ep51:不変で永続的なボクの日常
「こんにちは」
「ああ、ノエル殿ですか。こんにちは。また新しい本を探しに?」
「はい、そんなところです」
ボクはすっかり常連となった深紅の都の古書店を訪れていた。どうやって手に入れたのか、人間の世界の本も多数あり、何度来ても飽きることはない。
「今日はどんなものをお探しで?」
「うーん……、魔王について詳しく書かれているものが良いんだけど」
そう言って顎をつかむようにして考えるポーズと取ると、店主は少しだけ首を傾げる。
「そうしたものは、魔王城の方が多くあるのではないですか?」
「……そうかもしれないんだけど、閲覧可能区域にある目ぼしい本は全部読み終えちゃったんだ。あとは禁書区域だけで……」
魔王城でも基本自由にさせてもらっているが、図書館の禁書の区域にはまだ足を踏み入れられていない。なんでも、危険な魔法を魔法陣を用いて本に封印してあったりして、うっかり開いてしまうと危ないから、とのことで、魔法の扱い方をちゃんと勉強するまでは立ち入り禁止なのだ。
まあ理由も納得できるものであったし、そんなに危険な本に用はなかったため特に気にしていなかったけれど、もしかしたら禁書区域に欲しい書物があるかもしれないという可能性を見つけてしまい、冒険心に似た心が疼く。
「────あ、これ……」
人間の世界の本だろうか。“負の感情の行方”という何とも心惹かれるタイトルを見つけ、思わず手が伸びる。
「それは人間界で書かれたものですな」
「やっぱり……。これ、ください」
「はい、まいどあり」
ボクは銀貨を一枚と銅貨を二枚店主に渡すと、古書店から出て城へと戻った。
***
────人間は負の感情を抱えこむことが得意である。
「傲慢」「嫉妬」「強欲」「怠惰」「暴食」「色欲」そして「憤怒」
これらの感情は人を堕落させ、死に至る罪とした。
人々は七つの負の感情を吐き出すように、教会へと駆け込み祈った。────
「……負の感情……。絵本にもあったな……」
絵本の内容と照らし合わせながら、ボクは古書を読み込んでいく。更に教会育ちであるボクは、毎週開かれるミサで負の感情を告白し、吐き出す信者たちを見ていた。古書の内容の信憑性を確かめながら一ページ、また一ページと捲っていく。
────やがて吐き出された感情は行き場を無くし、魔素へと変換され空気を漂う。魔素はより濃い魔素を求めて漂い、行きつく先は魔界である。漂うだけの魔素は集まり固まって魔素溜まりとなり、やがてそこから魔物を生み出す。
我々の吐き出す負の感情は、魔物そのものを生み出していることと同義なのだ。飽和状態の負の感情は、人の心を侵し、更なる憎悪と狂気を生み出しこの世を混沌の世界へと変えるだろう。そうならないよう世界の魔素の調停を行っているのが、魔王という存在である。────
「!」
ボクの視線が文字をなぞり、一つの単語を拾い上げた。様々な本を読み込んできたが、こんなにも胸がざわつく書物はあっただろうか。────否、ない。そう断言できる。
ボクは逸る気持ちをどうにか抑えながら、文字を追いかけた。
────魔王は所謂、負の感情の受け皿なのだ。人間たちが吐き出し行き場を失った感情を魔素エネルギーへ変換し、自身のエネルギーとして取り込む。こうして魔王は強さを得るが、やがて飽和すれば入れ物である魔王は崩壊する。────
「────……っ」
指先から力が抜け落ち、古書は音を立てて床へと落ちた。
「……ダリオンは……、負の感情の入れ物……?」
この古書に書かれている内容のどこまでが正しいか、どれが事実かは分からない。けれどまるで不思議な引力があるように、古書に書かれた文章はボクを引き付けてやまない。
受け止めたくない言葉ではあるが、如何せん説得力がある。ダリオンは自身が魔素の発生源であると言っていたが、ではダリオンは無尽蔵に魔素を作り出すことができるのか。そこが不思議であったが、古書の内容が正しいのであれば、ダリオンは人間の負の感情をエネルギーとして変換しているのかもしれない。むしろそう考えると辻褄が合うのだ。
ボクは焦るように古書を再び手に取ると、震える指先でページを捲っていく。
「違う……、どうか、違ってくれ……っ」
焦燥感と不安、そしてどこか隠しておきたい“確信”が指先に纏わりついて上手く動かない。
やがてボクは一つの単語を見つけ、釣り上げていた糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。
開かれたページにあったのは、
────そうなる前に、《聖》属性の祈りを与えた剣を携えた勇者によって、ため込んだ負の感情諸共浄化することで、世界は一時の平穏を得るのだ。────
「うそ、だ……それじゃあ、ダリオンは……」
今いる日常が、ずっと続いていくと。どこか不変的であると思っていた。早朝にアスタロトさんとベリアルさんと稽古をして、モルガントさんと魔法の練習をし、時々白花の侍女衆の人たちに困らされ、ダリオンと他愛ない話で笑い合う。
こんな平和で静かで、穏やかな日々は終わらないと思っていた。いつか勇者が現れたって、ダリオンはいなくならない。そんな根拠のない未来を思い描いていたのだ。
それなのに────
「ボクが……、ダリオンを……?」
言葉が見つからない。いつかダリオンと対峙しなければならない日が来るとしても、どうにかなると思っていたんだ。
けれど世界を護るためには、《聖》属性を持つボクが勇者に力を貸し、ダリオンを討たなければならない。
(────なんて悪夢だ)
不変的な平和。やっと手に入れたボクの日常を────……、
ボク自身で壊さなければならない、なんて。




