ep50:共存
(魔王って────一体何なんだろうか)
魔王城で暮らし始めて数か月が経った。ボクの体は相変わらず高濃度魔素に耐え続けており、今もまだモルガントさんが研究してくれている。
朝、陽が上ると同時に……とは言っても、この雷雲では太陽の陽など拝めないけれど。早朝に白花の侍女衆の人たちに起こされ身支度を整えた後、ベリアルさんとアスタロトさんによる剣術の稽古をし、昼はモルガントさんと魔法の練習。日が傾いてからは夜誓部隊の方々と体術の稽古を行う。
慌ただしく、それでいて充実した日々はボクの日々に色を付けていく。そんな中、ボクはボクで魔王について調べていた。幸い、魔王城の図書館の蔵書は多く、人間の世界にいただけでは得られなかったであろう知識も存分に詰まっている。
「────……これも、か……」
パタン、と一つの本を閉じる。手にしていた本の表紙には“人魔戦記”と書かれており、対人との闘いの記録が詳細に記載されている。数百ページある分厚い本の一ページ目から、「人間が来た」の言葉で始まる。
人間たちは、増えすぎた。ある時は住む場所が足りなくなり魔界の領地を求めて攻め入ってきた。ある時は足りなくなった資源を求めて、またある時は魔物そのものを乱獲した。
その都度、魔物たちは立ち向かい人間を撃退したり、撃退に失敗して多くを失ったりという歴史を繰り返していた。真実は分からない。誰かが言っていた。真実というのは人の数だけ存在し、誰にとってどれが真実なのかは異なる、と。しかし事実というものは一つである。
人間界には人間界の真実が、魔界には魔界の真実がある。しかし事実は一つ。その事実を、知りたいと思ったのだ。
「……魔王は人間の心を食べることで強くなり、やがて、人間の国を襲うようになりました……」
小さいころから好きだった絵本の冒頭。
「……魔王は、人の心を食べる……?不安な気持ちや恐怖、嫉妬や怒り、意地悪な心……つまり、負の感情をエネルギーにしていたのか?」
ボクの中で一つの仮説が出来上がった。そもそも魔物の中でも高位体である魔王やその配下たちは食事を必要としていないのだ。自然と湧き出る魔素だけで生存は可能。自分たちの自給自足で十分なのである。魔王が食べたという人間の負の感情が魔素として変換され、それをダリオンたちが取り入れているとするならば────……?
考えれば考えるほど、魔物が人間を襲う理由が見当たらない。人間を食する文化もないのだ。そうでなければ、ボクがいくら魔王の知り合いであるとはいえ、ボクを狙う者がいてもおかしくはないのだから。それでも魔界にきて、魔物相手に一度たりとも命の危険を感じたことがない。
「モルガントさんに相談してみようかな……」
そう考えながら、次の本へと手を伸ばした時だった。
「ノエル殿はいらっしゃいますかな」
思い描いていた人物が図書館へと入ってきたのだ。
「モルガントさん」
「おお、良かった。探していたんですよ」
「何かあったんですか?」
ボクは椅子替わりにしていた脚立から降り、モルガントさんの傍へと急ぐ。すると、モルガントさんはどこか嬉しそうに表情をほころばせた。
「ノエル殿がなぜ高濃度の魔素に耐え得るのか、分かったのです」
「……えっ」
正直、原因は分からないままだと思っていた。これは嬉しい収穫である。
「ダリオン様の元へ行くので、一緒に参りましょう」
「はい」
ボクは先ほど指先で触れただけのタイトルの本だけ手に取ると、モルガントさんに続いて図書館を後にした。
***
「────ノエルの耐性の理由が、私?」
モルガントとノエルが執務室にやってきて、ノエルの高濃度の魔素への耐性の原因が分かったと嬉々として伝えてきた。このことは良い。何事も原因解明は喜ばしいことだ。しかし理由が私となると、諸手をあげて喜べない。更なる事実を求めるようにモルガントに視線を送れば、モルガントは書類をぺらぺらと捲りながら必要な情報を探す。
「……ああ、これです。魔力のみを抽出するという技術を確立させまして、ノエル殿の魔力を分析してみたのです」
おおう、なんだかすごい技術を勝手に確立させているな、とは思いつつ今のところ有益な技術であるため黙って書類を受け取った。
そこにはノエルの魔力の中に私の魔力が混じっているという結果と数値だけが並んでいた。
「……どういうこと?」
数値だけ見てもちんぷんかんぷんである。説明を求めると、モルガントは隣に立つノエルに一度視線を送ると、ゆっくりと話し始めた。
「以前────ノエル殿が暴行を受けましたね」
「……」
ああ、あの日か。と思い出すだけで腸が煮えくり返る。ノエルも思い出したくない過去なのか、視線を床に落としていた。モルガントが話始める前にノエルを見た理由が分かった気がした。
「その夜、ノエル殿を治療したのは?」
「私だよ。治癒魔法を使ったんだよね」
「……その時、ダリオン様の魔力を直接注ぎ込みましたか?」
あの夜のことを思い出す。思い出したくはないけれど、話の流れ的に思い出さねばならないと割り切り、記憶の糸を手繰り寄せる。
あの時、虫の息だったノエルを治療するにはあまりに時間が足りず、魔法陣などの媒介は通さずに、直接私の魔力を流し込んだのだ。私はモルガントの質問に深く頷いた。
「やはり……。その時に注いだダリオン様の魔力と、ノエル殿の魔力が奇跡的に融合したのでしょう。ノエル殿の魔力には確かに、ダリオン様の魔力が混じっております」
なるほどわからん。
いや、理屈は分かるのだが、そういうものなのか?と納得はできていないのだ。私のそんな心情を知ってか知らずか、モルガントは書類を捲る。
「こちらは推測の域を出ませんが、おそらくノエル殿の《聖》属性が関係しているかと」
「なるほど……?」
「《聖》属性がダリオン様の魔力を浄化し、適応できるものへと変換したのではないかと考えられます」
何それ、すごいじゃん。と思ったが、そもそも《聖》属性は魔素を浄化できるのだ。そんなバフを常にかけているにはMPがいくらあっても足りないが、体の中に入り込んだ魔素だけを浄化するのならば、難しい話ではない。死の間際で、ノエルの体が生きるために無意識に浄化した、という説はそれなりに説得力がある話である。
ふとノエルと見つめると、ノエルは自分の両掌をじっと見つめていた。私の魔力が可視化できるわけではないのだが、そこに確かに私の魔力が流れていることを感じているようだった。
「言い換えれば、“共存”ですな。ダリオン様とノエル殿の魔力がバランスよく調整され、共存している。これはなんとも、面白い結果です」
────共存。
その言葉は私とノエルの体だけじゃない。まるで今の世界にも共通する言葉のような気がして、私はその言葉を心の深い部分で受け取った。




