ep49:新たに進む道
「────以上が事の顛末にございます」
そう報告してきたのはセレナであった。
「で、そこに転がってんのが山賊の頭?」
「は」
そう言って冷めた視線を送るのは、気を失ったまま動かない薄汚い恰好をした男。今回、兎魔族の村を襲い、あろうことかノエルにまで手を出そうとした男。この時点で万死に値するのだが、こういう輩は根絶やしにした方が良い。
他に仲間がいないかどうかなど、情報を吐かせるために連れ帰ったそうだ。
正直何も手を下さなくとも、魔素の濃い魔王城に置いておくだけでじわじわと魔素が体を蝕んでいき死ぬだろうが……、ここは魔界。例外を除いて、人間を置いておくつもりは更々ない。
「同じ酸素を吸うのも嫌だわ。情報吐かせるだけ吐かせたら人間界に捨ててきて」
「承知いたしました。お目汚しを失礼いたしました」
そう言ってセレナは転がっている男を軽々と担ぎ、執務室から出ていった。
……それにしても、うちの配下優秀すぎんか。彼女が所属する夜誓部隊は幹部ではないけれど、レイヴンにしごかれて戦闘力だけ見ればかなり高い。
正直、人間の軍団とかが押し入ってきたとしても、幹部を出さなくても圧勝できてしまいそうな戦闘力を保持しているという事実に改めて気が付き、ちょっと震えた。
「────……お話、終わった?」
そう言ってノックと同時に入ってきたのはノエルである。
え?今“お”話って言った?え???かわいいね???
「セレナとの話は終わったよ。ノエルは怪我とかない?」
「……うん。セレナさんが居たから」
セレナの報告では勇敢にも兎魔族を庇っていた、と言うが、ノエルの言葉は謙遜だろうか。
「……セレナがいたから、じゃないよ。あの時ノエルが勇気を出して一歩を踏み出したから。セレナは迷うことなく動けたの。ノエルがいたから、兎魔族たちは蹂躙されずに済んだ」
セレナさんとの会話が終わったのを見計らって、ダリオンの部屋に入る。そこで一瞬見せたのは“魔王”としての顔だったけれど、すぐにいつもの表情を見せてくれて少しホッとした。
「でも……、ボクは自分の剣で誰かを護れたわけじゃない……」
アスタロトさんの言葉がずっと脳内で繰り返される。
────傷つけなければ、護りたいものも護れない。強くならなければ蹂躙されて終わる────
ボクはあの夜、結局誰かを傷つけることを躊躇った。だから、自分だけが傷つけば良いと思ったんだ。兎魔族たちと避難したテントに武器があったことにも気づいていた。自分だけが傷つけば良いと決めつけ、見て見ぬふりをして、剣も持たずに生身のまま飛び出したんだ。
ダリオンからも、厳しい言葉をかけられることを覚悟して、俯く。シミ一つない絨毯を踏みしめるのは、薄汚れた靴先で。なんだか恥ずかしくなった。
「────何言ってんの?」
ダリオンの声に、ビクッと肩を震わせた。
「確かにセレナが剣を持ってきていなかったらノエルが剣を持つことはなかったかもしれないけど。さっきも言った通り、ノエルが動いたから、セレナも動いた。ノエルが正しい選択をしたから、セレナも動いたんだよ」
振ってくる言葉は、暖かかった。
「まずは自分を褒めて。貴方がもう、何も失いたくないって思ったからこそ、今回の結果を得ることができた。結果論ではあるけれど、結果が良い結果なら、それを素直に喜ぼう」
ダリオンはそう言って薄く微笑む。
「────……うん」
暖かい言葉に、ボクは頷いた。ダリオンの言う通り今回たまたま上手く事が運んだのは結果論ではあるけれど、ボクが護りたいものを護れたということが事実で結果であることに変わりはないのだ。
「ありがとう」
ボクもそう言ってダリオンに微笑む。
「こちらこそ、私の民を救ってくれて本当にありがとう」
互いに笑い合って、温かな空気が流れる。
ノエルの自己肯定感の低さは知っていたつもりだけれど、実際目の当たりにすると胸の内側を抉るような痛みを覚える。
とりあえず今回はノエルのおかげで私の民が無事だったということが全てなのだ。それを素直に受け取ってくれたかは分からないけれど、どこか吹っ切れたような表情を見せるノエルに安堵する。
「────……ところでダリオン。聞きたいことがあるんだけど」
そう言うノエルは先ほどまでの微笑みとは違う、温度のない冷めた微笑みを浮かべていた。ああ、その笑顔は知ってる。ルシファーが良く見せる顔だ。私に都合の悪いことを言われる予兆だ。
「な、なに……?」
冷や汗が止まらん。今度は何を言われるのだろうか、と身構えているとノエルが自分の足元を指さした。
「ボクの影に何したの?」
「……え?」
「ボ・ク・の・か・げ・に・な・に・を・し・た・の?」
惚けようとするダリオンに、分かりやすく一字ずつ区切ってそう問いかけるが、ダリオンは怪しいまでに視線を泳がせる。
「か、影には何もしてない……ヨ?」
「こっち見て言え。おい」
「だって、影に直接細工したわけじゃないんだもん」
「だもん、じゃない。可愛くねェ」
「やぁだぁ、ちょっと口が悪いわよっ、誰の影響なの?」
「強いて言えばダリオンの優秀な配下サンの影響かな」
アスタロトさんは別として、ベリアルさんはそこそこ口が悪い。人をおちょくったり挑発したりするときの口の回り方はここに住んでいる人の中でも相当速いのではないだろうか。
だがしかし、ルシファーさんやアスタロトさんを見ていて気付いた。
ここぞ、というときは丁寧な口調の方が効くということを。
「────……そんなに気になるのでしたら、丁寧にお話ししましょうか」
「ひぃえ……っ、ご、ごめんなさい。あの、影には本当に何もしてなくてぇ……、影に潜れるスキルを持つ配下が、影の中を自由に移動しているだけなんですぅ」
おいおい、仮にも魔王がこんなに情けなくて良いのか。そう思うが、敬語は効果覿面である。しかしなるほど、影に潜るスキルというのはなかなか有用そうだ。
「……ボクも習得できるかな」
「どうだろう、素質があればスキルは新しく獲得できるからね。夜誓部隊の子たちにも稽古つけてもらう?」
「……うん、強くなるための手段は多い方が良いよね」
ダリオンからの提案をありがたく受け取り、ボクはグッと右手で拳を作る。
「セレナさんの体術も綺麗だったし、ボクにもできるかな」
「もちろん、努力は必ず実るものだからね」
こうしてボクは剣術は白銀の護衛卿の二人に、体術やスキル獲得を夜誓部隊の方々に、魔法はモルガントさんやルシファーさんに教わるという、忙しい日々を送ることになった。
正直体力的には辛いものはあるけれど、それでも、あの日守れなかったらと思えば、不思議と足は止まらなかった。
ボクにはもう、護りたいものがあるのだから。




