12-4 卑怯者の抱擁
――あのね、実はちょっと前に、エドガー様から手紙が届いたの。
と、ダリアは言った。
どろりとした嫌な感情が胸の中でとぐろを巻く。
「内容は?」
「彼、新しい婚約者と上手くいってないんですって。
だから、もう一度婚約してやってもいいぞって。
めんどくさいことになりそうだから誰にも言ってないんだけど。
すごい上からじゃない?」
「……へえ、そうだね」
可笑しそうに笑うダリアに同意しながら、顔が引きつる。
エドガーから再婚約の申し出が来てる?
え。今頃?
そんなこと、ダリアは承諾しないだろう。
さっきふっきれた笑顔で過去だと言っていたし。
でも……
「それさ、どうするの?」
つい固くなった声に、ダリアは気づかない。
「再婚約?
もちろんしないわよ」
ふん、とダリアが首を振る。
「だよね。ダリアには新しい婚約の話も――」
「そっちも嫌」
にべもなく、彼女は言った
「高慢じじいなんて絶対無理よ。
第一、会ったこともない人なのよ。
いろんな噂はなしにしても、わたしを知りもしないのに婚約なんて、ただの爵位目的に決まってるじゃない」
最低。名前も知りたくない。
ダリアの呟きに、内臓がぎゅうっと冷えていく。
不愛想で、守銭奴で、高慢で。しかも爵位目的で婚約を申し込んでいると思われているなら、例えじじいじゃなくてもダリアは好きになんてならないだろう。
もちろん爵位目的なんかじゃないが、五年前の俺を、ダリアは覚えていない。
婚約者が俺と分かったとて、爵位目的だと思うだろうか。
そうなったら、どう誤解をとけばいい。
「え、どうしたの?」
気づけば、ダリアが首を傾げて俺を見ていた。
心配するように下がった眉。
「な、何が? なんでもな――」
「うそ。だって、泣きそうな顔してる。
わたし、何か変なこと言った?」
答えられなくて、ただ横に首を振る。
すると、困ったように笑ったダリアが仕方ないな、と腕を広げた。
「その……もし傷つけたなら、ごめんなさい。
ほら、きて。頭を撫でてあげる」
「!」
それが、冗談だとは分かっていた。
笑って流さなきゃいけない。
そう分かっているのに、声が詰まる。
冗談で、返せない。
気づいたときには、手が伸びていた。
彼女の手にしていたカードがぱら、と落ちる。
少し濡れた彼女の髪が、頬に触れ、華奢な肩を腕の中に閉じ込めた。
ダリアの体が、わずかに強張る。だが、拒絶はされなかった。
髪に顔をうずめると、ひんやり柔らかくて、石鹸の香りがした。
腕から伝わる、彼女の体温。
肩も、体も華奢で、心もとない。
必死に飲みこんできただろう苦汁を思うと、腕に力が入った。
その苦汁は、俺をかばったせいに他ならない。
「……ルーク?」
「……ごめん……」
戸惑うようなダリアの声。
その手は迷いながらも、おずおずと俺の頭を撫でる。
優しい手のひら。
「なんでルークが謝るの?」
何も知らないダリアが、変なの、 とくすくす笑った。
俺が新たな婚約者だと言ったら、この手は俺を受け入れてくれるだろうか。拒絶されるだろうか。
嫌われたくない。もっと触れていたい。
沸いてくる欲に、蓋をする。
離しがたいぬくもりから腕を解くと、ダリアが俺を見上げた。
「ほんとに、大丈夫?」
大きな瞳が、俺を気遣う。
きっと俺の気持ちになんて気づいていない無防備な唇に、意識が吸い寄せられた。
「っ…!」
――駄目だ。
歯を食いしばって、体を離す。
「ルーク?」
問われて必死に言葉を探すが、誤魔化し方が分からない。
「ごめん。なんか疲れているのかも。
今日はもう……」
出たのはそんな言葉だった。
ダリアの顔が見れない。
沈黙が、痛い。
「……わかった。じゃあ、今日はもう帰るね」
視界の端に映ったダリアが、ぎこちなく笑ったのが見えた。
どこか傷ついたような笑顔。
「ね。あの質問は、命令じゃないから無効よ。考えておいてね。
だから、また明日」
「うん。また、明日」
少し、ダリアがほっとした顔をする。
ダリアが自室に入るのを見送り、扉を閉めて項垂れる。
「ああああ……」
やってしまった。
何も言えない卑怯者のくせに、彼女に触れてしまった。
「もう最悪……」
声がかすれる。
胸の奥が、痛かった。
腕に残る彼女の体温。甘い香り。
勝手に触れた罪悪感はあるのに、ずっと覚えていたいと思ってしまう。
ベッドには、ダリアが忘れたカードが一枚残っていた。
カードを拾った指先に、力がこもる。
腕を伸ばした時、彼女は驚いていた。
分かっていて、それでも止められなかった。
次、ダリアをこの部屋にいれた時、俺はもうだめかもしれない。
次回投稿予定:4/1
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