃない?

 

 これまでは抗えた。

 だから部屋へ入れられた。

 でも――昨日のことを思うと、自信がなくなる。

 

 もう一度抱きしめてしまったら、ダリアからの信頼さえ失うかもしれないのに。

 

 自分で自分の理性を信じきれない今は、そうなるのが怖かった。

 

「あの……今日は自分で用意しちゃって。だから大丈夫」

「あ……。そうなの」

 

 戸惑うように揺れる、碧の瞳。

 トレイに乗ったカードが、ただ逃げるだけの俺を責めているようだった。

 

 けれど、部屋に入れるわけにはいかない。

 

「今日はずっと外掃除で疲れてて……

 悪いけどまた今度――」

「じゃあ明日。明日は来てもいい?」

 

 う、と言葉に詰まる。 

 どう断れば、と逡巡して、まっすぐ向けられた瞳にぎゅ、と胸を掴まれる。

 ただ逃げるだけの自分を見透かされているようだった。

  

 重い沈黙が、落ちる。

 何かを決意したように、ダリアが息を吸う。

 

「ねえ。わたしのこと避けてるでしょ」

 

 飛んできたのは、直球ストレートの言葉だった。

 

「そんなこと――」

「だって、これまでご飯は一緒に食べてたのに、今日は一度も食堂に来なかったじゃない。

 わたしに会わないよう、わざと時間をずらしたんでしょ」

 

 するどい。いや、ばれて当然なのか。

 言い訳を考えていると、ダリアが心もとなさそうに呟いた。

 

「――わたしがここに来るの、本当は迷惑だった?」


「っそんなわけない!」


 それは本心だった。けれど、口に出すとどこか白々しくも聞こえる。

 伏せた視界に、トレイを持ったダリアの手が映る。力が入って、白んだ指。


「わたしのこと、もう嫌いになった?」

「え…?」

 

 自嘲さえ混じった声色に、一瞬、何を聞かれたのか分からなかった。

 視線をダリアの顔へ向き直す。

 伏せられた顔。表情が見えない。

 

「昨日のあれは、わたしが公爵令嬢だから従っただけ?」

 

 あの時――俺が抱きしめてしまう前に、『きて』と言われていたのを思い出す。


「な……」


 とんだ勘違いに、慌てたのは俺の方だった。


「そんなわけないだろ。あれは……!」

「じゃあ、なんで避けるの?」

 

 ダリアが顔を上げる。


 怒りと悲しみの詰まった視線。

 ぎゅ、と寄った眉根。

 

 呼吸さえ止まった、その一瞬。


 がしゃん、とトレイを押し付けられる。

 

「好きじゃないなら、あんなことしないで!」

 

 悲痛な叫び。

 しかし、その瞳はもう俺を見ていない。

 ぎゅ、と結んだ唇に、泣いている気さえする。


 違う。

 ダリアが好きだから、抱きしめたんだ。

 触れたい気持ちを、抑えられなかった。

 だから、もうここに入れられない。

 

 言葉は浮かぶのに、声が出ない。

 

 俺が婚約者だと言ったとて、信じてもらえるのか。

 信じてもらえても、爵位目的の最低な男と思われるんじゃないか。

 抱きしめたことさえ、全部打算だと思われるんじゃないか。

 

 そんな考えが邪魔をする。

 でも、このまま放っておいていいはずもない。


「ダリア! 待て、ちょっと話を――」

 

 俺の言葉を無視して、彼女は踵を返す。


「ダリア!」

 

 自室の扉を開けた彼女の動きが、一瞬止まった。

 しかし、ダリアは振り返らない。


「恩返しなんていいから、もう帰って!」

 

 扉が、壊れそうな勢いで閉まった。

 

 彼女へ伸ばした手が、また行き場をなくす。

 冒頭に戻ったみたいだった。 


 そして、ふと。

 彼女の言った言葉に疑問が沸く。

 

「……恩返しって、言ったか……?」


 俺と五年前会っていると、彼女は気づいていなかったはずだ。

 それなのに、なぜその言葉を知っている?

 俺は一度も、口にしていないはずなのに。





次回投稿予定日:4/4(土)


すれ違い回でした。

次回はダリア視点です。

また覗いてもらえたら嬉しいです(^^)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ